第43話 汐里 亮太の実家

「着いた……ここだ……」

 電車を乗り継ぎ2時間ちょい。1時間に1本しかないバスに揺られて20分。さらにそこから10分歩いた。

 大きな家はしんとしていて、人の気配があまりしなかった。

 あたりを見回してみるけれど、やはり人影がない。

 私は目の前の石田さん家を見つめながら、深呼吸を繰り返した。

 草が生み出すにおいが温かな空気に混ざり合っていて、うちの周りのものとは明らかに違う。

 のどかな雰囲気……道を走る車の量も、立ち並ぶ店の数もうちの周りよりかなり少なかった。

「ああっ! やっぱり電話してから来れば良かった!ごめんくださーい!」

 今日はゴールデンウィークの2日目だ。もしかしたら、出かけてたり……へたしたら旅行とかしてるのかも!

 もしそうだったとしたら、どうやったって間に合わないじゃない! 困るのよ、それだと!

「ごめんくださーい!」

「おい、あんた……人んちの前でなに騒いでんの?」

 声がかかると同時に、強いアルコール臭を感じた。

「あ、すみません」

 私は振り返り、とりあえず謝罪した。

「あんた、誰?」

 日本酒のカップに口をつけながら聞いてくるおじさんは、私の父とたいして歳が違わないように見えた。亮太のお父さんだろうか?

 おじさんは、私を頭のてっぺんからつま先までジロジロと眺め回した。

 ネイビーのカットソーに薄紫色のカーディガン。淡いピンクのロングスカート。

 そんなに奇抜な服装はしていないはずだ。

「あの、石田亮太さんのご実家はこちらですか?」

 私はなんとか愛想笑いを浮かべて、お酒臭いおじさんに聞いた。

「亮太?」

 おじさんは明らかに嫌そうな表情かおをした。まるで、聞きたくない言葉を聞いたかのように。

 嫌な予感が胸をよぎる。

「なんだあいつ……なにかやらかしたのか……ふん、血は争えんな……なんだ、あんた、警察か?」

「私は警察じゃありません。亮太……さんは、そんな人じゃないです」

 なんだろ、なんで私こんなにムキになってるの?

「はっ、なんだその物言いは……俺はな、あいつの親父だぞ。あいつをガキん時から見てるんだ、暗くてジメジメして陰気臭いガキだった……出てってせいせいしてんだ、こっちは」

 ぽちゃん、とおじさん……亮太のお父さんの手の中で音がした。

 その音は私の胸の内に響いて、なんだかとても悲しくなった。

「おじさん……ほんとにあの亮太の父親なの……おじさんには、亮太の優しさのかけらもない!」

 気づいたら、私は叫んでいた。

 よく見れば、確かにおじさんの目は亮太に似ている。だから、父親だというおじさんの言葉は嘘じゃないんだろう。

 でも、性格は全然亮太に似てないよ!

「はあ? 優しさだあ? んなもん、こっちはとっくの昔に捨ててるよ! こちとら万年不幸続きでね、その始まりは亮太が生まれたことなんだよ!」

 なにを……なにを言ってるんだ、この人は……

 私の脳裏に、亮太がちゃんと保管していた2冊の母子手帳が浮かんだ。

「亮太はお母さんとのつながりを大事にするような人です! それなのに、不幸の始まりだなんてひどいじゃないですか!」

「黙れ! あいつのせいで亮子は死んだんだ!!」

 亮子さんが……死んだ? 亮太のせいで?

 脳裏に、亮太と亮一さんの母子手帳が浮かぶ。

 石田亮子。

 そのどちらの母の氏名欄にも、記されていた名前。

「どういうことですか……なんで亮子さんが亡くなったのが、亮太のせいなんですか⁉」

「理由なんかどうだっていいんだよ! とにかくあいつは疫病神なんだ! っとに、亮一じゃなくて、あいつが死ねば良かったのに!」

 ガツン、と頭を殴られたような気がした。

 あいつが死ねば良かったのに。

 それは、あまりに強い呪いの言葉だった。

 パチャン!

 あ……冷たい……

「帰れ! 俺は、お前みたいな都会のにおいをプンプンさせた人間、大っきらいなんだよ!」

 ぼうっと突っ立ったままの私を肩で突き飛ばして、亮太のお父さんは家に入って行った。

 めちゃくちゃお酒臭い……私……着替え、持ってないや……

 ぼんやりした頭に、強烈な日本酒の匂いが染み渡っていく。

 亮太の両親と話をして、亮太の子供時代の話を聞いて……そんな未来予想図がビリビリと音をたてて破れていき、塵となる。

 もう、無理。

 ずっしりと重い体を引きずるようにして、私は少しずつバス停に向かって歩き始めたのだった。

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