第3話 3
振り返ると、そこには騎士風の青年が立っていた。
「えっと、貴方は?」
「俺か?俺は勇者だ」
「ゆうしゃ?」
「そうだ。お前は選ばれし者なんだ」
「選ばれた?」
「その剣を見てみろ」
そう言われ、私は手に持っているものを見る。それは、刀身が黒いロングソードだった。
「それは伝説の聖剣【漆黒】だ。それに選ばれた者は勇者として、思い出の大事な人を刺せば覚醒する。さぁ、今すぐ刺すんだ」
「そんなことできない」
「どうしてだ?このままだと世界は終わるぞ」
「だって、もし失敗したら、その人どの次元からも記憶が消えてしまうの」
「安心しろ、そのために俺がいるんだ」
「でも……」
「いいから早くやれよ!」
彼は私の肩を掴み無理やり刺そうとする。
私は怖くなり目を閉じた。すると、脳裏にある人の姿が浮かび上がった。
それは私の偽物だった。
彼女は偽物の私に向かって歩いていき、偽物に抱きついた。
偽物は驚いた表情をしていた。
偽物が私に微笑むと、偽物の周りに魔法陣が現れ偽物をどこかへ連れ去ってしまう。
私が呆然と立ち尽くしていると、いつの間にか偽物が目の前にいた。
偽物が手をかざすと、私の中に何かが入り込んでくるのを感じた。
「ありがとう。これでやっと解放されたよ。」
覚醒した聖剣が、彼女の心臓を貫く。
そして、世界が崩壊する音がした。
――――――
目が覚めると、そこは見覚えのある天井だった。
窓の外を見ると、もう太陽が昇っていた。
どうやら、随分長い時間眠ってしまったようだ。
ベッドから起き上がり、リビングに向かう。そこには母の姿があった。
母の顔を見た途端、涙が溢れ出てきた。
母は驚いていたが、何も言わず抱きしめてくれた。
しばらくして泣き止んだ。
現実世界での悲劇ではなく、愛に満ち
溢れた優しい世界での出来事だったのだ。
「ねぇ、お母さん。」
「なに?」
「お母さんはずっと側にいてくれるよね……」
「当たり前じゃない」
「良かった……」
――
少女は自分の生まれた場所にいた。
そこは深い森の奥にある小さな湖のほとり。
目の前には、誰もいない。ただ静かに風が吹いているだけ。
目を閉じれば、そこには魔女の幼い頃の記憶がある。初めて魔法を使った時の感動。
家族との思い出。
友達と遊んだ記憶。
初恋の人と過ごした時間。
それらの全てが走馬灯記憶だけではない。
そこにいるのは間違いなく彼女自身なのだ。
やがて、ゆっくりと目を開ける。
その瞳は、虚空を見つめていた。
――
見えぬものが、見えない日の錯綜した記憶と流れ時間、過去と未来、精神と肉体、善と悪、生と死、すべてが見えぬものの世界。
人は皆、生まれながらにして、不可視の世界を見ている。
それは、この世のものではない。
それは、この世のものでもない。
それは、この世とあの世を隔てる境界
全ての人に生きていくつもの物語の一つに過ぎない
ー完ー
魂の断崖ー紡がれる新たな運命の物語ー アクセス @katuzi900
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