第25話 嫌悪感

 私は図書館で借りた2冊の本を持って、圭介が待つ夜の公園に向かっている。

 リビングにいた幸太がニヤニヤした笑みを浮かべていたが、限りなく無視した。

 どうせ明日が過ぎれば、誤解は自然に解けるのだ。

 図書館で借りた2冊の本は、どちらも同じストーリーだった。

 美人でおしとやかな感じのお姫様が、イケメンでスマートな感じの王子様に助けられ、幸せに暮らしましたとさ、という王道もの。

 正直、私はこの手の話が昔から好きではない。

 なんでわざわざ王子様が来るのを待ってなきゃいけないのか、とお姫様の待ちの姿勢にイラッとしてしまうのだ。

 それは単に、私の気が短いだけなのかもしれないけど。

 私は、誰かに幸せにしてもらうより、一緒に力を合わせて幸せになりたい。

 圭介はこういったお話が好きだったらしいから、やっぱり可愛らしくて守ってあげたくなるような女性が好みなんじゃないだろうか?

 咲希ちゃんはこの間、圭介が私を好きだったみたいなことを言っていたけれど。そもそもあれ、保育園児の時の話だし。

 守ってあげたくなるような女性っていうのはさ、可愛らしくてふわふわした感じの、例えば咲希ちゃんみたいな人なんだよ。私じゃなくて。

 こんなあっさりした私でも、実は中三の時に同級生の男子と付き合ったことがある。

 いや、付き合ったというか一緒に下校しただけなんだけど。しかもたったの一ヶ月間だけ。

『いったい私のどこに魅力を感じるわけ?』

 私は、一緒に帰らない? と私に声をかけてきたそいつにストレートに聞いてみた。

 私には女子としての魅力など皆無だと自覚していたからだ。

 ちなみにそいつは、特別女子からモテるタイプじゃなくて、わりとよく一緒に喋る、ただの同じクラスの友達だった。

『ポニーテールが……その、なんとなく……』

 少し間をあけて私の隣を歩きながら、そいつは少し言いにくそうに言った。

 なるほど、髪型ね。ふむふむ。

『それだけ?』

 私は前を向きながら歩く。

『あー、あとは話しやすさかな?』

 話しやすさか……だったら、別に友達でいいじゃん。

『そっか……わかった、ありがと』

 結局そいつとは、手をつなぐどころかお互いにさほど近づこうともしなかった。

 受験もあって、なんだか忙しかったのもあったし、なによりそんな感じだったから私達の関係は自然に消滅した。

 この時気づいた自分の感情がある。

 それは、微かな嫌悪感だ。

 向こうはどうだったか知らないが、付き合っていた間、私にはそいつに対して少し嫌悪感が湧いていた。

 多分無意識なものだったのだろうけど、独特のかすかな色気のようなものが、そいつから私に向けられていたからだ。

 そりゃ、中三にもなれば多少色気づくのはしょうがない。ただ、それを頑なに拒否する自分がいたのだ。

 思い当たる節はある。

 それは数年前、住んでいる団地に現れた変質者と遭遇してしまったことだ。

 確か、小学三年生くらいの頃のことだったと思う。

 相当嫌だったんだろう、もうあまり具体的なことは覚えていない。

 だけど、あのニヤついた、いやらしい表情に抱いた気持ち悪さは、ずっとこびりついたままなのだ。

 強い嫌悪感はそのまま危機感に繋がっていて、忘れたくても簡単に忘れられるものじゃない。

「別に、男なんていらないけど……気持ち悪いし」

 これは現役女子高生2年目としてはどうなんだと思うが、もう仕方ないのだ。

 歩く私の視線の先に、ベンチに座る圭介の姿が現れる。

 あの頃の私は、圭介のことをどう思ってたんだろう?

 一緒に園庭や公園で遊んだり、駄菓子屋さんの前でお菓子食べたりしたのは、楽しかった。

 それは、間違いないんだけど。

 だめだ、あまり深掘りするのはやめよう。

 圭介を取り戻すチャンスはあと2回しかないんだから、ちゃんと集中しなくっちゃ。

 でも正直いって、この本は正解ではないような気がしている。

 なんといっても、肝心の私にこの本が絡んだ思い出がまるでないから。

 でも。それでも。

 私に思い出はなくても、圭介が本を見て懐かしさから昔を思い出してくれるかもしれない。

 もう一度、人生をやり直したいって強く思ってくれるかもしれない。

 ほんと、頼むよ圭介……

 私はお姫様と王子様の本を握りしめ、膝の上の文庫本を読んでいる圭介の前に立った。

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