第2話:【魔女】は彼と空を駆ける
――バタン
屋上への扉を勢いよく開く。
しばらくぶりに浴びる太陽の眩しい光に目を細めながら件の
待ち伏せされている可能性も考慮し緊張を保ったままあたりを見渡し、しかし幸いなことに労せずして目的の人物を見つけることが出来た。
漆黒を思わせる黒い三角帽子と地面に着きそうなほどに丈の長いマントが印象的で、また背中の【占猫】以上に一回り小さく見える背丈が彼女であることを確信させる。
「待ち侘びたぞ。なんぞゆっくり散歩でもして来たんかの」
彼女は腰に手を当てながら柵越しに校庭を見つめながら、やがて意地の悪そうな笑みを浮かべながら振り向く。
「これでも早足で駆けてきてんだけどね。労いの言葉の一つでも欲しいくらいだよ」
「おや、それはご苦労じゃったのう。これで良いか?」
露ほどにも労りの気持ちを覗かせないその言葉に、これ見よがしにため息を吐いてみる。
そんな僕のリアクションが気に入ったのか、彼女はかっかっかと声を出して笑った。
「よいよい冗談じゃて。二人ともよく逃げてこられたのう。大変だったじゃろう」
「それはお互い様だろ。――それよりも」
「うむ。ちと時間がなさそうじゃな」
和やかな雰囲気を醸し出してみるものの、お互いにのんびりしている時間がないことは理解している。
そろそろ追っ手が駆けつけてくるはずである。
「それで、ここからどうすればいい?」
「準備は出来ておる。――ほれ、こいつを使ってここから逃げるのじゃ」
そう言いながら、地面に置かれていた竹箒を片手に持ち上げる。
……うわぁマジですか。
「ごめん。え、本当に?」
「安心せい。ちゃんと改良しておる。現に先まで儂はこいつに跨ってあちらこちらを飛び回っておったのじゃ。実証済みじゃろうて」
あまり良い思い出がない
この竹箒には振り回されたり、投げ飛ばされたりと良い記憶がほとんどない。
それになにより肝心なことを確認できていないのだ。
「ちなみにこいつでどうしようと」
「決まってるじゃろ。ほれ、そこを飛ぶんじゃよ」
クイっと首で指し示す先には校庭が見える。
「そこを飛ぶんじゃよ」
「二度言わんでも聞こえてまーす! ――【占猫】さん!?」
「飛ぶしかない」
ここに来て一度も発言をしてこなかった彼女に意見を求めれば、たいそう眠たそうな顔で決定事項のように意見を口にする。
え、だって三階建の校舎の屋上から校庭に飛ぶって怖くない? 僕だけでしょうか。
消えぬ過去のトラウマからつい反論を口にしたくなったところで、ドタドタと階段を登る音が聞こえてくる。
――くっそ、これは覚悟を決める時か。
「ほんっとーに! 頼むから安全第一で頼むよ」
「かっかっか! 当然じゃわい!」
項垂れる僕とは対極的に楽しそうな表情を見せる彼女は、次に右手で竹箒を身体の前に持ち上げる。
「それじゃあ! ゆくかのう!」
次の瞬間、右手の薬指に嵌められた金色の指輪から魔力が溢れる。
地面には魔法陣が浮かび上がり、そして彼女は『呪文』を唱え始める。
【我は魔女、万物に命を与え統べる者なり】
【我は魔女、悉くに意味を与え遂げる者なり】
吹き出す魔力は【魔女】の身体に靄のように纏わりつき、さらに竹箒へと流れ込む。
やがて魔力を吹き込まれた竹箒は手を離れるように浮かび上がり、地面に落ちることなく宙を漂う。
【我が名はカルナ・メルティ。其に込める願いは浮遊の夢】
そして彼女は竹箒へと右手を向け、一呼吸の後にパチンと指を鳴らし、命じる。
【飛べ】
次の瞬間、荒れ狂うように竹箒があちらこちらへと飛び回り始める。
荒々しく、有り余る力をぶつけるように跳ね回り、空を縦横無尽に駆け回る。
楔を外された野性の狼のように、鬱屈から放たれた鷹のように、方々へと動き回り、やがて傅くように主人たる【魔女】の前に落ち着く。
「相変わらず派手だね」
「かっかっか! 魔法はこれくらい派手でなんぼじゃよ」
そう笑いながら【魔女】は浮かぶ竹箒に跨りこちらへと手を伸ばす。
「よし。さぁゆくぞい!」
「ほんっとうに安全運転で頼むよ」
覚悟を決めて彼女の手を取り僕も竹箒に跨る。
ちなみにもう一人の彼女と言えば。
「んーなんか小さい。ユー」
「ん、わかったわかった」
そう言いながら僕の身体の前へと回り込み、抱っこの姿勢をとる。
正面の位置から腰に手を回され、肩に彼女の顎を乗せる。
「悪いけどもう少しこっちに寄って」
「あい」
その言葉に従ってさらに密着した【占猫】の身体ごと背中から【魔女】の腰に手を回す。
【占猫】も一緒に振り落とされないようにと力を強く抱きしめ、【魔女】に合図する。
「頼む」
「よーし! しっかり捕まっとれよー!」
声とともに【魔女】は足に魔力を込めて大きく地面を蹴り飛ばす。
「やっはーっ! さらばじゃーっ!」
溢れんばかりの魔力を注がれた竹箒は、まるで水を得た魚のように勢いよく空を飛ぶ。
屋上の柵など物ともしない程に空へと高く昇り、かと思えば地面へと急降下をして見せる。
「かっかっか! さいっこーじゃのー! のう! そう思わんかえ!?」
「ただひたすらにこえーんですが! ねぇ上下に飛ぶ意味ある!?」
「なんじゃー! おぬしも男ならどっしり構えてみせよー! そうれこれならどうじゃあぁぁぁ!」
「おいバカやめ――あぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ユー、うるさい」
女子たちのなんたる豪胆さよ。
もう当分ジェットコースターには乗れないほどに新たなトラウマを刻まれつつ、その後も僕らは縦横無尽に空を飛び続ける羽目となった。
******
――ピンポーンパンポーン
――しゅーりょー! しゅーりょーでーす!
――第一学年最終魔法対抗戦は以上を以て終了といたしまーす!
――生存している生徒の皆さんは体育館までお集まりくださーい!
******
アナウンスで指示された通りに体育館へと到着した僕は、安堵とともに深いため息を吐く。
あれから最後まで空をひたすらに飛び続けていたわけだが、地面に足がついてなお体が動かせない程度には疲労が溜まっていた。
「ひ、酷い目にあった……」
途中何度も【魔女】の身体から腕を離しそうになりながらもなんとか必死にしがみついた結果、どうやら無事に生き残ることが出来たらしい。
ただ校舎中を駆け回る羽目になった挙句最後が
一概に喜べない自分がいる。
「かっかっか! いやー楽しかったのう! またやりたいもんじゃわい!」
「頼むからその時は僕を巻き込まないでくれ」
いまだにぷるぷると腕が震えている。
というか、やっぱり疲れが――。
「わっぷ」
ふらりと力なく前方へと倒れそうになるところをいまだ抱きしめ合っている【占猫】に寄りかかってしまう。
「……あー、ごめん」
ただでさえ疲れている上に小柄な彼女にはさぞ重いに違いない。
ぼーっとした頭でなんとか謝罪の言葉を口にする。
「へへ」
「なにその笑い」
「たまにはこういうのもいい」
「なんだよそれ」
変わらぬダウナーな【占猫】の声色が、いまは不思議と心地よい。
耳元で聞こえる彼女の笑いにはなんだか安堵感を覚える。
心なしか少しだけ疲れが和らいだような気もする。
「無事生き残ったんですね。良かったです」
そんな中、ふと透き通るような声が耳に届く。
近づく足音がする方へと振り向くと、ブロンドの髪を靡かせる女子生徒の姿が目に映る。
「お互い様にね。よく無事だったね」
つい苦笑いを浮かべる僕に対し、彼女は柔らかな笑顔を浮かべる。
「とはいえかなり厳しい状況ではありました。皆が皆無事というわけでもなく、私も【一星】と【嘘言】、それに【魔女】がいなければどうなっていたことか」
彼女の言葉に頭を持ち上げてあたりを見回す。
たしか学年全体の半数が逃げ側に割り振られていたはずだけど、今残っているのは十人にも満たないように見える。
「これ、僕らが最後だとすれば、もしかして逃げ役のほぼ全員が捕まってない?」
「そうですね。ここに見えるのは私たちが一緒に行動していた方々で、おそらく他は全滅したのではないかと」
視線を配れば、生き残った誰も彼もが見知った顔だということに気がつく。
二つ名を持たずとも成績優秀者として名前が通っている生徒たちしか生き残っていないあたり、やはりこの対抗戦はかなり逃げ側に厳しいルールだったのだと思う。
「ちなみに【一星】、【嘘言】それに【狂犬】の三人も生き残ってますよ。先生に呼ばれてここにはいませんが」
「そういえば【狂犬】はみんなと一緒にいたの?」
「いえ。おそらくは一人だったのではないかと」
そう口にした彼女はいつの間にか側に立っていた【魔女】へと視線を流す。
「うむ。あやつは一人で戦っておったのを見かけたのう。ペナルティなんぞ知らぬといった風体で追っ手をボコボコにしとったわい」
さすがトンデモ化け物。
その二つ名が示す通りにあらゆる戦場で暴れ回ることを喜びとする女子生徒で、今回僕が最も警戒していた相手。それが【狂犬】である。
そしてペナルティとは一体……。
「ちなみに渡り廊下で時間がかかっていた場合【狂犬】に見つかってた」
「……えぇ」
「実は近くにいた。おっ手が来なかったでしょ」
「もしかして?」
「全員【狂犬】がやっつけてる」
いや誰も屋上まで来ないなーとは思ってたけど、えぇー。
「危ない危ない。褒めていいよ」
「あー、えらいえらい」
褒めてとばかりに胸元で頭をぐりぐりアピールしてくる彼女の頭を無心で撫でる。
てことは飛ぶか【狂犬】に襲われるかの二択だったわけか。
「へへ」
ともあれ、これで二つ名持ちは全員対抗戦を乗り越えたってわけだ。
めでたいめでたい。
「まぁみんなお疲れ様ってことで」
「えぇ、そうですね。さすがに私も疲れました」
ブロンドヘアの彼女、【魔弾】の二つ名を関する彼女は静かに僕の横へと腰を下ろし息をつく。
彼女もどちらかといえば今回の対抗戦は苦手な部類なので、いくら協力者がいたからといって生き残ることができるかは五分五分といったところだったはずだ。
「ちなみに私のことも、褒めてくださっても良いんですよ」
「あぁ、お疲れ様でした」
ことんと肩に頭を乗せる彼女の髪を、震える腕でそっと撫でる。
とりあえずあれだ。今日は本当に疲れた。
「くぅー」
いまだ抱きついたままのお姫様も気がつけばお休みモードに入っていた。
当然だ。あれだけ魔力を使わせてしまったのだから。
正直彼女がいなかったら生き残れた気がしない。
「……ってか僕も寝たい」
「きゃっ」
バターンと後ろに大きく倒れ、ついでに抱きついていた小柄な少女と寄りかかっていたブロンドヘアの少女も倒れ込んでくる。
お腹の辺りに彼女たちの頭が乗っかる感触を感じる。
「かっかっか。教師が来たら起こしてやるからゆっくり寝ると良い」
あぁ、ありがと。
そう口に出来たのか、それも分からぬままにゆっくりと瞼を閉じる。
こうして、有栖川魔法学園第一学年最後の魔法対抗戦は幕を閉じた。
******
――おっ疲れ様でしたー!
――いやー生き残った方々は本当にお見事でしたね!
――最後はいかがでしたか解説の西園寺生徒会長! ……あれ、西園寺生徒会長?
――え、なんですか? いない? 西園寺生徒会長が?
――そういえばさっき体育館がどうたらって……あ、あー、はいはい。なるほどぉ
――いえ、まぁ大丈夫です。こちらは、はい
――てか多分体育館が大変なことに、えぇ
――あ、山田くん! 体育館! 多分あっちが面白いことになってる
――うん、カメラ。そう。よろしく。そう【魔法使い】ね
――っと、お待たせしましたぁ!
――今回の見所なんかは改めてご紹介しますが、まずは皆様に一言!
――今年度もお疲れ様でしたぁ! 来年度もどうぞよろしくぅぅぅ!
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