第12話 転がっているヒント

「あいたっ! なにこれ⁉」

 ただでさえ疲労感と眠気で不機嫌な私に、新たに左足の小指の痛みが追加された。

 見れば、中身のはみ出たダンボールがあちこちに転がっている。

「あ、姉ちゃんお帰り! 夜のデート終わったん?」

 脳天気な中三の弟、幸太こうたがダンボールにぬいぐるみを放り込みながら笑った。

「デートじゃねぇわ……それより、なにこの荷物? 邪魔なんだけど」

「金曜日にさ、団地のフリマがあるんだよ。そこに出すの! 小遣い稼ぎだよ……俺、姉ちゃんが圭介兄と一緒にいるとこ見たもんね……なーんか深刻そうな顔しちゃってさあ、あやしぃ〜」

 幸太の一重瞼の目が、いやらしく歪む。

「おい! それ誰かに言ったのか⁉」

 私は慌ててリュックの中に手を入れ、ドーナツとチョコレートを掴んだ。

「言ってない」

 えへへ、と幸太は手のひらを突き出してきた。

 ほんっとにしっかりしてるんだから!

「ほら! これやるから、黙っとけよ!」

 口止め料。失敗案の小さなリングドーナツとパラソル型のチョコレート。

「やったあ! うん、黙っとく黙っとく!」

 こんなもんで口止めできるなら、安いもんか……

 早速チョコレートの派手な銀紙を破き始めた幸太を横目で見て、私は小さくため息を吐いた。

 でも、そうか……誰かに見られてる可能性はあるんだよな……でも、次の日曜までだし……今はそんなことを気にしてる場合じゃないし。

「なあ幸太……圭介の頭に、白い花咲いてなかった?」

「はあ? なにそれ?」

 チョコレートをくわえた幸太は、きょとんとしている。

 だよな……

「あ、いや、なんでもない。フリマかぁ……金曜ってことは、明後日出すのか」

 私は転がっているダンボールの中をちらりと覗き見る。

 ぬいぐるみ、缶バッジ、ボール、カードゲーム……どれも弟達が小さい頃に遊んでいた記憶がある。

「そうか、おもちゃってこともあるよな……私ら、なにで遊んでたっけなぁ……ふぁ……ねむ……ダメだ、寝ないと頭働かないや」

「いらないもん売って小遣い稼げるなんて、最高だよな!」

 手に入れたものはさっさと食べてしまわないと、弟や妹に取られてしまう。

 幸太は小さなドーナツを口に放り込む。

「いらないものか……」

 ぼんやりした頭に、写真集とアニメのキャラクターグッズが浮かぶ。どちらも、先日手に入れたけれど役に立たなかったものだ。

「私のいらないものも、売ってもらえる? あんたの小遣いにしていいからさ」

「えっ、マジで? やった、いいよ!」

 私は妹と私の部屋から、女性アイドルグループの写真集と缶バッジやアクリルキーホルダーを持ってきてダンボールに入れた。

「え……姉ちゃん、こんなの好きだったの?」

 幸太がアイドルグループの写真集をペラペラとめくりながら呟いた。

「俺、これ欲しいからもらってくわ……それにこのキャラ、敬太けいたがこないだノートに落書きしてたぜ……好きなんじゃねぇの?」

「あぁ、もう私には用済みだから、あんた達の好きにしなさいよ……わたしゃ風呂入って寝るわ」

 意外なところに需要があったな……やっぱり高校生の圭介にはグラビアじゃなきゃダメだったのかも……いや、それは私が嫌だわ……

「姉ちゃん、グラビアアイドルのやつはないの?」

「そんなもん、自分で買え!」

 私は幸太に苛立ちをぶつけ、風呂場のドアを乱暴に閉めたのだった。

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