ユウカ 編 第五
駅に人影が見えなかったのは、電車が止まっていることらしい。駅員がいるはずの窓口は締まっており、「避難命令のため、窓口を閉鎖します」という張り紙が一枚、寂しく張られていた。
私たちが来た所から反対側の駅舎に行くと、まばらに人はいるが、駅前のコンビニは締まっている。街灯は灯っているが、ビルの明かりはなく、いつもとは違う風に感じられ、駅前には活気はなかった。
ここから少し歩いて、大通り沿いに出てきた。さっきの駅とは違い、警察官や消防士、自衛隊みたいな人が慌ただしい様子で動いていて、見たこともない車が止まっていた。
ハルキがその中の一人の警察官をつかまえて、今までの起こった話をして助けを求めたが、その警察官は焦っているような顔して、「大変なのはわかったけど、こっちも忙しいんだ。警察署に行って相談してくれ」と言って、どこに行ってしまった。
「なんか忙しそうだね。警察署に行ったら、話聞いてもらえるみたいだし…… 行こう」
「そうだな……」
私たちは、警察署がありそうな方向に足を進めた。
途中、公衆電話を見つけて、私の実家に連絡をしたが、受話器からは聞きなれないコール音が鳴り響く。何度も十円玉を入れるが、コール音が鳴り響くだけだった。その後も十円玉を入れ続けたが、今は家にいないという判断になり、実家に連絡するのをあきらめた。
ある警察署に辿り着いたが、とても話を聞いてもらえる状況ではなかった。署の周りでは、老若男女問わず様々な人がたむろして、署に入って行く、警察官を見かければ、一斉に押しかけて何を質問し続けていた。
その内の一人は、一本の蜘蛛の糸をすがるような必死な表情をしており、中には涙を流して、誰かの名前を叫び続けていた人もいた。一方で警察官は顔を下に向き、足早に署内へと駆けて行った。
私は、この光景を見て絶句するしかなかった。結局、あの場所には長くは居てられなかった。歩くたびに人の声が小さくなっていった。
「できれば、うちに戻りたい……」
私は内心そう思った。でも、帰れない。自宅がある場所は、事件のせいで完全に地域が規制されて、立ち入ることすらできない状況。実家もこの規制を超えた所にある。
連絡も取れない、警察にも相談できる状況でもない、私たちは路頭に迷ってしまった。
ハルキがスッと、ハンカチを渡してくれた。
「ありがとう……」
いつの間にか、私は涙を流していた。
少し経ってから、ハルキが切り出した。
「お金は少しあるから…… タクシー使って、帰ろう。実家に……」
「……うん……」
私はそんな返事しかできなかったが、嬉しかった。
「どうやって、帰るの? スマホないから、タクシー呼べないよ」
「たぶん、駅に行ったら、いると思うよ」
「どこの?」
「阪神の」
「でも、前の駅、何もなかったよ……」
「海の近くだから、一台ぐらいはあると思う。もし、なくても大通り沿いを歩けばいいし…… ところで歩ける自信ある?」
「うん、中高、運動部だったから、体力には自信ある。でも、ちょっとゆっくりめで……」
「わかった」
結局、駅に行ってもタクシーはなく、大通り沿いを歩くことになった。救急車が何台か、路肩に止まっていて、その横を見たことない大きな迷彩柄の車が列を成している。いくつの救急車は後ろの扉が開き、中が見える状態になっていたが、見ているだけで心が苦しくなる光景だった。
ある交差点で、電車が動いているという情報を耳にした。しかし、運転していると言われる駅に行くと、多くの人でごった返していて、結局は、運転中止という事だった。
再び、大通り沿いに戻って、タクシーを探す。
途方無く歩いていると、遠くの方から車が近づいてきた。何度か、遠くの方から車が来て、その横を通り過ぎて行ったが、この車は違った。
「タクシー…‼」
思わず、指を指して、声を上げた。
そのタクシーはウィンカーを点灯させて、偶然にも私の目の前に止まった。
タクシーの扉が開き、パンツスーツを着た一人の女性が出てきた。
「ありがとうございます」
彼女はそう言って、足早に私たちの横を通り過ぎた。
私たちはすぐさま、このタクシーに駆け寄った。開いたままの扉に入り込み、ハルキが運転手に話しかけた。
「大阪方面まで行けますか?」
運転手は私たちの顔を見るため、後ろを振り返った。
「あんさん、今日は西宮までだよ。規制のせいで高速使えんし、下道もあんたみたいな人も多いし、緊急車両優先だから、結構遅くなるよ。それでもいいかい?」
「お願いします。西宮でも大丈夫です」
「おう、早く乗りな!」
無愛想な顔をしたおじさんだったが、意外に愉快な口調で私たちを迎えてくれた。
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