「私のそばに」
Unknown
「私のそばに」
季節は冬と春の境目。もうじき3月になろうとしている。
俺は今、かなり参っている。真っ白のベッドに横たわっている。
何故なら、“アルコール性急性膵炎”で入院中だからだ。膵炎に効く治療法は、とにかく断酒・断食・断水することと、点滴で水分を得ることしかない。
現時点で既に3日くらい入院している。膵炎とは、膵臓が炎症を起こして溶けてしまい、他の臓器まで炎症させてしまう病だ。これはめちゃくちゃ痛い。腹痛がとんでもない。刃物が常に刺さっているようだ。痛み止めを点滴してもらっても一睡も出来ないレベルだ。「あなたの人生最大の痛みは何か?」と聞かれたら俺は間違いなく「急性膵炎です」と答える。断食をしてるのだが、それを全く苦痛と感じないほどの腹痛だ。
アルコール依存症は、常にこうした病気との戦いを強いられる。俺は24歳にして既に何度も身体をアルコールで壊していた。しかも仕事はしておらず、実家に引きこもり状態だ。髪は、その辺のショートの女の子よりも遥かに長い。最低のクソ人間である。
力無くベッドに横たわる俺は、Bluetoothイヤホンを付けて、スマホの音楽系サブスクでロックを聴きながら、なんとなくスマホのメモで日記帳を書いていた。この入院生活を記録して、退院した頃にネットの小説投稿サイトにエッセイとして投稿しようと思っているのだ。俺は趣味でネットに小説を書いていた。
俺が死んだ目でロックバンドの曲を聴いていると、やがてスマホの画面上方に、LINEの通知が来た。
『お久しぶりです。みかこです。unknownさんの小説を漫画にしたいんですけど、いいですか? どこかに掲載するかは未定です』
LINEの送り主は、かねてから俺の読者である「みかこ」さんという女性だった。
正直驚いたが、それよりも喜びの方が勝った。自分が書いた小説を漫画にしたいなんて人生で初めて言われたからだ。俺は、
『お久しぶりです。全然いいですよ』
と返信した。その後、登場人物の容姿についてのやり取りをした。
『あいりちゃんって小さいんでしたっけ?』
『そうですね。身長148です』
『髪型はどんな感じですか?』
『特に決めてないですけど、イメージ的にはロングですかね』
そして現在、みかこさんは仕事を辞めて無職生活を送っているらしい。その結果、暇な時間が増えてしまい、漫画を描くことで暇潰ししたいのだそうだ。
退屈な入院生活の中で、みかこさんとのラインのやり取りは、俺にとってとても有意義な暇潰しとなった。
『俺、今アルコールで体を壊して入院中なんです』
と送信して、直後、病室の写真を撮って、みかこさんに送った。
『あ、ほんとだ。これは病院ですね』
◆
膵炎の痛みは入院から5日程度が過ぎると、徐々に和らいできた。医師によれば、俺はあと5日で退院できるらしい。計10日の入院であったが、長い人は3ヶ月くらい入院する人もいる。つまり、この地獄の痛みは、まだまだ膵炎の中では軽度から中度だということだ。これで中度ならば、重度の膵炎患者はどれほどの痛みを味わうのだろうか……。
そんなことを考えながら、ぼーっと音楽を聴いて、点滴を打たれながらベッドに横になっていると、みかこさんからラインが来た。或る夜のことである。
『実は私も小説を人生で初めて書いてみたんです。よかったらunknownさんに読んでもらいたいです』
『ぜひ読んでみたいです』
それから少し時間が経つと、小説のURLが送られてきた。タイトルは英語だった。みかこさんは英語が堪能であり、J・D・サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」という小説の英語版を読破する程の英語力を持っている。更にはロシア語まで習得している。トリリンガルというわけだ。
そんな聡明なみかこさんが書いた小説は、自分の高校時代を題材にした小説だった。
初めて書いたとは思えないほど、とても面白い小説だった。
ピアス、飲酒、喫煙、OD、おしっこ販売、脱法ハーブなど、不健康な要素が沢山出てきた。主人公である女子高生には仲間の存在もあるのだが、作中では常に“孤独”が描かれていた。しかし、最後は前を向いて、夢を追うことを決意して終わる内容の小説である。
内容が退廃的でとても俺好みだったので、俺はみかこさんに感想を伝える前に、何周も読ませてもらった。
しばらく時間を置いてから、みかこさんの小説の感想をラインで送った。俺は大絶賛した。すると、みかこさんは喜んでくれた。
そんなみかこさんは、喫煙者である俺に、ラッキーストライクのソフトパックのタバコをおすすめしてくれた。
俺は、退院したらまず実家の近所のコンビニでラッキーストライクのソフトを買おうと決めた。
そして、俺はみかこさんとのラインのやり取りの中で、「俺はこのままではいけない」と強く思い、退院したら就職活動を始めようと決意した。
◆
入院から10日が過ぎ、俺は無事に退院した。迎えには親が来た。
親の運転する車の中から見上げる景色は死にたくなるほど青く晴れていた。
そして実家に帰還した俺は、すぐ自分の車でコンビニへと向かい、ラッキーストライクのソフトを購入し、自分の部屋で箱の写真を撮り、みかこさんに送信した。するとみかこさんからは「いいね!」みたいな動物のスタンプが来た。
俺は、働く意欲があるうちに就職活動を始めようと思い、求職アプリを使い、数日後にはスーツを着て自分の部屋でzoom面接を受けていた。
何社か受けたのだが、結果はどれも不採用。
引きこもり期間が長く、更には精神病患者である俺を雇ってくれる企業など、無かった。
そのうち俺は全てがどうでもよくなり、就職活動を諦めてしまった。
◆
◆
◆
◆
◆
あれから、どのくらいの月日が流れただろうか。明確にはよく覚えていない。
俺は今、9.5畳の1Kのアパートの暗がりの中で、スマホを弄って、アメリカンスピリットというタバコを吸いながら、そしてストロングゼロという酒を飲みながら、うるさいロックを聴きながら、204号室でこの小説を書いている。
もうすぐ俺は26歳になろうとしている。
現在、俺はアパートに引きこもりながら仕事をしている。webライターの仕事だ。そして障害年金を受給している。親からの援助は受けずに、一応自立することができた。
今はネット社会だ。わざわざ会社員として就職しなくても、得意分野で金を稼いで生きていけるのだ。そういう意味では、今の社会は、社会不適合者にとって昔よりも生きやすい社会なのかもしれない。
それでも時折、俺は高い所から飛び降りて、全てを終わらせたくなる。精神は不安定な場所で安定している。
そういう病気なのだから仕方ない。と思うこともあるが、俺は出来るだけ病気のせいにはしたくない。いつか寛解することを信じて、前を向いて生きるしかない。だってそれしかやることがないから。絶望に打ちひしがれていたって、何も状況は好転しない。それこそ病気の思う壺だ。死にたい時こそ「生きたい」と言えるような人間になりたい。
明日は土曜日。特に予定は無い。
酒の缶やビンやゴミだらけの部屋で、とても他人に見せられる状態ではない。
長期引きこもりだった俺も、今では自立してアパートで1人暮らしをしていて、遂に恋人も出来た。
心は満たされている。
だが、深夜になると、1人暮らしの俺は孤独を強く感じる。最近は文章をネットに晒すことに飽き足らず、自分の肉声までネットに晒すようになった。全ての原動力は孤独感である。
結局のところ、人は誰といても何をしても孤独からは逃れられぬ運命なのかもしれない。だから先生、もっと俺に薬をください。俺はまだ生きたいんです。死にたくないんです。幸せになりたいんです。
恋人と同棲でもしたら孤独感を避けられるのだろうか、と考えたりもするけど、彼女なんているはずがない。
最近、また、みかこさんの孤独を描いたあの傑作小説を読んでみたいと思うのだが、とっくの昔にネット上のアカウントは削除されており、読むことはできない。
だが、俺の心には、みかこさんの小説の内容が今も強く刻まれている。内容は今も鮮明に思い出せる。
ちなみに、あの小説のタイトルは「クロース・トゥー・ミー」で、和訳すると「私のそばに」というタイトルだった。女子高生の孤独を描いた作品のタイトルが「私のそばに」なのは秀逸だ。
俺のそばにいなくてもいい。俺のことなんて嫌いになっていい。呆れられてもいい。
みんなが、あなたが、この地球のどこかで今も生きてるなら、俺はそれでいい。
俺の孤独な青春も、あなたの孤独な青春も、いつか宝物になる時が来る。俺はあなたの小説を読んでそう思いました。
終わり
【あとがき】
この小説はほとんど実話です。モデルになった女性がいます。
ちなみに前のアカウントの時に書いたものです。俺の中で思い出深い小説なので、また投稿します。
「私のそばに」 Unknown @unknown_saigo
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