魔法使いの花嫁たち

@ShiraYukiF

第一学年最終魔法対抗戦

第1話:【占猫】は彼の未来を願う

 さて、ここで一つあなたにお尋ねしたい事があります。

 

 それは誰もが一度は思い描いたことのある夢。

 あるいは誰かの希望、もしくは願い。


 広がる青い空を鳥のように自由に飛んでみたい。

 深く静かな海を魚のように悠々と泳いでみたい。

 暑い夏にはふと好きな時に冷たい飲み物を飲みたい、寒い冬にはいつだって熱々の肉まんが食べられるときっと嬉しい。

 いつでもどこでも瞬間移動なんて出来れば登校時間ギリギリまで寝坊出来るでしょうし、自分の分身なんて生み出せれば彼に任せて学校をサボることだって出来ちゃうかもしれません。


 え、私の夢ですか?

 

 ふふっ、そうですね。

 それは秘密です。

 

 ですが、最近で言えば昨日でしょうか。

 お恥ずかしながら昨日お料理で少し塩を多く入れてしまいまして、気が付いた時には料理から塩っぽさを減らすことが出来たらー、などとつい口にしてしまいました。


 えぇ、そんなも些細な出来事でさえ私の願いの一つです。

 もちろんそんなことでも構わないのですよ。


 さぁ、次はあなたの番です。

 

 大丈夫です。まったく恥ずかしいことなんかじゃありません。

 子供も大人も関係ない。

 だって私たちは、いつだってそれを求めているじゃありませんか。


 さぁ、教えてください。

 

 唯一ただひとつ、あなたはその魔法に何を願いますか?



 ******

 


 ――さぁ、盛り上がりを見せた第一学年最終魔法対抗戦もいよいよ終盤戦!

 ――ついに残り時間が十分を切ったわけですが、さて解説役の西園寺さいおんじ生徒会長。ここまでの魔法対抗戦はいかがでしょうか?


 ――そうですねー。色々と見どころはありますが、なんと言ってもこの時間でまだ『二つ名』持ちの生徒が全員生き残ってるというのが面白いですね

 ――【一星ひとつぼし】【狂犬きょうけん】【魔女まじょ】【占猫うらないねこ】【魔弾まだん】【嘘言そらごと】、そして【魔法使いまほうつかい

 ――この一年の間に優秀だと認められた生徒に贈られる『二つ名』ですが、それは特定の分野で称賛された証であり、詰まるところ当然彼らの中には今回のような『鬼ごっこ』に適した素養を有していない方もいます

 ――ですがそれでも困難を乗り越えるだけの力や頭脳、仲間または人脈

 ――諦めることなく持てる力を活かし試練を乗り越えようとしている姿勢は非常に好感が持てますね

 

 ――たしかに今回の『鬼ごっこ』のルールでは高い捕獲得点を賭けられているため最優先でターゲットにされている七名ですが、意外と皆さん上手い具合に逃げてますね

 ――では、西園寺生徒会長はここからの展開をどう見ますか?


 ――そうですね。例えば暴れ回る【狂犬】がこのまま勝ち残るのか、あちらこちらにと動き回る【魔女】の目的とは、そして【占猫】が最後まで逃げ切れるのか

 ――いやー、先生方が頭を抱える問題児くんたちがどう動くのか、非常に楽しみですね

 ――あとはやっぱり私としてはユーくんがどこまで逃げ切れるかが楽しみで!


 ――おーっと! そんな西園寺生徒会長の注目している生徒ですが、どうやら正念場を迎えようとしているようです!

 ――さぁ残り僅かな時間を逃げ切る事ができるのか!

 ――最後まで目が離せませんねぇ!


 ――きゃあぁぁぁ! ユーくーん! 頑張ってぇぇぇ!

 


 ******

 


「テメェはここでぶっ潰すっ!」

「大人しく消えろぉぉぉ! 西園寺ぃぃぃ!」


 叫び声と共に二つの方向から光弾が放たれる。

 およそサッカーボールほどの大きさを形取る彼らの『魔法』は、確実に僕の魔力を削り取らんとこの身に迫り来る。


「右前方の階段を三階まで登る。そのまま廊下ですぐに三人と会敵するから右折して逃げる」

「りょうかーい」

 

 そんな目の前に迫る脅威を肌で感じつつ、首元から聞こえる指示に従い急ぎ階段へと駆け込む。

 つい直前まで立っていた場所に光弾が着弾する音がするも無視。というよりも振り向く余裕なんて全然ない。


「おー、はやーい」


 全く緊張感の感じられない背後からの声に、いつもながらつい気が抜けそうになる。


「そりゃあどーも。それで階段を上り切って右折した後は?」

「右折した後は直進して二本目の渡り廊下に左折する。ただ敵が五人いるからなんとかする必要がある」


 駆け足で階段を登り切った後、彼女の言葉に従い躊躇うことなく廊下を右折する。

 勢いのままに過ぎ去る僕たちの姿に気が付いてか、ざわめき立つ気配を感じる。


「あ、てめぇ西園寺! こんなところにいやがったのか!」

「おい! 【鬼畜眼鏡】がいたぞ! 至急応援を呼べっ! あの野郎を仕留めるチャンスだ!」


 背中越しに叫び声が聞こえる。

 仲間を呼ぶ声が聞こえるあたり近くに何人か潜んでいるのかもしれない。

 加えると下の階層からの追っ手も加わっているだろうから、ここに至って立ち止まるような選択肢は消える。


「で、どうやって切り抜ければいいの?」

 

 退路なく走り続けることを強要する彼女に、数十秒後の未来に向けての助言を乞う。

 僕としては今の状況であまり戦いたくはないのだけれど、さて彼女の助言やいかに。


「最初に魔法が二つ飛んでくるからなんとかする。次に魔法が三つ飛んでくるからなんとかする。敵に接触する前にまた二つ魔法が飛んでくるからそれもなんとかする」

「それはただの事象確認では?」


 驚くほどに策や情報はなし。

 結論、自分でなんとかしろってことですかね。

 

「ちなみに完璧に逃げ切るのは難しい。一人落とす必要がある」

「それは仕方ないやつ?」

「優秀な子がいる。とても残念」


 今回の『鬼ごっこ』では、何かしらの手段で逃げる側が追う側を『退場』させた場合に攻撃したと判断される生徒の魔力を制限するペナルティをルールとして設けている。

 おそらくここで制限をかけておかないと暴れ回る生徒狂犬がいるからだろうけど、これが非常に厄介だ。

 逃げる側が追う側を攻撃する際には退場させないようにと加減をしなければいけないが、そう簡単に相手の残り魔力HPなんて分かるものではない。

 さらに補足すればルールを理解した上で、わざとこちらにペナルティを負わせようとする生徒たちも現れている。

 というかこの『鬼ごっこ』驚くほど逃げる側に優しくない。

 ただ、それでも攻略法というものは存在する。

 

「ならその子は僕がなんとかする。だけど他はしっかりと【占猫】にも協力してもらうからね」

「協力は惜しまない。今こそチームワークを見せる時だ【鬼畜眼鏡】」

「誰が【鬼畜眼鏡】じゃい」


 なお肝心の【占猫】だが、現在どのような様相を呈しているかといえば、僕の首にしがみついたまま駆け足の勢いに振り回されるように宙に浮いていた。

 自重を軽くする魔法を使っているのかあまり重さを感じさせないが、身体が床と平行に浮かび上がっている姿はとてもユニークで……これはあれだ、小さな頃に眺めてたことのある鯉のぼり。


「ちなみに対策はしっかりとしている」

「なんの話?」

「スカートの中がブラックホールに見える魔法を使っている」

「へぇ」


 ……ブラックホールって何?


「気になるでしょ」

「ちょっとね」

「へへ」

 

 この対抗戦が終わったら見せてもらおうと内心頷く中、ついに問題のポイントへと辿り着く。

 左斜め前方に見えるのは件の渡り廊下。全長およそ五十メートル程度。

 【占猫】の話では五人ほど敵が待ち伏せているらしいが、障害物が一切無い直線は、魔法使い相手には分が悪い。

 願わくば、攻撃魔法が得意な生徒が少ないことを祈るばかりだ。

 

「言っておくけど失敗しても恨みっこはなしってことで」

「大丈夫。ユーはやればできる子だから」


 ぎゅっと首に回す手に力が入る。

 そんな彼女の様子につい笑みをこぼしてしまうながら、そっと左手で彼女の手に触れる。

 

「……なに?」

「いやなんでも」


 そんな返事に何を思ってか彼女はぎゅーっと、より首に回す手に力を込める。


「じゃあいくよ」

 

 ふぅっと息を吐きつつ、速度を落とさぬまま勢いに任せて渡り廊下へと身体を乗り出す。

 視界を広げ――敵影確認。男三、女二。


「なんだ? 誰か来るぞ!」

「き、来たぞ! ターゲット【鬼畜眼鏡】!」

「【占猫】も見えるぞ! チャンスだ! ここで魔力を使い切るつもりで全力をだせぇぇぇ!」


 勢いのある声と共に魔力の込められた弾が放たれる。

 自分と敵との間に遮るものはないため向こうからは狙い放題の状態、かつこちらからわざわざ敵の待つ位置へと距離を縮める以上、完全に避け切る手段はほとんど無い。

 いかにダメージを最小限に抑えるか。おそらくここが今回一番の正念場だろう。


「ターゲットは?」

「女子。カチューシャ付けてる」


 カチューシャ――あの子か。

 

「視認した。しっかり捕まってて」

「れっつごー」


 前方の視界に集中し、魔力弾の射線を測る。

 迫る魔力弾の数は二発。推測するにそれぞれが僕に対して微妙に左右に逸れた位置に着弾するようだ。

 これならば正面に突っ切るだけで躱せる。


「って思わせるのが作戦なんだろうね」


 詰まるところ陽動。これが誘導で次点が本命と考えるべきだ。

 先ほど【占猫】の助言にあった『三発』で決着をつけようってことだろう。

 であれば僕が取るべき行動は。


「五秒後にバリアの用意よろしく。薙ぎ払うよ」

「あい」

 

 瞬間、片一方の魔力弾の射線に身を乗り出す。

 次いで腕から手のひらにかけて魔力を集中し、身体に触れる寸前の距まで近づき魔力弾に触れる。

 優しく繊細に、流れを自然と逸らすようにと魔力を宿した手の甲で外向きに弾く。


「お見事」

 

 僅かに射線を変えた魔力弾が身体のすぐ横を通り過ぎ、やがて後方で爆発する音を耳にする。

 その光景に相手も動揺している様子を見せるが、事前に想定済みだったのかすぐに陣形を整える。

 

「ちっ、相変わらず器用なやつ! だったらこれならどうだ!」


 間もなく、次の魔力弾が三発放たれる。

 距離は残り半分。だが詰めた距離の分だけ見切りに要する時間はなく、加えれば回避も迎撃も厳しい。

 だけど。


「だからどうした」

「……あ? お、おい。あいつまさか!」


 さらに魔力を込め加速する。

 防御に魔力を回せば魔力弾の一発くらいは耐えられる。

 であれば――真正面から突っ切ればいいんだろ。


「二秒後にバリア」

「あーい」


 着弾寸前の三発中、最短で真っ直ぐに迫る魔力弾に狙いを定め身体ごと突っ込む。

 魔力を腕に集中したまま眼前で交差し、爆発の衝撃に押されないようにと足で思い切り踏み込む。


 ドォォォォォォン!


 次の瞬間、強い衝撃が身体を襲う。


「……なんのこなくそぉぉぉっ!」


 急激に身体から魔力が失われているのを感じる。

 外部からのダメージを魔力が緩和しようとみるみる消耗する様を感じながらも、しかし止まることなく前進し続ける。


「うっそだろ! どう見ても直撃じゃんか!」

「ばっかどけっ! あと一発入れりゃあ終わるだろっ!」


 三度魔法を放つ気配を感じる。

 数は二、距離残り十メートル。


「準備オーケー」

「ナイスタイミング」


 【占猫】の助言通りに最後、、の二発が放たれる。

 これが直撃すればとてもじゃないが耐えられない――だからこそ、ここに勝機が生まれる。


「どぞ」


 ざっと右足で力強く前方に大きく踏み込む。


「せぇぇぇのっとぉぉぉ!」


 迫る魔力弾を前に首元に回る手を握り、そのまま勢いよく横に振り抜く、、、、、、、、、、、、、、


 ドォォォォォォン!


「「(……えぇぇぇぇぇ)」」

 

 武器・・で魔法を叩き切る。

 いざ土壇場で実行するにはなかなか難しいがどうやら無事に成功したらしい。


「……おい見たか、あいつ女の子を武器みたいに」

「噂に違わぬ鬼畜じゃねぇか」

「ヤベェな【鬼畜眼鏡】」

 

 大変に好評を頂いているようで結構。

 けど、それで目的を見失っちゃダメだよ。

 彼女のことを忘れちゃいけない。


「綺麗に着地。花丸百点」

 

 振り抜いた勢いのままに渡り廊下の向かい側までぶん投げた彼女は、緩やかな放物線を描きながら生徒たちの頭上を飛び越えた先でスタッと綺麗に着地する。

 高らかに自己評価を宣言し、両手をY字にビシッと伸ばす。

 残念ながら背中越しのため表情は見えないがさぞ満足げにしていることだろう。


「え? あ、しまったっ!」

 

 気がつく頃にはもう遅い。油断大敵ってね。

 【占猫】に気を取られている隙に、さらに速度を上げることで懐へと潜り込むことに成功。

 距離ゼロ。敵五名射程圏内。


「くっそ、山本!」

「分かってるっ!」


 すぐさまに二人がタックルを仕掛けてくる。

 こういった事態も事前に打ち合わせしていたのかもしれない。

 その間に残りの三人が一斉に距離を取ろうと後ずさるあたりよく連携している。

 だけど残念。その動きを彼女は知っている。


「きゃっ! ……え?」


 距離を取ろうとしたうち一人、カチューシャをつけた女子生徒が何かにぶつかったようで動きを止められる。

 驚いた表情で背後を振り向くと、そこには気怠げな女子生徒が手を突き出している姿があった。


「あなたは危ない。だから駄目」


 そう一言告げると、【占猫】は女性生徒の身体に当てた右腕でついと彼女を押し出す。

 思わずバランスを崩す女子生徒に対し、追撃を交わしつつ立ち上がる前にと距離を詰めて手刀をたたきこむ。


「あぁ! そんなぁ――」

 

 残り魔力を消耗させるのに十分な一撃。

 驚きの表情のままに存在を維持できなくなった彼女の身体が光に包まれて消えていく。

 想定外の動きに戸惑いを見せる彼らを傍目に映しつつ、そのまま【占猫】の回収に向かう。


「そいつを行かせるなぁぁぁ!」


 一足早く状況を認識した男子生徒が声を上げる。

 その声に反応した生徒が残りの魔力を振り絞るように全身に淡い光を纏わせながら突撃を試みる。

 だけどあと一歩及ばない。


「彼らの戦力は?」

「魔力はもうない。逃げるが勝ち」


 再び彼女の腕が首に回されるのを確認し、すぐ様に走り出す。

 魔力が風前の灯である彼らでは、もはや身体能力を強化しても追いつくことは叶わないだろう。

 

「次の階段を上に上がって屋上に行く。【魔女】が待ってる」

「あいよ」


 廊下を駆ける中、過ぎ去る教室に掛けられた時計を確認する。

 制限時間まで残り五分。

 背後から迫り来る気配と距離が離れる様子を感じつつ、僕は彼女と共に屋上を目指し階段を駆け上がる。

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