第13話 るぅの心情と滲んだ花火

「早く着きすぎた…」

此ノ花神社鳥居前。

俺は深くため息をついた。


凪を乗せた自転車で飛ばして15分。

凪が「早く!早く!」と急かすので普通20分ちょいかかるところにも関わらず15分できたのだ。

なのに…


「なんで待ち合わせ場所に1人もいねぇんだよ!」


「まぁまぁ、そんな荒ぶらなーい。帰宅部が根性見せたじゃん。」


「俺は天文学部だ!」


「あっ忘れてたごめーんwww」


「わざとだろっ!」


一通り吠えまくって、無駄な体力を消耗してしまった。

屋台があるところより少し高いところに立っている鳥居の前では下の屋台の様子がよく見える。

そのLEDの光で闇夜に光る屋台が特別綺麗に見えた。


「はぁ…まぁ早く来たのは仕方ない。あいつらより先に屋台散策しとくか。」


「うんっ!」


俺たちは神社の階段を駆け降りた。


花火が上がるまで

       あと45分


_______________


祭りに誘われたのはつい3日前。


「えっと…孤木さん…だっけ?もし嫌ならいいんだけど、俺と連絡先交換しない?」


隣のクラスの青峰鳴海。

同じ体育委員会の男子。

本当は連絡先なんて教えたくなかったけど、この前見たネットのサイトでは高校生同士の連絡先交換は社交辞令と書いてあったから、仕方がなく交換した。


「!いーよ!」


愛想のいいように、裏表がないような明るい笑顔を浮かべる。

多分こいつは本当のぼくを知らない。

ぼくの趣味も、ぼくの過去も、全部。

そんなやつに心なんて開いてやらない。ぼくが心を開くのはただ1人。


『るぅはるぅだろ?何が変なんだよ。』


あの暖かい手を差し伸べてくれたあの人だけだ。


夏休みの半ば。

普段なかなかならないスマホが鳴った。


『明後日、此ノ花神社で行われる夏祭りに行きませんか』


あの時の委員会の奴。

他に誘う人はいなかったのだろうか。

それとも何かの罰ゲームなのか。


『ごめんなさい。その日が用事があるんです…』

と打とうとした手が次に送られてきた文で止まる。


『佐倉も来るそうですよー』


ヒカ君も来るのか…

心が揺れた。


『ごめんなさい』の文を取り消しもう一度打ち直した。


『行きます!』


送信ボタンを押す。


『了解です』


そして迎えた当日。

約束の時間5分前に着き辺りを見渡すがそこには誰もいない。

嫌がらせか?

そう思った時、

「ごめん!遅くなった。」


青峰さんが向こうから息を切らしながら走ってきた。


「大丈夫ですよ!ところでヒカ君…佐倉くんは?」


「ああ、あいつ先に来て屋台回ってるらしい。花火が上がる時間になったらここ来るってさ。」


一緒にまわりたかったな。


「わかりました。じゃあ私はここで待機していますね!」


「ちょいまち。せっかく祭りに来たんだから楽しもうよ。屋台、奢るよ?」


屋台…魅力的だなぁ


「…じゃあ…お言葉に甘えて!」


「じゃあ決まり。そういやさ、俺ら同年代だし、タメ語でいかね?」


「確かに!了解です!」


「早速敬語じゃんwwww」


花火があがるまで

       あと40分


_______________


「ちょ…マジで…人多すぎ!」

佐倉が叫ぶ。

全くその通りだ。神社の屋台通りは人で埋め尽くされて、どこを見ても人、人、人…

もう人に酔いそうなくらい。


幸い私達は人のピーク時の前に来ていたことから、かろうじての杏飴を買うことができた。


「あ!佐倉、私射的したい。」

「いや、どんだけ列ぶつもりだよ…」


祭りなんて数年ぶりで自然と笑みが溢れた。


「な、凪…?ねぇ凪なの?」


後ろから聞き覚えがある声。

冷や汗が止まらない。

おずおずと私は後ろを向いた。


「お…お母さん…これは…」


恐怖で手が震える。

楽しい気分から絶望のどん底に落とされたような気分になる。


「なんで…」


お母さんが震えながら聞く。

どうしよう

どうしよう

どうしよう


「あ…あ…えと…」


言葉が口から出てこない。

恐怖が私を襲う。


「なんでそんな格好をしているのって聞いてるのっ!」


お母さんが叫ぶ。

心臓が痛い。

肌が冷たい。


「ごめんなさ…「大丈夫、俺に任せろ。」


謝ろうとした時、佐倉が後ろから囁く。

「大丈夫」

その言葉を聞くと自然と心臓の痛みは落ち着いていて、手の震えもいつの間にか止まっていた。


「あーもしかして凪の母さん?コイツさぁ、今ゲームで負けて罰ゲーム中?なんすよね。もしかして不快だったっすか?」


お母さんはびっくりしたように目を見開いている。

サーせンと軽くあしらう佐倉の手は震えていた。


「…あらそう?男の子同士の遊びなら仕方がないわね。凪、いやなら言うのよ。」


「…うん」


私はただお母さんの後ろ姿をみているだけだった。

あ、佐倉にお礼言わなきゃ。

私のせいでこんなことになったのに。

また、人に迷惑をかけてしまった。

やっぱり私ダメダメだ。

できるだけいつも通りを装って。


「あははっ。佐倉変な喋り方でお母さん撃退するなんてすごいじゃん。思わず笑いそうになった…」


喋ると涙が出そうだから下唇を強く噛んだ。



「強がり…いいから。」


もう…なんで…

目頭が熱くなる。


「分かっちゃうかなぁ…」


視界がどんどん滲んでいく。

涙が輪郭をなぞったように流れていく。



ヒュー…ドーンっ


轟音と共に花火が上がり始めた。


隣をみると花火の色に照らされた佐倉が目に映った。

何故かその姿から目が離せなくて、花火を見るために視界を天に向けたのは花火が上がり始めてからおよそ47秒たった後だった。



結局狐木さんたちとは合流できなかったし、せっかくの花火は涙で滲んで見えなかったけど、


「連れてきてくれてありがと。」


色とりどりの花火が夜空を彩った。

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