第2話:優介とアリスと音子は歩きたい

「おはよう、もしかして待たせたかな?」

「おはようございます。いえ、ちょうど今家を出たところですよ」


 陽の光に照らされるブロンドヘアが綺麗に煌めく。

 異国の血か、日本人のそれとは異なる造形美が特徴的な彼女は、やや小柄ながらも凛とした姿勢やその可憐な佇まいから見る人の目を惹く不思議な存在感を放っている。

 名前はスメラギ・アリス――泰斗に並ぶ僕のもう一人の幼なじみである。


「いつもながらにピシッと制服を着こなしてるね。アリスって感じがするよ」

「なんですかそれは。まぁ、性分なんていうと偉そうに聞こえるかもしれませんが、私としてはこれくらいは普通なんですよ。あなたも私を見習うべきです」

「えー、一応わざわざ制服をクリーニングに出したりとかしてんだけど」

「そういう意味ではなく……いえ、もういいです」


 呆れた様子でアリスはため息を吐く。

 改めて見ても彼女の制服はシワやほつれなどは一切見当たらず、まるで今日卸したばかりの新品と言われても違和感がない。

 そこに輪をかけて彼女の身だしなみの丁寧さ。

 その美的意識は驚くほどに高く、僕の理解をはるか上に超えているのだと毎度感心させられる。

 なんたってファッションとか勉強するのって大変だと思っちゃうタイプなので。


「っと、とりあえず歩きながら話そうか」

「そうですね。松永さんも迎えに行かなくてはいけませんし」


 そんなことを口にしながら、僕とアリスは歩き出す。

 さて、それじゃあどんな会話をしようかと脳裏に話題を思い浮かべ、ちょうど良さそうなネタを思いつく。

 僕たちの間では結構定番ネタのアレである。


「さてそれでは早速ですが賭けをします。お題は音子が寝てるか起きてるか」

「ふむ。さすがに始業式の朝くらい起きてる、とは信じたいですが松永さんのことですからなんとも」


 さて、まずは寝坊助娘の話でもしましょうかね。



 ******



 西園寺家から学園へ向かう場合、いつもアリスの家と音子の家の前を通過する道のりを歩いている。

 それこそ別の道を通学路とすることもできるが、音子の家というのがなんとも珍しく駄菓子屋を営んでいるため、その日のお菓子を調達するのに勝手が良かったりするわけで。

 僕らは小腹を満たし、音子の家は儲かる。これぞウィンウィンな関係というやつに違いない。


「そういえば。もしかしたら今日はお姉さんに連れられてひと足先に学園へ、なんていう出来事も想定していましたが」

「すごいね。まさにその通り。それがさ――」


 話題は今朝の話へと移りながら僕たちは歩いている。

 いつもの通学路にいつもの二人。

 一年生の頃から、僕とアリスはこうして話をしながら一緒に学園へと通っていた。


 それこそ一番多かったのは、僕ら二人に加えて姉さんと泰斗を合わせた四人で学園へ通う組み合わせだった。

 僕と姉さんが家を出て、アリスと泰斗と合流して登校する。そんな組み合わせで通学することが多かったが、泰斗は部活動の朝練、姉さんは生徒会の行事などでそれぞれが別になることも少なくはない。

 一方で、僕とアリスは生徒会でなければ朝練があるような部活動にも参加していないわけで、例外的な日を除けば僕たちはいつも一緒に通学路を歩いていた。

 なんというか、本当に幼馴染って感じがする。


「――てなわけで、今日は僕は生徒会のお手伝いを免除ってわけ」

「なるほど。あなたたちは相変わらずですね」

「それはずっと子供っぽいということですかね」

「いえ、昔から変わらないなと思っただけです」


 彼女との付き合いはだいぶ長い。

 家がすぐ近くで母親同士の仲が良く、また同い年であったこともあり物心ついた頃には彼女が隣にいた。

 泰斗もなかなかに古い付き合いだが、一番は間違いなく彼女だろう。

 異性として考えた場合、この十六年間で一緒に過ごした時間が長いのはスメラギ・アリスだ。


「それを言うなら、アリスは昔から結構変わったよね」

「そうでしょうか。どの辺りが変わったと感じますか?」


 彼女は覗き込むようにこちらを見上げながら問いかける。

 変わったところ? たくさんあるよ。


「一番は性格かな。昔は人見知りで引っ込み思案だったのが、今では表に立ったり堂々としてたり」

「……そうだったでしょうか?」

「よく僕の後ろにひっついていたのを覚えてないかな? 他にも……そうだね。すごく優しい雰囲気になったし、なんと言うか綺麗になったよね」


 今でも決して愛想がいいとは言えないけど、それでも昔と比べて笑みを浮かべることができるあたり何百倍も良い雰囲気を醸し出していると言える。

 なんというか、あの頃は本当に無愛想だった。


「そうですか。ありがとうございます」


 ま、今なんて完全に無愛想だけどね。


 ――ブルルルッ

 そんな会話の中、ポケットの中のスマートフォンが震える。

 手に取り画面を見ると、どうやら音子からメールが届いているようだ。

 ふと予感が脳裏に過ぎるも、文面を読み始めてから自然と一言をつぶやく。


「なるほど」

「どうしましたか?」

「音子が今起きたってさ」

「なるほど。そうですか」


 二人してその場で足を止め、お互いの顔を見ながら真顔で頷く。


「これは駄目なやつだ」

「急ぎましょう」


 手に持った鞄を抱え、僕たちは走ることにする。

 とりあえず、音子が二度寝してないことだけを祈ろう。


 

 ******



「二度寝してんじゃないよ」

「来るの遅いから」

「えぇ……」

 

 あれから音子の家に到着した後、松永家の合鍵を使って中に入り音子の部屋のドアをノックスる。

 ――コンコン

 …………返事なし。


「入るぞ」


 一言断りを入れてから部屋を開けると、そこにはベッドに横たわる少女の姿があった。

 手をお腹の上で重ね、それはとても綺麗な姿勢でスヤスヤと眠っている。

これが童話なら彼女はさしずめお姫様と言ったところか。

 

「綺麗な顔してるだろ。こいつ寝てるんだぜ」

「なるほど。それは残念です。ちなみに置いていくと言う選択肢もありますが」

「アリスってたまに音子に冷たいよね。いや気持ちはわかるけど」


 時計を見れば時間はかなり厳しいことが分かる。


「とりあえず、アリス任せた。僕は婆ちゃんに挨拶してくるから」

「はぁ、結局こうなるんですね」


 お互いに役割を分担し、なんとか音子を叩き起こしながら着替えさせて今に至る。

 ……至るわけなのだが、なんとこいつの第一声が僕への文句である。

 ザ・鋼メンタル。


「ねぇ、ユー。一緒にお布団で寝よ。きっとすごく気持ちよくなれると思うの」

「とても魅力的な提案ですがもう時間がないので却下します。というか早く支度してください」

「あ、おばあちゃんが二人にお祝いだって。……んーと、はいこれ」

「お、アリスこれどっちがいい? チョコだって。苺とバナナ」

「それでは苺がいいです」

「はいこれ」

「どうも」

「――くぅ」


 「「寝るな!」」

 

 

 せっかく制服に着替えたのにすぐ布団に入ろうとするあたりがとても音子らしい。

 スカートが微妙なところで折れているため見えてはいけないものが見えているような気もするけど、隣からとても強い圧を感じるため目を逸らすことにする。

 うん、大丈夫。誓ってブラックホールしか見えてませんよ。


「ほら本当に時間がないんですから。――松永さんもしっかりしなさい」

「ふぁい」


 アリスに持ち上げられると、ようやく観念したのか音子はのそのそと支度を始める。

 意外にも荷物の準備は出来ているようで、何か出し入れするわけでもなくスッと鞄を持ち上げる。


「音子さん。準備は出来てました」

「へぇ」

「偉いでしょ?」

「えらいえらい」

「へへ」


 変わらぬいつものやり取りで、なんとなく音子の頭を撫でる。


「ついでに髪をなんとかしてあげてください。もう櫛を通すだけでもいいので」

「あいよ。ほらじっとしてろ」

「あい」


 音子の髪は長く、肩から腰にかけてスッと流れるように垂れている。

 あまり時間がないため、本当に簡単に数回櫛を下ろすように通す。


「髪長いな」

「長いの好きでしょ」

「まぁどちらかと言えば」

「知ってる」


 櫛が髪に引っかからないように丁寧に通し、ボサボサ感から多少は見られるところまで整えることが出来た。

 アリスさん、これでいかがですかね。

 

「とりあえずもう時間がないので行きましょう。松永さんもいいですね?」

「大丈夫」


 何かに満足したのか音子は親指を立ててグーサインを突き出す。

 調子がいいというか、つくづくマイペースなことで。


「じゃあ行くか。少し早足で行けば間に合うだろ」

「ユー、急ぐならおんぶ」

「駄目です。今日は罰として一緒に駆け足で行きこととします」

「けち」


 膨れっ面になりながら、音子は玄関で靴を履き扉を開ける。

 僕とアリスもそれに続き、音子の家を後にする。

 

「ねぇユー、今日からまた学校だね」

「ん? そうだな」

「よろしくね」

「あぁ、よろしく」


 再び親指を立ててグーサインを送る彼女に、僕も同じようにグーサインで返す。


「おや松永さん。私には挨拶はないんですか?」

「スメラギさんもよろしくね」

「はいよろしくお願いしますね」


 アリスも小さく笑みを受けべながら音子に向けてグーサインを作る。

 時間がない中ではあるものの、なんとも微笑ましい光景である。


「よし、それじゃあ急ごうか」


 気を取り直し、僕は二人に声をかけ早足で歩き始める。

 ここから学園までの距離はそれほど遠くはない。

 頑張れば遅刻することはないだろう。


 ……え、前振りではないでしょ。多分。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る