孵化の旅路(2)
屋台を引く若者はカラコロと鈴の音を鳴らして近づいてきた少女たちが
「これは今年考案した新作でしてね。こちらが
目を輝かせた二人はおすすめされた氷菓子を一つずつ選んだ。
渡された
「これ、お兄さんが作ってるの?」
「ええ、今年は冷夏の兆しがあると聞きましたから。取っておいても無駄になるようなら、いっそ来年の夏に向けて売れそうなものをと色々試してるんですよ」
そう言って若者は線の細い肩を落とした。遠くの藤を眺めた表情は重く暗いものだった。
今年のトコワの春は長い。奇妙なほどに。
例年ならば藤の花はとっくに全て散り、薄く
いずれ春は終わる。
その時トコワの空がどんな色を見せるのか。
それは今年、人々がみな抱えている不安だった。
「それじゃあ来年は、『夏竜さま
「え?」
若者が顔を向けると、匙を置いたリリと目が合った。その隣でリラも笑いながら言う。
「そうそう。托卵の巫女が立ち寄った氷菓子屋さんなんて、来年の夏はきっと行列間違いなし」
「だから笑ってください。笑って、生まれてくるこの
「あ……」
瓜二つの笑顔に見つめられた若者は恥じ入るように目を伏せた。やがて、ぎこちなくも小さな笑みを浮かべながら頷いた。
「ええ、そうですね。……
「はい、どうか」
二人の抱える卵に左右の手を乗せた若者は穏やかな表情でそっと目を閉じた。
「イツミの夏は、カミツレの花畑が広がって、風が吹けば天まで香ると評判の美しさなんです。ぜひ来年見に来てくださいませ。……御身つつがなくご生誕なされますよう、祈念申し上げます」
二つの卵がカタコトと動いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます