雨天

 トコワ国の東端、ココヨの町。

 生暖かい曇天の下、リリとリラは町外れにある小さな石碑を訪れた。


 まだ建てられて新しい石肌の周りには何本もの花が供えられている。供養の石碑、それは一年前にこの町で命を落とした托卵の巫女の魂を鎮めるためのものだった。

 手にした姫菊の花を石碑に供えると、リリの腹に抱えられた卵がカタカタと細かく震えた。無言で卵を撫でたリリが空を見上げる。

 強い風にあおられる灰色の雲からぱたりと一つ、大粒の雨が滴り落ちた。


 降り出した雨は三日三晩止むことがなかった。二人はその間、ココヨの宿で過ごすことになった。

「止みませんね、雨」

 茶を運んできた宿の女将にリリは申し訳なさそうに笑った。

「すみません、こんなに長居をする予定ではなかったのですが」

「ああ、いえ、それは全然。巫女さま方のお役に立てるなんて喜ばしいことですから」

 女将はそう言って、娘のような年をした二人の少女を眺めた。

 神託によって選ばれ、最低限の知識とふるまいだけを詰め込まれ、トコワ国の希望を一身に背負って旅することとなった少女たち。辛くないはずはないのに、彼女たちの顔から日だまりのような笑みが消えることはない。

 女将はぎゅうと目を細めた。

「あたしらにできることがあったら、なんでも言ってくださいね」

 二人はきょとんと顔を見合わせると、すぐににこりと笑って言った。

「じゃあ、今日の夕飯はあゆの塩焼きが食べたいです」

「あと、茄子のお漬物も。ここのお漬物すごく美味しいねって昨日リリと話してたんです」


 女将が部屋から去った後、手持ち無沙汰になった二人は旅荷の中からトコワの地図を取り出した。顔を突き合わせながらこれまで歩いてきた道筋をそっとなぞる。

「ミヤの町の、こごみとタケノコの天ぷらは美味しかったねえ」

「ナナミの町の山菜汁も良かったねえ」

「あとは、……ロクトの町の季節限定ヨモギ麺」

「お茶屋さんで出してくれた草餅も美味しかったなあ」

「桃とサクランボも、味が濃くてすごく美味しかった」

「ね、美味しかったよねえ」

 きらきらとした目で旅の思い出を語り合うと、リラが雨の降りやまない外の景色に目を向けた。

 咲き残っていた花も、この三日間で散ってしまっただろう。みな予感している。春竜がトコワの空を去ったのだ。


 二百年ぶりの、夏竜のいない夏が始まる。


「晴れてるうちに、ここまで来れて良かったねえ」

「あとはりゅうはらまで行くだけだからねえ」


 孵化の旅には三つの定めごとがあった。

 托卵たくらん巫子ふし巫女みこが自らの足でもってトコワの国を歩くこと。

 どの道をくか、どの町に寄るかは巫子・巫女自身で決めること。

 そうして満天の星降る夜にりゅうはらを訪れ、竜の卵を孵すこと。


 二人が滞在するココヨの町は、竜の原まで半日もかからない距離にある。孵化の旅に出た者たちが最後の最後に寄る町だった。


「……雨、止むといいねえ」

「大丈夫だよ、リラ」

 ぽつりと呟いたリラに、リリはおっとりと卵を撫でながら言った。

「どんな雨もいつか止む。星降る夜は絶対に来てくれるから」


 卵は動かなかった。

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