第11話 リサイクルとサプリメント

「リサイクルだ」

 圭介の口から飛び出た答えは、よく知っている単語だった。

「リサイクル? リサイクルって……再利用って意味だっけ……」

 缶やペットボトルに瓶、それに古新聞や布やダンボール。

 リサイクルゴミは、週に一度、決められた曜日に市に回収されている。

「そう。手を加えて、再び人の役に立つものに変える。それがリサイクルだ。神が我らを使って行っていることは、まさにそれなのだよ」

「は? なにふざけたこと言ってるんだよ! 人とゴミを一緒にすんな!」

「一緒になどしていないさ。これはね、お互いに得をするシステムなのだよ……もっと具体的に説明してやろう。君達人間が生きることを諦め死を選ぶ時、どうするか知っているだろう? よくニュースになるからね」

 圭介の言葉に、気持ちが重暗くなるシーンが頭に浮かぶ。

 実際に見たことは一度もないから、単なるイメージなんだけど……不快だ。

「まあ、その方法については詳しく語るまい……君は既に知っているだろうからね。まだ使える肉体を、自己都合でただの肉の塊にしてしまうのは、もったいないと思わないかね?」

「もったいない?」

「そう。どうせ使わずに捨ててしまうくらいなら、使いたい者に譲ってくれれば良いのだ。素晴らしい取り組みだと思わないかね? 自ら命を断つ者が減り、散らかったその肉体をきれいにする必要もなくなる。もちろん、電車が遅延することも巻き添え事故も起こらない。宿主の魂はゆっくりと休んでいられる……安心、安全な場所でね。どうだい、君達人間にとってメリットだらけじゃないか」

 私は思わず耳を塞いだ。

 ただ聞いているだけだと、なるほどと思ってしまう自分がいる。

 ただ、圭介に当てはめて考えたら、どんなにメリットがあると言われても虫に乗っ取られることがいいことだなんて思えない。

 圭介の体で圭介の人生を歩んでいいのは、圭介だけなんだよ!

 耳に当てていた私の手が、不意に掴まれる。

 私はぎょっとして目線をあげた。

「これを見たまえ」

 そこには穏やかな笑顔の圭介が立っていた。

 いつからいたんだ……

 ぞっとしている私に、圭介は手を差し出す。

 その手には、黒いスマホがあった。きっと圭介のものに違いない。

 私は恐る恐るそれに手を伸ばし、表示されている画面を見た。

「これは……サプリメント? 質の良い眠りを体験できます……まさかこれ……」

 そこには、いかにも健康そうな男性モデルが、爽やかな笑顔を見せている。

 睡眠は大事です、最近よく眠れていますか?

 眠れなくて困っている、眠っているけど眠りが浅い……そんなあなたに!

 大きな文字で書かれた謳い文句が、次から次へと出てくる。

 ずっと画面をスクロールしていくと、やがて一粒のカプセルが大きく映し出された。

 私は思わず手を止める。

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 そして、目立つ色のボタン。

「圭介は……このボタンを押したの?」

「そうだ……魅力的にできているだろう? そのホームページ」

 圭介はにこりと微笑んだ。

 多分、このボタンを押したのは圭介だけじゃないんだろう。

 もし私がよく眠れなくて困っていたら、無料だしちょっと試してみようかと、軽い気持ちでボタンを押してしまうだろう。

 この虫が“我ら”と言ったのは、圭介のように虫に乗っ取られている人が既にどこかにいるんだろう。

 見ず知らずの人。

 人の弱みにつけ込んだひどい手段に、だんだん怒りが湧いてくる。

 誰に向けていいのかわからない、ぐちゃぐちゃな怒りだ。

「君のせいだよ」

 静かな圭介の声が、一気に私を冷静にさせた。

「君と同じクラスになって、圭介こいつはますますおかしくなった……それがなぜだかわかるかね? おっと、それは聞きたくなかったのだったねぇ」

 にやにやと笑う圭介の姿が、次第にぼやけ始める。

 圭介と同じ教室で時間を過ごしたのは、何年ぶりだろう。もう、思い出せないくらい久しぶりなのだ。

 見たくもない存在がすぐ近くにいたら、それはものすごいストレスになると思う。

 圭介にとって、私はそんな存在なんだろう。

 私は、なにも考えずに教室で過ごしていた自分を呪った。

 汐里とくだらない話をして笑う自分……他の子とも喋ってた……でも、圭介とは……一度も喋ってないし、近づいてすらいない。

 怖かったのだ。

 私は、今までずっと見て見ぬふりをしてきた。

 圭介がランドセルを背負ってたあの頃から、ずっと。

 一人俯いて歩く、圭介の寂しそうな背中を。

 落ちた肩、無言で助けを求めていた背中を。

 それを知っていたのに、私は自分が楽しむことを優先した。

 なんという冷酷さだろう。

 こんな私がいまさら圭介に謝ったところで、許されるはずがない。

 あたたかい人肌が、不意に手に触れた。

 見れば圭介の大きな手が、スマホを掴もうとしていた。

 その手を、反射的に掴んでしまう。

「生きろよ、圭介……そんでもって、今まで抱えてたもん、全部私に教えろ……」

 私はぎゅっと歯を食いしばった。

「どんなんでもいい、私に対する怒りでも、なんでも……全部受け入れるから……とにかく、お前の口から聞きたいんだ!」

「離せ」

 夜の空気のように冷たい声音が、静かに響く。

 私は一瞬だけ力をこめた後、圭介の手を離した。

「本当に……聴覚を奪っておいて正解だったわ……君は危険だ……まあ、だからこそゲームが盛り上がるんだがな」

 ゲーム……そうだ、私は勝たなくちゃいけないんだ……泣いてる場合じゃない……

「また明日くる!」

 私は深く息を吸い込んで、勢いよく立ち上がった。

 今はうまく頭が働かない。とにかく落ち着いて……とりあえず寝よう……あと、さっきのサプリメントのホームページ……後でちゃんと見てみよう……あぁ、疲れた……

 私は圭介に背を向け、重い体に鞭打ってゆっくりと歩き始めたのだった。

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