第10話 夏祭りの準備
あの後、俺たちはLINEを交換して、次の朝とんでもない眠気と闘いながら家路についた。
「暑ち〜課題おわんねぇー」
8月の中旬、東京の気温は30度を超えていて、今にも体が溶けそうだ。
山のような課題を前に現実逃避しようとスマホに目をやる。
すると、鳴海からLINEが来ていることに気づいた。
『明後日の此ノ花神社である夏祭り行かね?』
不細工なウサギの上にはてなマークがついたスタンプ付きで送って来た。
明後日は特に予定もないし…
『いいよ』
と送った。
すると秒で返事が返ってきて、
『誰かかわいい子連れてこいよーあ、ちなみに俺は委員会で1番かわいい孤木さん誘った』
こいつ…かわいい女子の知り合いなんてるぅ以外俺にはいねぇ…いや?
心当たりがあった俺はある人にLINEした。
『凪ー明後日夏祭り行かないか?』
これでよし。
まだ既読はつかないままだ。
少しずつ課題を進めていると、凪から返信が来た。
『嫌』
一文字である。
予想通りの返信が返って来て嬉しいのか悲しいのか…
そういや俺の姉貴が確か…
「うち、浴衣あるけど」
母さん、姉貴へと引き継がれた青い朝顔の花の模様がはいった浴衣。確か押し入れに入っていた気がする。
5分ほど既読スルーが続いて、やっと、返信が来た。
『行く』
そのシンプルで簡単な二文字をみて、
「よっし!」
思わず声が漏れた。
なんでこんなに俺が喜ぶんだよ。鳴海じゃねぇんだから…
ふと、あの夜を思い出した。
〈俺がいるじゃん〉
いつのまにか口に出していた言葉。
こんな大層なこと言っておいて、俺には何もない。
唯一あるとすれば運命の人がわかる赤い糸だけだ。
そんなカッコ悪い俺を隠そうと、俺は居場所のフリをする。
『じゃあ明後日の昼、俺ん家来れるか?』
『わかった』
たった四文字。
鉄の板に浮かぶその文字にこんな感情になるなんて。
「よっしゃぁぁぁぁぁ!」
布団に顔を埋め俺は叫んだ。
_______________
玄関の前、俺はペタペタと裸足特有の足音を鳴らしながらいまかいまかと凪の訪問を待っていた。
すると急に、
ピンポーン
とインターホンがなり、心拍数がどっと上がる。
すぐにハッとし、俺は玄関のドアを開けた。
「おじゃまします。」
ドアの前には〈男子〉の凪がいた。
「いっいらっしゃい。き、きょ、今日親いないからゆっくりしてって。」
自然に話したいのに、そんな思いとは裏腹に変に声が裏返ってしまう。
「うん。」
ん?待てよこれってまさか、家の中で女子と2人きりってことか!?
まて、落ち着け。
大丈夫。凪は浴衣を借りにきただけ。そう、浴衣を借りにきただけ…
そんなことを考えていると、もう俺の部屋の扉の前。
「ちょい待ってて、浴衣とってくる。」
そう言って、俺は浴衣を取りに行った。
だかこれは時間稼ぎに過ぎない。どうする糸野井天久!
これは過去最高に気まずい!
どう切り抜けるか…茶菓子を出すか…どうすれば…
「たっだいまー!いやーっ日本はいいね!」
家のドアが激しく開く音がして聞き覚えがある声が玄関から聞こえた。
「もしや…」
俺は凪をほったらかしにして玄関へ走った。
「姉ちゃん!?な、なんで…アメリカは!?」
「今Japanではお盆じゃん?だからかわいい弟のためにわざわざ帰ってきたってワケ。」
イェーイとピースをする姉の姿を目の当たりにして開いた口が塞がらない。
佐倉真依。佐倉家長女で大学2年生。現在は自分のやりたいことを探すためアメリカに留学している。
「んでさ、その横にいるこ、友達?」
「そうだけど…」
「ぼっちなあんたが友達!?おねーちゃん涙ちょちょぎれちゃうね。」
「余計なこと言わなくていいから。」
ほんと、無駄口だけは多い姉だ。
そういや、俺浴衣の着付け知らないんだった…
ネットで少し調べたけど、全然理解できなかった。
この際、姉貴に頼むのも一つの手か…
「あ、姉ちゃん…」
「そーいやさ、今日祭りだよね、浴衣懐かしいぃ!んで、ここに出ていると言うことは今日誰かに貸すの?」
話が早い。
「そうそう、コイツに貸す。」
そう言いながら凪を指差す。
「えっこの子!?この浴衣女子用だけど…」
そうだ、この姿では…
「私、女なんです。」
今までおとなしかった凪が口を開いた。
「あ、ごめーん!そんなカッコだからてっきり男子かと思ったわ」
「あっ…えと…すみませ…「なんで謝んの?」
謝ろうとした凪の言葉を姉貴が遮った。
その声色はどんな感情も読み取れない。
「おねーちゃんが浴衣着付けてあげる。こっちおいで。あ!光は来ちゃダメだよ〜」
「わーってるよ!」
そう言いながら姉貴は困惑する凪の手を引き俺の部屋へ連れて行ってしまった。
姉貴に助けられてしまった…
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