第4話 ゲーム開始

「この花が見える条件は、もう一つある」

 圭介の少し低い声が、罪悪感に打ちのめされている私の耳に届く。

「辛いか? 見て見ぬふりをしてきた期間が長ければ長いほど、気がついた時のダメージは大きいからな」

 圭介の言う通りだ。

 今、私はそれを嫌というほど噛み締めている。

「そんなこと、あんたに言われなくてもわかってるよ……」

 だけど、自分を責めていてもなにも変わらない。私は、圭介を元に戻す方法を聞きたいのだ。

「で、もう一つの条件ってなに?」

 私はようやく圭介に視線を戻した。

 そこには、街灯の下で青白く見える圭介の薄ら笑いがある。

圭介こいつ自身が、相手に……つまり君に強い感情を持っている場合だ」

 圭介が、私に?

 急に、目の前の圭介が鮮明に見え始める。

「知りたいか? 圭介こいつが君に抱いていた感情が、どんなものか?」

 圭介はニヤリと笑った。

 なんだかこちらの気持ちが見透かされているよう

な気がして、少し腹が立った。

「知りたい……けどさ……」

 正直、ものすごく聞きたいけど……ものすごく怖くもある。

 それに、今は圭介本人の意思で喋っているわけじゃない。

 つまり、今の圭介が私への思いを口にすることは、勝手に秘密を暴露されるのと同じことなのだ。

 それって、めちゃくちゃプライバシーの侵害にあたるじゃないか。

「圭介の気持ちは、本人が戻ってきたら直接聞く。だから、今はいい」

 そう。それが筋ってもんだ。

「ほう、意外と真面目なのだな」

「そうだよ。とにかく、圭介を元に戻す方法を教えてよ」

「母親は、あっさり諦めたどころか喜んでいたのに」

 圭介の声がワントーン下がって、笑顔が消えた。

「は? 母親って……圭介のお母さんのこと?」

 そうか……白い花が見える条件が揃っていたのは、私だけじゃなかったんだ。

 でも。

「本当に喜んでたの? 大事な一人息子が、こんなにガラッと変わったっていうのに?」

「そうだ。安心したような表情かおをしてなぁ……私の言うことが嘘だと思うなら、直接母親に会って聞いてみるといい」

 安心、か……そうか、圭介のお母さんはずっと心配していたんだ。

 なんとなくだけど、それはわかる気がした。

 最悪の場面。

 それは、圭介が残りの人生すべてを捨ててしまう選択をすること。

 最寄りの沿線に、いわゆると呼ばれる踏切がある。

 二駅ほど先の駅付近にあるその場所は、沿線利用者の間ではかなり有名だった。それほど頻繁にのだ。

 私も、その恐ろしい未来をまったく想像していなかったわけじゃない。

 だから、圭介のお母さんが今の明るい圭介の様子に安心するのもわかる。

「でも、私は前の圭介に戻って欲しい。暗くても、存在感が薄くても、私は前の圭介の方がいい」

 そして、謝りたい。

 わかってる、私が圭介に戻って欲しいと願うのは、単なるエゴなのだ。

「母親には、もうこの花が見えていない……諦めたからだ、お互いに……君も諦めるだろうと思ってこの一週間過ごしてみたが、君の疑いの眼差しは、なにも変わらないどころかますます強くなる……正直、迷惑なのだ」

 迷惑?

「ゲームをしないか? 圭介こいつをかけて」

 圭介は、真面目な表情かおのまま私に提案してきた。

圭介こいつの意識が残っていられるのも、あと一週間。その間に、圭介こいつを現実に引き戻せたら、君の勝ちだ」

 ちょっと待って。

「あと一週間って……一週間経ったら、圭介は消えちゃうって言うの⁉」

「そうだ。君がいなければ、もっと早く消えていたのに……本当に面倒な事になった……だが、私は勝負事が嫌いではない」

 圭介はにっこりと笑った。

「私は君の邪魔は一切しない。それから、毎晩この時間に私はここにいる。話したいことや試したいことがあったら来るがいい」

「そんな、一方的な……それに、ゲームだなんてふざけてる!」

「君が拒絶しようが、それ以外に方法はない。タイムリミットは、次の日曜の真夜中。日付が変わるまでだ」

 次の日曜の真夜中……いや、でも、私はどうしたらいいのよ……圭介のバカ……いや、バカは虫か……

「じゃあな、おやすみ……白鳥さん」

 ちくしょう、見てろよ……絶対に圭介を取り戻してやる!

 私は負けず嫌い根性に火をつけ、去っていく圭介の背中を睨みつけたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る