第7話 ヒントとペナルティ

「ほぅ、早速持ってきたね」

 夜のベンチに腰掛けた圭介が、にこりと笑って手を差し出した。

 私がその手に載せたのは、汐里に選んでもらった女性アイドルグループの写真集だ。

 肩に提げたリュックの中には、今巷で人気があるらしいアニメのキャラクターグッズが入っている。もちろん、可愛い女の子達のものだ。

 圭介は私から受け取った写真集をペラペラとめくり、すぐにパタンと閉じた。

「どうやら圭介こいつは、こういった本にはあまり興味がないようだぞ」

 圭介の言葉に、なぜかほっとした自分がいた。

 おいおい、それじゃ大事なバイト代で買った本が無駄になるだろうが!

「じゃあ、次はこれ!」

 私は慌てて、リュックから数個の缶バッジやアクリルキーホルダーを取り出して、まとめて圭介に渡した。

 圭介は、それらをじいっと見つめた後、首を左右に振ってにこりと笑った。

「ぜ、全部無駄になった……」

 私は突き返されたアニメグッズをリュックに戻しながら、肩を落とした。

「無駄ではない。候補が一つ減ったのだから、前進と呼ぶべきだ……ただ、闇雲に一つ一つの可能性を潰していたら、あっと言う間に時間切れだ」

 そう、そうなのだ。期限さえなければ……

「期限の延長はできないの? もしくは、なにかヒントをくれるとか……」

「ヒントか……期限は伸ばせないが、ヒントはやらんことはない。欲しいか? ヒント?」

 圭介は私の目を覗き込むように見てきた。

「こっち見るなよ……気持ち悪い」

 私はすぐさま視線を外す。

 焦るこちらの気持ちを見透かし、弄ぶような不快極まりないあの目。

 あんなに弱々しくてやさしかった、圭介の目なのに……勝手に使うな!

 イライラが胃を刺激して、吐き気がする。

 思わず口元に手を当て、私は吐き気と怒りを抑え込んだ。

「君と圭介こいつだけが共有しているもの。それがヒントだ」

 私の中から、一気に怒りが消し飛んだ。

「な、なにそれ?」

 圭介は私の視線の先で肩を竦めて笑った。

「さあ? それがなにかを考えて探すのがゲームの醍醐味じゃないのかね? スマートフォンで検索しても出てこない、君の記憶の中にあるものを探すんだ……さあ、これはいいヒントを与えたな」

 私の中にある、私と圭介だけが知ってる記憶……だめだ、咄嗟には思いつかない。

「正解は梅干しじゃなかったのは、今朝わかっただろう? 僕が梅干し苦手なのを知っているのに、食べさせようとするなんてひどいと、圭介こいつは言っていたぞ」

「そ、それはほら、ショック療法というか……圭介……」

 ごめん、と言いかけて私は口をつぐんだ。

 謝るのは、ちゃんと圭介が戻ってきてからだ。今じゃない。

「では、ペナルティを課そう」

「え? ペナルティ? 何の話?」

 その単語の不吉な重さに、体が急に重くなる。

「ヒントをあげたのだから、ペナルティを課すんだよ……そうだな、五感を一つ塞ごうか」

「五感?」

「そう……ものを見る、匂いを嗅ぐ、味わう、音を聞く、肌で感じる……今は共有しているこの内の一つを、塞ぐことにする」

 目眩がした。

「なんてことすんだよ! やめろよ!」

「うん、音を聞く……聴覚を塞ごう」

「だから、やめろって……」

 圭介は、叫ぶ私ににっこりと笑いかけた。

 それがなにを意味するのかがわかって、視界がぼやけた。

「正直、君の声や言葉は圭介こいつには刺激が強すぎてね……こちらに不利だったから、ちょうどいい。なに、そんなに悲しむことはない。君がこのゲームに勝ちさえすれば、すべて元通りになるのだから」

 そうだ……泣いてる場合じゃない。勝たなきゃ……そうしないと……

「君が勝ってすべてを取り戻すか、私が勝ってすべてを失うか……くくっ、楽しみだねぇ」

 とにかく、これ以上圭介からヒントをもらうわけにはいかない。

 圭介との繋がりを、これ以上絶たれてたまるか。

 さあ思い出せ。埋もれている、私と圭介の物語を。

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