第19話 サプリメントの真実

 フリマ会場は、既にけっこうな人出だった。

 ざっと見渡す限り、古着や食器などの雑貨、おもちゃなんかが売られているみたいだ。

 私は主におもちゃに狙いを定めて店頭を覗いて歩く。

「カードゲームに、ミニカーに電車のおもちゃ、猫のぬいぐるみにビー玉……」

 私は値切って手に入れたエコバッグの中のおもちゃを再確認して、ふと手を止めた。

 なぜか、ドキッとしたからだ。

「ビー玉? んー……なんだっけ、ビー玉?」

 私は必死に何かを思い出そうとしたけれど、どれだけ粘ってみても過去の記憶が出てこない。

「まあいいや……もしビー玉になにかあるんなら、圭介に見せたらなにか反応があるはずだもんね」

 私は記憶を蘇らせる役を圭介に委ねた。

 追加で当時流行ったけん玉やベーゴマのようなおもちゃを追加して、帰宅する。

 ちゃんと戸締まりして出てきた筈なのに、玄関のドアが少し開いているのが遠目に見えた。

「あれ? お母さん帰ってるの? ただいまぁ」

 私は玄関先から室内に向かって叫んだ。

「あらお帰り、エリカ」

 すぐに、今帰ってきたばかりのようなお母さんが顔を見せる。

「お母さん、もう仕事から帰ってきたの? 随分早いじゃん」

 朝8時から近所で働いているお母さんの帰宅予定時刻は、12時30分だ。今はまだ11時30分だから、予定より1時間も早い。

 今日は日差しがあって気温が高かったから、少し外にいただけでも喉が乾いた。

 私は冷蔵庫から麦茶の入ったティーポットを取り出し、コップに麦茶を注いですぐに飲み干した。

「毎年ゴールデンウィークは仕事が暇なのよ……あ、あんた宛に郵便物が来てたわよ、はい」

「郵便物? あっ!」

 差し出された母の手にあったのは、薄くて小さめの包みだった。ちょうど、サプリメントのパッケージほどの大きさだ。

 心当たりは一つしかない。昨日の朝注文した、お試し用のサプリメントだ。

 早いな、もう届くとは!

 私はお母さんから郵便物を受け取ると、さっさと部屋に向かう。

「それ、よく眠れるようになるサプリでしょ? なに? あんた夜、眠れてないの?」

 どうして、お母さんがそれを知ってるの?

 私は足を止めて考えた。

 まさか……

「お母さん! もしかしてこのサプリ……」

「いやあ、お母さんも更年期症状なのか疲れすぎなのかよくわからないけど、最近寝つきが悪くてさぁ」

 あはは、とお母さんはいつものようにあっけらかんと笑った。

 笑うと、弟の幸太に余計にそっくりになる。

「そんなことより頭!」

 私は慌てて、私と同じくらいの高さのお母さんの頭頂部を見る。

 良かった……白い花、咲いていない。

「このサプリ、まだ飲んでないんだね……お母さん、そのサプリさ」

「いやあ、飲んでる間は効くのよ。でもやっぱり続けなきゃだめねぇ」

 私は声を失った。

 飲んだ……飲んだんだ……この虫のサプリを!

 私の体の中から力がどっと抜けて、椅子にぶつかってガタンと音を立てた。

「いつ……? これ飲んだのは、いつの話なの⁉」

「え? えっと……2ヶ月くらい前かな? どうしたのよ、そんなに真剣な表情かおしちゃって」

 そりゃ、真剣にもなるよ! お母さんも圭介みたいになっちゃうんだから!

「まさか、ぜ、全部飲んだの?」

 私はなんとか呼吸を整えながら聞く。

「そりゃ飲んだわよ。だってそれ試供品だから、20日分しか入ってないのよ」

 全部飲んだ⁉

「まさか、なんともないの? なんか変な声が聞こえるようになったとかさ、飲んでから変わったこと、なにかあるでしょ?」

「変な声? なにそれ? 単によく眠れるようになるだけよ、そのサプリ」

「そんなバカな……だって、圭介はこれで……」

 確かに、あっけらかんとしているお母さんは、いつもと変わらない。このサプリメントを飲んだのは、もう2ヶ月も前の話なのに。

「どういうこと……悩みがない人には、虫は取り憑けないってことなの?」

「それよりあんた、そんなサプリ試そうとするなんて、眠れない程なにかに悩んでるの? あっ、わかった、恋の悩みでしょ? そういうのはね、まずお母さんに相談……って、あら、行っちゃった……」

 私はお母さんの言葉が終わるのを待たずに、部屋に駆け込んだ。

 無言でビリビリと包装紙を破り、サプリメントを取り出す。

 そして、机の上に置いてある鉛筆立てから、ハサミを手に取った。

 カプセルの中を確認しなくちゃ。怖いけど……やらないわけにいかない。

 私は震える手でパッケージを開封した。

 中に入っていたのは、ホームページで見たあの白いカプセルだ。

「切る……切るんだ……」

 ガタガタ震える白いカプセルを、ハサミの刃に当てる。

 切ったら……カプセルの中には、中には……

 変な汗が額に浮かび、自分が呼吸しているのかどうかすらわからなくなる。

 私は目をつぶって、ハサミの柄に掛けた指に力をこめた。

 ばつん!

 カプセルを切断した確かな手応えが、手に伝わってくる。

 そっと瞼を開いた私の目に映ったのは、千切れた虫の体ではなく、なにかどろりとしたものだった。

 途端に、体から緊張感が抜けていく。

「なんなの、これ……まさか、あの話は嘘なんじゃ……くそっ、あいつ……!」

 私はぐしゃりとサプリメントの袋を握りしめた。

 これはどういうことなのか、あいつに問い詰めてやる!

 私は深く息を吐き、睨みつけたサプリメントの袋を乱暴にリュックに押し込んだのだった。

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