after SS:音子は彼と寄り道をしたい

「あー、疲れたな」

「ねー」


 紅く沈む夕陽に照らされて、僕――西園寺さいおんじ優介ゆうすけと【占猫うらないねこ】こと松永まつなが音子ねこは帰り道を歩いていた。

 僕たちが通う日本有数の魔法学園、その中の一つである私立有栖川魔法学園。

 在籍生徒の中には遠くから入学を果たした生徒もいるため希望者は学園近くに建てられた学生寮で生活をしているが、一方で僕や音子のように通学圏内であることから自宅から通っている生徒も少なからず存在する。

 一人の男子としては学生寮という響きに憧れを感じないこともないが、せっかく徒歩で通える距離に自宅があるのにわざわざ高いお金を払ってまで住みたいとは思わない。

 それに多分、飽きてしまうような気がするし。

 

「ユー、お腹すいた」

「そだね。なんか食べたい?」

「食べたい。ユーは?」

「んー。もうすぐ夜ご飯だからね」


 音子はいつも通りの気怠そうな表情で空腹を訴える。

 僕としては付き合ってもいいけど、食べて帰ると姉さんがうるさいかもしれないし。

 さてどうしたものかと考える。

 そんな僕の悩みを見抜いてか、道脇に流れる川を横目にとことこと歩きながら彼女は両の人差し指をこめかみに当ててわざとらしく「むむ」と言葉を口にする。

 

「ユーは今からラーメンを食べると吉。しかも誰かと食べると大吉になる」

「占いというかおみくじみたいだね」

「むむ。信じてない。【占猫】の占いだよ」

「それは学園の中での話でしょ」


 生徒は学園の外では魔法を使うことができない。

 これは魔法学園生徒に向けた世間一般の共通認識であり、事実でもある。

 魔力を有するものの魔法使いには至らない。

 それが魔法学園生徒の『ルール』である。


「ラーメン食べたいの?」

「食べたい」

「そっか。――じゃあ食べるか」

「おー」


 喜びに震えながら笑顔でガッツポーズをキメる小柄女子に、つい僕もつられて笑ってしまう。

 なんというか、こういうところが可愛いと思う。


「ユー、おんぶ」

「脈絡ないじゃん。てか今日いっぱい運んだよね」

「あれは試験。だってユーに背負われた方が早い」

「音子が早足で歩くって選択肢はないの?」

「ない」

「さいですか」


 音子の我儘にため息を吐きつつ、彼女の前でしゃがみ込む。

 その身を乗り出してきた彼女の小さな身体を背に預かり、力を入れて立ち上がる。


「鞄は持つ」

「それはどうも」


 音子は僕から鞄を受け取ると、居心地の良いベストポジションを探すように背中でもぞもぞと動き出す。

 こちらはこちらで上手い持ち方を試行錯誤しつつ、やがてお互いに納得する位置に落ち着く。


「それではお願いします」

「あいよ。お姫様」


 彼女を落とさないようにとバランスを整え、一歩一歩歩き出す。

 慣れたもので、彼女の軽さも相まってそれほど苦痛でもない。


「お客さん。眼鏡の位置ずれてませんか。今なら無料で直しますよ」

「結構です」

「いえいえ。遠慮せずに」

「あ、こら」


 音子はおんぶされているときに僕の眼鏡をいじるのが好きだった。

 それほど度が入っていないため多少眼鏡がずれたところで歩く動作に影響はないが、なんというか定位置からずらされると落ち着かない気持ちにはなってしまう。


「こら、これ以上触ると降ろすぞ」

「ごめんなさい。直すから許して」

「触るなといっちょるだろうが」


 そんな風に謝りつつ眼鏡から手を離すと、今度は耳を触り始める。

 なんとも手癖の悪い小娘である。


「お客さん。痒いところはないですか?」

「つむじが痒いですね」

「そうですか」

「…………」

「…………」


 なんやねん。


「ねぇ、ユー」

「なに?」

「なんのラーメン食べるか決めた?」

「いつものところだよね。僕はいつもはとんこつにしてるけど、他に何があったっけ」

「塩と醤油と味噌でしょ。あとは海苔とかチーズとかもあったかも」

「うーん、今日は疲れたからこってりしたのでもいいんだよね。チーズって美味しいのかな」

「食べたことない。でも興味はある」

「……半分こするか」

「半分こしよう」


 考えてみれば最近ラーメンって食べてないかもしれない。

 身体に悪そうだからあんまり食べないんだよね。

 そういう意味では音子の誘いは悪くないかもしれない。


「ねぇ、ユー」

「はいはい。どうしましたか?」

「きっとユーと私は違うクラスになる」

「さいですか」

「寂しい?」

「別に」

「ユーは冷たい」


 知ってる。

 なんたって【鬼畜眼鏡】なんて呼ばれるくらいだから。


「別にクラスが違ったってちょっと顔を合わせる頻度が減るだけだよ。それ以外何も変わらない」

「分かった。学園で減った時間分放課後に遊ぶ」

「譲るって言葉を知らんのかい。――だけどまぁ、遊ぶか」

「珍しく嫌がらない」


 少しだけ驚いた様子にちょっとした満足感を得る。

 なんたって珍しいから。

 

「だって遊びたいんだろ」

「うん」

「なら遊ぼう」

「うん」


 そういえばこの一年間、音子と一緒に過ごした時間は他の誰よりも多かった気がする。

 約一名例外はいるものの、それでもこと同級生だけ考えれば間違いなくトップだろう。

 そしておそらくそれは彼女にとっても同じはずだ。


「最後の試験、楽しかったな」

「楽しかった」

「魔法学園祭も、……まぁ楽しかったな」

「ユー、大活躍だった」

「カッコ良かっただろ」

「ユーはいつもカッコ良い」

「そりゃどうも」


 気がつけば、ほんの少しだけ歩くスピードが遅くなっている気がする。

 だけどまぁ、急ぎでもなしこういう日があっても良いのだろう。


「ユー、来年もよろしくね」

「こちらこそよろしくな」


 その後ものんびりと歩き、僕たちは一年生最後の放課後を一緒に過ごした。

 なお余談だが、なぜか教師たちから呼び出しを受けていた姉さんの帰りがいつも遅れたため、西園寺家の晩御飯も遅くなる運びとなった。

 

 なるほど、これは確かに大吉だった。

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