第21話 記憶の片鱗

 リカちゃん、いきなりの怒りマックスだったなぁ……

 あー、びっくりしたぁ……

 それにしても、なんであんなに怒ってたんだろう……

 多分、僕に投げつけてたあのサプリが原因なんだろうけど……

 リカちゃん、大丈夫かな?

 あっ、今日はおもちゃを持ってきてくれたんだ……

 わあ、懐かしいなぁ……

 僕はミニカーも電車も大好きだったよ。家にもたくさんあったしね。今も家の押し入れにあるのかな?

 けん玉はたくさん練習したけど、あまりうまくならなかったな……リカちゃんはあまり興味なさそうにしてたっけ……

 ビー玉……ビー玉はリカちゃんと一緒によく遊んだよね。

 うん、それより大事な思い出があるんだけど、リカちゃんはそれを思い出してないみたい。

 ほんとに……ごめんね。

 僕はあと何回、リカちゃんを悲しませるんだろう。

 もうやめたい。もう消えてしまいたい。

 あ、でも日曜までだから、あと2回か……

 一度だけ、一瞬だけでいい。

 謝りたい。謝らせて。

 リカちゃん、苦しませてごめんね。

 あのお願いを、叶えられなくてごめんね。


「どうしよう……ほんとにまいった……あと2回、あと2回しかない……」

 私は風呂場の湯船に浸かりながら、かなり思い詰めていた。

 だって、日曜が過ぎて月曜になったら、圭介の体はあいつに完全に乗っとられてしまうんだ。

 私は頭を抱えた。

「ネットで調べたネタは尽きたしなぁ……明日、圭介のお母さんからそれらしいことを聞き出せればいいけど……あとは……また咲希ちゃんに聞いてみるとか……後でメールしてみよう」

『ごめんね』

 さっき聞いたあの言葉は、圭介自身のものだ。

「あれ……なんで謝ってたんだろ……やっぱり私が苦労してるからかなぁ……きっとそうだよなぁ……なんつぅか、ほんとにあいつは優しすぎるってのか……」

 本当は、怒りたいはずなのに。

 圭介のお母さんみたいに。

「あぁあ、私明日絶対に怒られるんだ……圭介のお母さんに嫌味言われるんだ……いや、もう言われても仕方ないけどさ……もう今から辛い!」

 私は湯船のお湯を顔に掛けた。

 時間を巻き戻せるなら、巻き戻したいよ。

 駄菓子屋の前でだらだらお菓子食べて、ジュース飲んで、ぼーっとしてさぁ……なんかあの頃、超平和だったよなぁ……

『駄菓子屋のおばちゃんに怒られるよ』

 あれ?

 なんだこれ……なんだっけこれ……なんで、おばちゃんに怒られるんだっけ?

 そうだ、小さい頃の圭介がなにかを渋ったんだ。

 きっとその当時の私が、なにかわがままを言ったんだろう。

『ごめんね、リカちゃん』

 その時の圭介も、私に謝ってた。

 こんな、わがままな私に。

 でも、今回のわがままは貫き通す。いくら圭介が謝ろうと絶対に譲らん。

 私は温まりすぎた体をふらつかせながら、風呂場を後にした。


「えっと……桃のジュースは撃沈したから、違うネタない? っと……」

 私は自分の部屋で机に向かいながら、咲希ちゃんにメッセージを打ち込んで送信ボタンを押した。

 私と一緒に部屋を使っている妹は、二段ベッドの上段で音楽を聞きながら漫画を読んでいる。

「返事、くるかな……」

 私はぼうっとスマホを眺める。

 すると着信音が鳴り始めた。咲希ちゃんからだ。

「もしもし?」

 私は小声で電話に出た。

『なあに、エリカまだ悩んでるの? さっさと圭介に告っちゃいなさいよ!』

 電話の向こうの咲希ちゃんはとても元気そうだった。

「いや、だから違うんだってば!」

 私は慌てて小声で叫ぶ。

『もう、照れなくていいって。いいじゃない、純愛だねぇ、保育園の頃からのさ』

「は? 純愛?」

 私は妹に聞かれたくないワードを口にした。ちらりと妹を盗み見るが、こちらには一切気が向いていないようだ。

『そぉよぉ、圭介は純粋坊やだったからさ、私がチューしたら泣いちゃって! リカちゃんが良かった、ってさぁ、アハハハ! あれは可愛かったなあ!』

 な、なんだと!

『あ、言っとくけど、ほっぺただからね、ほっぺた! 安心した?』

「い、いや、もうなんだっていいんだけど」

 くそう、顔が熱い。湯船に浸かり過ぎたせいだ。

『私、先生にめっちゃ怒られたんだよね……そういうことしちゃダメって! でもさ、あんた圭介のおでこにチューしてたよね』

 はあ?

「し、してないよ!」

『だって、私見たもん。エリカが園庭のタイヤに登ってさ……圭介めちゃくちゃ喜んでたから、私ジェラシー感じちゃったもんね』

 あぁ、なんだか目眩がしてきた。

「覚えてない……全っ然、覚えてないから!」

『圭介はさ、お姫様と王子様のお話大好きだったからね……憧れてたんじゃない? そういうのに』

 私はハッとした。

 こないだ図書館で借りた本の中に、その手のものはなかった。

「そ、そっか……明日もう一度図書館に行ってみる! ありがと、咲希ちゃん!」

『え? 図書館?』

 咲希ちゃんの口調は怪訝そうなものだったけど、気にしない。

 今はとにかく、正解に繋がりそうななにかを掴みたかったから。


『ねぇ圭介、砂場で遊ぼうよ! こないだのより、でっかいお山作ろう!』

『僕、すべり台がいいな……』

『えぇー! なんだぁ、圭介のケチ!』

『じゃ、じゃあさ……僕にチューしてくれたらいいよ』

『えっ、ほんとに⁉ じゃあする!』

 ……思い出した。

 は、恥ずかしすぎる……

 私は薄い掛布団を頭から被って、蘇ってしまった記憶を消そうと必死に頑張った。

 頑張ったけど。

 記憶は薄れないし、火照った顔も熱いままだ。

 昔の事だし! そう、保育園児だもの! か、かわいいもんじゃない! ははは……あーあ……

 私は自分に言い訳を重ねながら、何度も深いため息を吐いたのだった。

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