第7話 夏の天体観測その2と梓の心情
ハプニングはあったがるぅがしっかり応急処置してくれたから、だいぶ痛みは引いてきた。
るぅさまさまだ。
今俺たちは屋上にいる。
天体観測をするためだ。
夏は日が沈むのが遅いからあの後各グループで自由時間となった。
その際、凪が
「腕…ごめん…大丈夫?」
と心配してくれた。
あいつにも人の心はあるんだな。
「晴れてよかったねぇ〜!」
梓先輩がうれしそうに言った。
「去年、俺が1年の時、雨でしたもんね。」
確かに、色々なことがありすぎて雨の降るリスクとか考えてなかったなぁ…
空を見ると、視界いっぱいに広がる、沢山の色に光る星々があった。
あまりにも幻想的で、夢を見ているような気分になった。
「佐倉!あれが、ネデブ、アルタイル、ベガの大三角だ!今日はすげー綺麗に見えるな。」
「そーっすね。」
蜂田先輩、凄い生き生きと語ってくれる。
しかし、たくさんの星が浮かぶ夜空の中でも1番俺たちの目を引くのは、とても綺麗な満月だった。
「凪!みてみろ、すげー月が綺麗だぞ。望遠鏡で…」
「ねぇ…それ意味分かって言ってる?」
俺の言葉を遮り、凪が言う。
自分が発した言葉を振り返りながら、何かおかしいところがあったか探す。
月が…綺麗…
「やっぱさっきの言葉なし!」
大昔の文豪、夏目漱石は「今日は月が綺麗ですね」を「愛してる」と訳したらしい。
「ヤッホー!ヒカ君!黒瀬さん!」
隣で観察していたるぅのグループ
からるぅがやってきた。
「なんで来たんだ?」
「ちょっと2、3年しかいなくてちょーきまZって感じで来ちゃった。」
そう言いながら自分の茶髪の髪をくるくるといじっていた。
「ま、まぁ、ちょっとお邪魔しまーすってことで。」
俺たちは天体観測をるぅとすることになった。
初めて知ることも沢山ある。
これはただの部活では味わえなかったかもなぁ…
うちの家の近くは街灯が沢山あって、星はよく見えない。
満点の空に輝く星をみて思った。
天文学部入ってよかったな。
無事、天体観測が終わった。
俺たちは教室に戻り、寝ることになったのだが…
「先輩…なんすかこの仕切り…」
教室のど真ん中をカーテンが仕切っていた。
「あー…本当はこのグループって普通、男子2人、女子2人で組まれるんだけど…うちのグループだけ人数合わなくて男子3人になったんだよねぇ…」
「と言うことは…」
「誰かが森本先輩と寝れるってことすか!?」
「はーい、蜂田くんきもちわるいから嬉しそうにはしゃがなーい!あ、そうだ、私黒瀬くんと寝るから。」
「お、俺…ですか?」
「いちばん安全安心そうだし。」
すごいなぁ梓先輩。
凪は女子だから大丈夫なのだ。
まさか気づかれたとか?
いや、ないな。
だって凪は側からみたら完全に男子だから。
「くっそー…黒瀬…羨ましいぃ…」
「はいはい、じゃあおやすみなさーい」
梓先輩が教室の電気を切り、辺りは真っ暗になった。
_______________
今日は本当にいろいろあって、全然寝付けない。
佐倉に正体がバレた。
もしかしたら他の誰かにも知られたのかもしれない。
私の心には不安が渦巻いていた。
さて、先輩も寝たと思うし、佐倉に説明をするために屋上に行かなければ。
出来るだけ…穏便にすまそう。
『男装とか…気持ち悪い!』
苦い思い出すだけで酸素が薄くなるような感覚の思い出。
ダメだよ。
思い出したら。
そう、冷静になるの。
きっと大丈夫。
大丈夫だよね…
「ねぇ、黒瀬くん。」
隣で寝ているはずの梓先輩に話しかけられた。
「君さ、男子じゃないでしょ。」
突然言われた私の秘密。
なんでバレた?
どう誤魔化そう。
動揺で体が凍りつく。
今すぐにでも否定したいのに言葉が出てこない。
「否定しないってことはやっぱりそうなんだ。」
「え…いやっ…その…」
佐倉が梓先輩に言ったんだ。
こんな重大な他人の秘密、誰かに言わない方がおかしい。
「大丈夫。誰にもバラさないから。」
カーテンの向こう側には聞こえないように。それでも私の耳にはしっかり届く声で梓先輩は力強く言ってくれた。
「ありがとう…ございます…。」
でも…なんで…正体が…
「なんでバレたんだろうって思ってるでしょ。」
「っ!はい…」
この人はエスパーかなんかなのかなぁ…
「私の姉さんが君と同じだったの。」
そう言って梓先輩はポツリ、ポツリとひとつひとつ、過去を思い出すように話してくれた。
_______________
姉さんは身体は女子だけど、まるで男子みたいな人だった。
別に私はそのことをまったく気にしなかったと言うと嘘になるが、自分らしく生きている姉さんはキラキラしていて、私はそんな姉さんが大好きだった。
でも、両親がそれを許さなかった。
「なんであなたはもっと女の子らしく出来ないの!?」
記憶上のお母さんはいつもこう言っていた気がする。
姉さんは何も言わずにただ強く下唇を噛み締めていた。
私はその頃小学生だったため、どうすることもできず、物陰でずっとお母さんと姉さんを見ることしかできなかった。
姉さんはいつも私の前では弱音を吐かず力強く笑って「大丈夫」とよく言っていた。
でもたまに部屋から聞こえてくる、姉さんの心の奥底にある本音。
「私は、俺として生きたいだけなのにっ…」
泣き声で掠れて亡くなりそうなその声を聞いて改めて自分の無力さを知った。
ただただ何も出来ないことが悔しくて、歯を食いしばるだけの夜を何晩も過ごした。
私が中学生になり、姉さんが高校生になった。
母の姉さんへ接し方は1ミリも変わることなく、嫌気がさした私はある夜、姉さんを罵るお母さんに初めていい返した。
「なんで!そんなふうに罵るの!?姉さんは…姉さんなんだよ!」
ずっと私が思っていたこと。
「梓…」
いつの間にか私の頬には涙が伝っていて、姉さんも泣いてた。
これで全て終わる。
姉さんは自分らしく生きていくことができる。
そう思っていた。
バシッ
頬が痛い。
気づけばお母さんが私の頬を叩いていた。
「あなたもっ!どうしてお母さんの言うことがきけないの!?いつから私は道を間違えたのかしら…」
あ、この顔は姉さんを罵るときの顔だ。
「お母さんっ!やめてっ!梓だけは…お…私が悪いから…」
良かれと思ってしたことが、
姉さんを思ってしたことが、
仇になってしまった。
姉さんを傷つけてしまった。
まず、考えが浅すぎたんだ。
今までずっと姉さんに同じ接し方をしていたお母さんがこんな子供1人の一言で辞めるわけない。
姉さんに私は必要ない。
何もしない方が姉さんは傷つけないですむ。
そう思いつづけて3年が過ぎた頃、急に知らされた最悪なニュース。
〈姉さんが施設へ入った〉
理由はすぐに分かる。
そんな自分がまた嫌で嫌で…
自分が許せなかった。
_________________
「今思えば、後悔しかなかった。私、姉さんの居場所を作ろうと思うの。でも、先越されたかも。大丈夫。君にはちゃんと居場所はある。」
梓先輩の横顔は決心に近い、そんなかっこいい横顔だった。
「居場所…かぁ…」
私に居場所なんてあるわけない。
「あ!もうこんな時間だ!明日も早いんだからもう寝よっか。おやすみ。」
「はい。おやすみなさい。」
佐倉にちゃんと説明しなくてはならない。
もう、誤解は生まないように。
悪夢は見たくないから。
時刻は午前2時を回っていた。
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