潜入

 流石に警備や職員への根回しが必要だということで、七不思議の調査に乗り出すのは二日後、水竜の日を跨いでの木精の日になった。


 そして迎えた二日後。俺たちは夜の学院へと向かうべく、中央の大広場で待ち合わせをしていた。

 空が宵闇に覆われたハルバート。

 街灯の灯りは、一つ一つはほのかなものでも集まれば陽の光と変わらない役割を果たしてくれる。月光と合わさって道は存外に明るく、迷ったりつまづいたりと言ったことは起きそうにない。

 行き交う人々の表情は日中のそれと変化はなく、誰もがそれぞれの今日を生きている。それを確認出来ただけでも、学院に通うものとして、夜の街に繰り出した価値はあるのではないかと思えた。


「おっす」


 大広場を横切って真ん中の噴水前に着くと、既にクリスが待っていたので片手をあげて挨拶をした。


「来たか」

「クリス君、こんばんは」

「こんばんは。やはりルナのことだったな」


 今日の騎士団会議の際、フィリアから「今回の調査には特別に、とある人を呼んでるからよろしくね」と言われていた。

 かなり自慢げな顔をしていたから俺たちを驚かすつもりだったのだろうが、その「とある人」はルナである確率が八割を越えていて大本命だった。

 ルナは水竜の日にフィリアに会いに学院まで来ているし、秘密騎士団の活動に俺たちが知らないやつを呼ぶとは考えにくいからな。


 ちなみに、ルナは放課後に俺が帰宅するタイミングでうちを訪ねてきた。それから一緒にここまで来ている。


「今日はよろしくね」

「こちらこそ、よろしく頼む」


 まあ、命の危険が及ぶようなことがあるはずもない。ルナが一緒でも問題はないだろう。


 雑談に花を咲かせつつ、学院へ向かって足を運んでいく。


「騎士団の活動ってことだけど、私、実は楽しみにしてたんだ」

「だろうな」


 俺たちは私服で来ているのだが、ルナはどちらかと言えば「お出かけ」をする時の服装になっている。

 鞄も背中に背負うタイプのやつになっているが、中に何が入っているのかは少し気になるところだ。今日は摘んだ薬草をたくさん入れる必要もないし、食べるものだって必要ない。

 例によって甘いものは入っているだろうが、さすがに鞄が埋まるほどの量はない……よな?


 気になったので尋ねてみた。


「ルナ、その鞄の中って何が入ってるんだ?」

「え、何で?」

「何となく。気になったから」

「お菓子とか色々……」

「色々ってなんだよ」

「別にいいじゃない。色々は色々なの」

「おい」


 そこでクリスが割り込んで来た。


「以前、フィリアが『女の子の鞄の中身を聞いたりしちゃだめなんだぞっ☆』と言っていたことがある。だからだめなんだぞっ☆」

「言い方を真似すんな」

「さっすがフィリアちゃんだね」

「でも女の子だけ聞いちゃだめとかどういう文化なんだよ。じゃあ不公平だから俺の鞄の中身も聞くなよ」

「アルフ、鞄すら持ってないじゃん」

「そうだった」

「ねえねえ、それよりさ」


 ルナはくるりとこちらに背中を向けて鞄を見せてくる。


「鞄の中身じゃなくて、鞄を見て何か言うことはないの?」

「は?」


 特にないけど。と言うと怒られそうなので、観察してみた。

 見たことのないやつなので最近買ったと思われる。色は白。リュックとしてはちょっと小さめか。


「それ、あんまり物入らないような気がしごぶふっ」


 最後まで言い切る前にリュックを使った攻撃が俺のみぞおちを直撃した。意外に重いんだけど何が入ってるんだまじで。

 思わず膝をつき、呼吸すらままならない状況で抗議をする。


「……何でっ……」

「アルフのばか」


 そう言い残して先に進むルナ。


「容量が少ないことを指摘されたくなかったんじゃないか?」

「そうかもしれないな……」


 本当は、何を求められているのかはうっすらわかっていた。でも何だか最近、ルナに「可愛い」とか言うの、照れくさいんだよな。


 そんな一幕があったとはいえ、今日のルナは終始ご機嫌だ。

 いつもと違って子供っぽいルナを見るのは結構楽しい。この時間を楽しんでるってことが伝わって来るからだ。


 時間はあっという間に過ぎていく。気が付けば学院の前にいた。

 学院前の階段を登り切ったルナに声をかける。


「大丈夫か? 少し休んでいくか」

「ううん、大丈夫。ありがとう」


 首を横に振るルナ。

 確かに思ったより疲れてはなさそうだ。学院や王城に通う人間でもない限り、あの階段を登る時は皆辛そうにするので大したものだと思う。


 正門前まで来ると、意外な人物が待ち受けていた。


「よう、お前ら。元気にやってるな」


 ハンクのおっちゃんだ。片手をあげて挨拶を返しながら問う。


「おっちゃん、こんなとこで何やってんの?」

「ばかやろう、警備だ警備。今日の夜は俺と俺の部下が担当することになったんだよ」

「あー、そういうことか」


 グレイシアの差し金だ。

 考えてみればおっちゃんが担当した方が俺たちとしては何かと都合がいい。素性が割れてるから検査とかも必要ないしな。


「ハンクさん、こんばんは」

「よう、ルナちゃん。すっかりフィリア様と仲良くなったみたいだな」


 そこでハンクはルナの鞄に目を付けた。


「お洒落な鞄背負ってるなあ」

「これ、最近買ったやつでお気に入りなの」

「いいと思うぜ!」


 ぐっ、と親指を立てるおっちゃん。


「ありがとう。さすがおじさん、アルフとは大違いね」

「うぐっ」

「何だ、また変なこと言ったのか?」


 おっちゃんは励ますように、俺の肩にぽんと手を置いた。


「ま、何にせよ気を付けて行ってこい。暗いから足下は特にな」

「おう」


 警備の人たちに見送られながら学院内へと入っていく。

 それぞれが持参したランタンに火を点けて歩き、やがて俺たちの教室がある棟に入った。授業とは関係なしに来ているのに、お行儀よくエントランスから入ってしまうのは学院生の性というものだろう。

 ルナがきょろきょろとせわしなく首を動かしながら言った。


「ここが皆が授業を受けてる校舎なんだね」

「昨日もここまでは来てないのか」

「うん。そこの庭でフィリアちゃんとお話ししてた」


 正門からここに来るまでには大きな庭園がある。そこには長椅子なども設置してあって、憩いの場にするには最適だ。


「それで、どこから回るの?」


 ルナの問いにクリスが答える。


「『夜になると一段増える階段』とやらを検証する。この棟の屋上へと続く階段二つの内、屋上に近い方だな」

「はーい」


 元気のいいルナの返事を合図に全員で歩き出す。

 そして二階へと続く階段の前まで来たところで、ルナが一学年の教室と面した廊下を指差しながら聞いて来た。


「ねえねえ、あっちにあるのは教室?」

「ああ。この階のは全部一学年の教室になってる」

「アルフとクリス君の通ってたとこ、見てみたい」

「俺は別にいいけど」


 クリスの方にちらと視線をやる。


「俺も構わんぞ」

「やったー」


 一学年の時に俺たちの教室だった部屋。そこに足を踏み入れた途端、何とも言えない感覚に襲われた。

 いつもと違って暗く、がらんとしているが故の寂しさ。かつてここで学んだという思い出から来る懐かしさ。

 そして、ここにいた時の自分はまだ勇者を目指していて、夢や目標をしっかり持っていたのだという焦りと、悔しさにも似た説明のつかない感情。

 登院を再開した日、二学年の教室に入った時にはこんな気持ちにはならなかったのに……。


 立ち止まって物思いにふけっていると、ルナが不思議そうに首を傾げた。


「アルフ、どうしたの? やっぱり懐かしい?」

「うん、そうだな。色々思い出すよ」

「そっか」


 あまり静かになっていても心配させてしまう。俺は歩いて「定位置」の前まで行き、紹介する。


「ここが俺がいつも座ってた場所だ」

「えー、もうちょっと前に座りなよ」

「何でだよ」

「先生の声とか聞こえづらくない? 初等学校の時と違って、距離も遠いし」

「そうでもないぞ」


 そんな感じで一学年の教室を見終わると、二学年の教室へと移動する。


「ここが二学年の俺たちの教室だ」


 先にクリスが教室に入り、中を手で示して紹介した。

 それを聞いたルナがつかつかと入っていき、全体を眺める。


「へー、一学年とあまり変わらないんだね。初等学校と同じだ」

「そうだな。教室はどこも同じ構造だと聞いている」

「じゃあここでもアルフはあそこに座ってるの?」


 ルナは一学年の教室で紹介した俺の「定位置」を指差していた。


「ああ。ちなみにクリスもな」

「俺は場所にこだわりはないが、まあ流れでな」


 俺たちの席を目指して歩み始めるルナ。その後ろをゆっくりとついていく。


「ここが……」


 と、ルナが長机に触れようと手を伸ばした、その時だった。


「君たちは」


 何かを呟きながら、何かがぬっと机の下から現れた。


「きゃっ……」


 突然のことに小さく悲鳴をあげるルナ。

 本当に驚くと人は声もあまり出なくなるというが、そういう反応だ。


「ルナ!」


 しまった。まさかクリスの言っていたことは当たっていたのか。

 不審者が学院の七不思議を隠れ蓑に悪さをしていたのだ。

 咄嗟にそう答えを出した俺の思考回路は、続いてルナが危険だと判断する。


 ルナを抱き寄せて場所を入れ替わると、蹴りで何かを吹き飛ばした。


「ごふっ」


 間抜けな声を漏らしながら転がる何者かの身体。その様子を眺めながらランタンを近くの机の上に置き、木剣を鞘から抜いて相対した。

 後ろでもクリスが杖を構える音が聞こえてくる。


「お前は誰だ!」


 誰何すると、不審者がぬらりと起き上がった。


「ふっふっふ、さすがの蹴りですね。いや素晴らしい」

「お前は」


 後ろでクリスが呟いた。目の前の人物が何者なのか気付いたのだろうか。

 俺としても、ランタンの灯りで徐々に明かされるその姿にはどこか見覚えがある気がした。

 まさかと思い当たり、答え合わせをする。


「『偏食』の……タルタル」

「『暴食』のムルムトです」


 突然だとまだ名前が出て来ないな。

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