第15話 図書館

「祝日だけど、誰もいないってことはないんだな……」

 図書館の透明な自動ドア越しに見えた人の姿に、私は一人呟いた。

 私は普段から、あまり図書館を利用しない。

 読書は苦手なのだ。

 小さい頃はそれなりに絵本を読んでいたような気がするけど、学校の図書室にすらあまり行った記憶がない。

 絵本は、きれいだったり可愛かったりする絵が沢山あるからまだいいけど、児童書とか小説とかそういった領域になってくると文字が断然多くなる。

 紙の上に溢れる文字の団体も苦手だし、その文字からストーリーのシチュエーションを思い浮かべることもうまくできない。

 結果、早々に本を閉じてしまうことがほとんどだ。

 圭介は……どうだっただろうか?

 保育園時代を思い出そうとしてみたけど、圭介が本を読んでいた光景は浮かんでこない。

 浮かぶのはすぐ最近の圭介だ。

 朝のしんとした教室で、海外の作家が書いたという本を読んでいた姿。

 あれは、あいつの趣味だよな?

 頭に白い花が咲く前の圭介は、毎日始業時間ぎりぎりに登校していたし。

『これ、人間が虫になる有名な作品だよ』

 私は圭介の爽やかな笑顔と一緒に、その台詞を思い出した。やはり、今思い出しても体がぞわりとする。

 本当に、虫が人の体を乗っ取るなんて冗談にもほどがある。

 圭介はきっとその事実を知らないんだ。もしその事実を知ってたら、絶対に全力で拒否するよ! だって、気持ち悪いじゃん!

 虫に対する嫌悪感は強い。そんな人、世の中にけっこういると思う。

 蚊に刺されたらかゆくて嫌だし、ゴキブリやムカデは見た目がもう気持ち悪くて家の中にいたら即殺虫剤を手にするし、蟻が家の中に入ってきて行列でも作られたら困る。

 だから、世間には色んな種類の殺虫剤や虫除けが売られていると思うんだ。

 それなのに、わざわざそれを使って人の体を乗っ取るなんて、神というやつはイかれてるとしか思えない。それとも、人に対する嫌がらせも目的の一つなんだろうか?

 そして、もう一つの疑問。

 見ず知らずの他人の体を使って、イかれたそいつはいったい何をする気なんだろう?

 私は思わず、あいつから神と呼ばれている人物を想像する。

 下卑た笑いを浮かべる、薄汚れた白衣を着た不気味なおっさん。

 きっとそうに違いない。マッドサイエンティストとか呼ばれるようなやつなんだ、絶対にそう!

 他人の体を乗っ取って、世界征服を企んでて……いや、さすがにそれは非現実的か……きっと労働力としてそれを必要としてるところに格安で売りつけたりするんだろう。

 あぁ、とにかく最低最悪な行為だから、なんとかして止めないと!

 ……それにしても、あの白いカプセル……きっとあの中に虫がいて、それを飲んだら……うわぁ、気持ち悪い!

 私は慌てて妄想を止めた。

「本、本を探すことに集中しよう……子どもが読む本は……こっちか……」

 私は考えるのを止めて図書館に足を踏み入れ、児童書コーナーに向かう。

 そこには、棚いっぱいに絵本や児童書、紙芝居や図鑑が置かれていた。

 今日は天気が良くて外遊びにぴったりな陽気だからか、児童書コーナーには人がいない。

「良かった、これは落ち着いて本が探せるわ……あっ、これ……昔読んだな……懐かしい」

 低い位置にあり、なおかつ斜めになっている広い台座。

 小さな子どもがすぐに手に取れるよう工夫された棚には、数種類の絵本があった。

 思わず手に取ったのは、その内の一冊だ。

 小さな野ネズミ二匹が繰り広げる物語で、可愛いイラストとほのぼのとしたストーリーが大好きだった。

 同じシリーズが何冊かあったが、私が昔よく読んでいたのはその内の一冊だけだった。

 ペラペラとページをめくっていると、記憶の彼方から絵本のストーリーが蘇ってくる。

 この絵本が大好きだった保育園児時代。その当時、この絵本を読んでどう感じていたかまでは、思い出せなかったけれど。

二匹ふたりがハイキングに行って、お弁当食べて、不思議なおっさんに出会うんだよな……でもこれ、ほのぼのなアクシデントだから安心なんだよ……圭介、これ読んでたかな? まあいいや、わからないから借りておこうっと」

 私はその絵本を小脇に抱えて移動する。

「あとは、男の子が好きっていったら電車とか車とか恐竜あたりなのかな? ……私も恐竜好きだったな……図鑑だと分厚くて沢山は無理だから、なるべく薄いやつにしよう……どれがヒットするかわかんないから、質より量だ!」

 私はピンと来たもの全てを借りることにした。

 うろうろと歩き回って抱えた本は、全部で十冊にもなった。

「さすがにこれだけあったら、少しは圭介が反応する本があるだろう……ふふふ……見てろよ」

 本をどさりと貸出カウンターに置きながら、私は心の中でそう確信していたのだった。

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