ユウカ 編 第六
始めは車も少なく、スムーズに走り進めていたが、目的地の西宮が近づくとかなり混みだしてきた。
「あちゃ~ これは結構かかりますね。歩いたほうがいいですよ」
タクシーのおじさんは客を気にかけるように言う。
「いえ、大丈夫です。このまま駅に向かってください」
しかし、ハルキが毅然した態度で言い返した。
タクシーのおじさんは、バックミラーから心配そうに私たちに見ていた。
「いや結構、料金掛かりますよ。家どこですか、何ら少しまけてお送りましょうか?」
「いえ、お気遣いありがとうございます。本当に大丈夫なんで」
タクシーのおじさんは、何かを察して、これ以上何も聞いてこなかった。
混みだしてから、30分、ようやく駅に見えてきた。
「ここで降ります」
ハルキがそう言って、財布から何枚かの紙幣を取り出して、おじさんから、お釣りをもらい、私たちはタクシーを降りた。
駅は多くの人で溢れかえっていた。タクシーを待つ人、親の迎えを待つ子ども、スーツを着たサラリーマンや作業服を着た女性、どこを見ても人の姿が目に入った。
駅の中に入り、改札機の近くにある案内板を見た。
「現在、神戸三宮方面の列車は運行しておりません。神戸三宮方面にお越しのお客様は宝塚方面の列車にお乗り頂き、JR線・神戸電鉄・神戸市営地下鉄にお乗り換えとなります。なお、定期券をお持ちの方は、振替輸送を実施しております。」
とりあえず、乗り換えをすれば、神戸には行けるらしい。
ハルキは、2~3人並んだ券売機の列に並び、宝塚行きの切符を買いに行った。
私はちょうど空いたベンチに腰掛けて、切符を買い終わるのを待っていった。
駅は人の出入りが激しく、降り人がほとんどで誰を待っているようだった。
そんな人達を見ていると、ある違和感を覚えた。大勢の人の中に、真黒な人が3~4人いることに気付いた。
私は一瞬、見間違いと思い、二度見したが、確かに全身、真黒な人だった。
私はあたりを見渡した。でも、多くの人がこの黒い人たちに気付いている様子はなく、むしろ、周囲に溶け込み、私だけが気付いている感じだった。
私は怖くなり、ゆっくりとその場を離れようとした。
その場をゆっくりと立ったと同時にハルキが宝塚までのきっぷを持って戻って来た。
「どうかしたか?」
「いや、あそこに……」
私は黒い人がいる方向に指を指したが、そこには誰もいなかった。
「誰か、いたのか? 大丈夫か?」
「うんん、大丈夫だから、ちょっと疲れているだけかも……」
「本当に大丈夫か?」
私の肩をさすって、優しく語り掛けた。
「神戸行き接続の最終列車が出るらしい。もし、しんどかったら、ここで泊まる?」
「うん、大丈夫だから、電車に乗ろう」
私は「大丈夫」と言ったが、そんな訳なかった。ハルキも若干気付いている様子だったが、私に気を遣ったのか、強く言うことはなかった。
しかし、黒い人たちには、直感的に何か感じるものがあった。
車内は割と混んでおり、座る座席がないぐらいだった。
端の所で立っていると、一人の女性が私の様子に気付き、席を譲ってくれた。
席に座ると同時に扉が閉まり、列車がゆっくりと動き出した。
「ねぇ、終点まで乗るんだよね。」
「あぁ、そこで乗り換え」
電車は一定の速度で走っていく。一つ目の駅に停車し、再び動き出すと車内の違和感を覚えた。
さっきまで普通に座席に座っていた人たちが、なぜか全身脱力したようにぐったりしている。座席の前で立っている人もこの様に目の前にしているのに気が付いている様子はない。むしろ、背筋を伸ばし、真っ直ぐ正面の車窓を眺めている。
「ねぇ、ハルキ……」
「あぁ……」
ハルキもこの様子に気付いている様子だった。
異様な空気が車内に立ち込める。私たちだけが車内に取り残されたみたいだった。
「甲東園、甲東園です……」
車内放送が流れると、空気感がさらにおかしくなっていった。
人の影から、這い上がるように駅で見たような真黒な人が現れた。それは駅で見た数の比ではなく、無数に現れてきた。
「ミツカッタ…… ハヤクオツタエシナケレバ……」
のろりのろりと私たちの方へと四方か近づいて来る。
「ねぇ、なにこれ…… 一体どういうこと……?」
私は恐怖で震え上がり、ハルキの服の端を掴んで座席から立てなくなっていた。
「大丈夫、僕が何とかするから」
電車は減速し、少し急ブレーキ気味で駅に止まった。
「一・二の・三で動くから……」
ハルキは私を抱きかかえた。
駅に到着してから、ほんの数秒だった。扉が開いた瞬間、一目散に電車から私を抱えたまま降りた。
真黒な人たちは、電車から降りた私たちに気付き追いかけてくる。それはまるで、鉄砲水の様に各扉から飛び出し、私たちの進路を塞いでくる。ハルキはそれを紙一重が如く華麗に避けて、駅の改札を突破する。
改札を突破した後は、何か照明の様な光に包まれた。気付くとそこは、見たことのない緑に囲まれた開けた場所で、改札を突破した駅はどこにもなかった。
「どうゆうこと……?」
私たちは困惑した。駅の周辺にはこんな緑あふれる場所ではなかったし、そもそも、改札は駅舎内にあったし、こんな開放的ではなかったと思う。
「瞬間移動……⁈」
私たちは逃げている間に絶対ありえない現象が起きた。
「あぶなかったですね、無事で何よりです」
私たちの前に、白装束のような神職の恰好した背の高い男性が現れた。
「もう少し遅かったら、危なかったですよ」
その男性は、私たちに対して、若干砕けた感じで接してくる。
「おまえは誰だ」
ハルキがその男に向かって強い口調で言った。
「これは失礼いたしました。我が名は、トウヤクノミコトと申します」
「いったい、何者だ」
「人によっては、神として崇められる存在です」
「ここは、どこだ」
「甲山森林公園です。まあ、奴らはここまで来ないでしょう……」
「奴らってなんだ」
「さっき、あなたたちが追いかけられていたのが奴らです。我々は『闇』と蔑称しています」
「なんで、助けた」
「あなたの隣にいる女性に、少し用事があるからです」
「ユウカに何の用がある」
自称・神は少し黙って、語り出した。
「理解し難いと思いますが、説明いたします。単刀直入に申し上げると、コウベで起きた出来事をご存知だと思います。その原因が、あなたの妻である女性が原因だと考えております。多分ですが、あなたの中には、先ほど追いかけられた『闇』が内在しております。あなたは、過去に『闇』となんらの関わりを持っているはずです。その時期については、存じておりませんが、少なくとも10年前になんらかの接触があったと考えております……」
自称・神と称する男性の話は、私たちにとって意味不明だった。コウベで起きた出来事と私との関連付ける根拠も理解できない。
私の中に『闇』という存在があるという時点で訳が分からない。しかし、病院を出てから、不思議なことに遭遇し続けている。
「ちょっと待って…… 意味が分からない。なんで私が…… 『闇』って何なの…… 私が一体何をしたの……」
私は少し過呼吸になった。もし、この自称・神が言うことが本当ならば、私は胸がキュッときつく締めつられるほど苦しい気分となった。
「大丈夫ですか。少し座ったらどうですか」
自称・神が心配して、私はハルキの介抱を受けて、近くのベンチに座った。
ハルキが自称・神に言い放つ。
「おまえは一体何なんだ。神を名乗って、私の妻を苦しめて、一体何がしたいだ! もうほっといてくれ、僕たちは散々訳が分からないことに遭ってきたんだ。おまえたちは誰なんだ。はっきりしてくれ! そして、もう関わらないくれ……」
私は、ハルキがここまで感情的になる姿を初めて見た。この言葉を聞いた自称・神は、困惑した表情を浮かべ、何かを言うとしたが、声が出ないまま、私たちから数歩下がった。
「私は大丈夫だから……」
この声を聞いて、ハルキは私の方に振り返り、ふっと我に返ったようだった。
森と風の音が私たちを取り囲み、静かな時間が流れる。自称・神は、再び口を開き話始める。
「今、我らの使者がこちらに向かっております。あなたたちが信じようと信じまいと、我らがあなたたちをお護りします。今のあなたには、大きな厄があるようなものです。我々があなたの厄を祓うのであまり恐れないでください。安心してください、あなたたちは我がお護りいッ……」
突然、自称・神の胸元に黒い刃物が突き刺さっていた。
自称・神の口から大量の血を吐き、白い装束は真っ赤に染まり、ゆっくりと刺さった方向に振り返るが、何かを見て、そのまま、うつ伏せになって倒れ込んだ。
「イガイトチカカッタ…… マモリハヨワカッタ……」
自称・神が倒れたと同時に電車の中で見た真黒な人の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます