学院の七不思議

「言い訳を聞こうか」


 翌日登院し、教室に着いて席に座ると、待ってましたと言わんばかりにクリスが俺の隣へとやって来た。

 そうだった。昨日巡回が終わったらこいつと合流する予定だった。


「ごめん、完全に忘れてた」

「言い訳すらなしか。まあいい、そんなことだろうと判断して俺も割と早めに帰ったからな」


 ため息を一つ吐き、クリスは俺の隣に腰かけた。


「で、巡回はどうだったんだ?」

「それがさ」


 昨日あった出来事を全て話した。


「そんなことがあったとはな」

「無駄に疲れたよ」

「それでお前、その学院生。シェイキーと言ったか?」

「ああ、一学年らしいけど。知ってんのか?」


 そこで、いつの間にか近くに来ていた人影が喋りかけてきた。


「シェイキー=ブラント。学院きっての問題児と言われている人ですね」

「『強欲』のムレムレじゃん。おはよ」

「『暴食』のムルムトです」


 そうだっけ。ムルムトだけならともかく、『暴食』と一緒にすると覚えづらいんだよな。


「かなりの有名人だが、お前が知らないのも無理はないだろうな」

「今の一年生が入ってきた時は居ませんでしたからね。アルフレッド君は」

「その通りだ。『睡眠』のブルブル」

「『暴食』のムルムトです。もはや七つの大罪ですらないですよね、それ」


 昨日はポレポレの名前を覚えてたし、クリスはわざとやってるな。

 気になる話題だったので戻すことにする。


「で、何でシェイキーが問題児なんだ?」

「貴族嫌いであること。そして、素行の悪さの二点が主な原因だな」

「この学院の生徒はほとんどが貴族ですからね。貴族が嫌いということになると自然と衝突も多くなります」

「素行の悪さってのは?」

「一部は貴族嫌いにも含まれますが、とにかく貴族に会うとすぐに威嚇する。態度が尊大で教員に対しても敬語を使わない。ざっと言えばこんなところですか」

「なるほどな」

「とはいえ授業はとても真面目にこなすそうなので、どういう扱いをすべきか困っているというのが、学校側の現状のようです」


 昨日実際に会って話したシェイキーと、噂から形成されるシェイキー像は概ね一致する。気のいいやつ、という大事な部分が抜けてはいるが。

 貴族嫌いというのもまあ、わからなくはない。

 俺は学院に入ることがゴールじゃなかったので気にならないが、そうでないやつらからすれば、裏口入学で入学枠をせばめ、平民の入学者を減らしている貴族への印象はあまりいいものじゃないだろう。


「大体わかったよ。ありがとう、ポレポレ」

「ムルムトです」

「ところで、ムルムト」


 一段落したところでクリスが話題を切り替える。


「最近、面白い噂を耳にしたりはしていないか?」

「と、言いますと?」

「街に悪いやつがいるとか、変な事件があったとか、何でもいいんだが」

「う~ん」


 しばらく腕を組んで考え込んでいたムルムトだったが、やがて諦めた様子で視線をこちらに戻した。


「特には」

「そうか。ありがとう」

「それがどうかしたんですか?」

「いや、暇だから何か面白いことはないかと思ってな」

「なるほど。そういうことでしたか」


 納得したように頷くムルムト。

 街を適当に巡回してるだけじゃ効率が悪いと思ったのだろう。クリスは、ムルムトから悪いやつの情報を収集しようとしてみたようだ。


「それでしたら、定番ではありますがあれはいかがですか?」


 クリスが興味ありげに目線を振る。


「あれ、とは?」

「学院の七不思議です」


 それなら聞いたことはある。

 どこの学校にでもある類のもので、誰もいないはずの音楽室からピアノの演奏が聞こえてくるとか、ある場所の階段が一段増えるとか、美術室の絵画が勝手に動き出すとか、そんなだった気がする。

 それぞれの現象が起きる時間帯が、何故か夜に集中しているというのも特徴の一つだ。個人的には生徒たちが面白半分に作った噂話だと思っているので、あまり気にしたことはない。

 しかし、クリスは意外な反応を見せた。


「学院の七不思議? 何だそれは」

「「えっ」」


 思わずムルムトと声が被ってしまう。

 条件反射的に尋ねた。


「知らないのか?」

「何故知っていないとおかしいという反応なんだ」

「いや、悪い。お前の方が友達も多いし噂話には詳しそうだと思ってたから」


 クリスは学院に来てからの友達も多ければ、家柄もあって元々貴族間における横の繋がりも広いので、他学年にも知り合いがいたりする。

 一度くらい七不思議に関する話を耳にしたことはありそうなものだが。


「確かに友達というか知り合いは多いが、そんな噂話に興じるような仲となると中々な」


 これ以上追及するのはやめといた方がいいやつか。

 俺とムルムトが知ってる限りの七不思議を教えてやると、クリスは眼を細めながら眼鏡を押し上げた。


「それは中々興味深いな」

「まじかよ。暇つぶしの為の作り話だろ」

「いや、そうとも限らんぞ。火のない場所に煙は立たないだろう?」

「全部が全部作り話ってわけじゃないって言いたいのか?」

「いくつかは真実が混じっている可能性があると言っている」

「ふふふ。クリス君はわかる『クチ』のようですね」


 不敵に微笑むムルムト。どうやらこの手の話が好きなようだ。


「そうなんですよ。僕としても、ピアノの演奏の音みたいな『そこに誰かいる』的なものは本当かもしれないと思っています」

「お前、幽霊とか信じる系の人か」


 魔王がいた時ならわかるが、討伐されて魔物が消えた今となっては幽霊など存在するはずもない。


「信じないわけではありませんが、この話にはちゃんと根拠があるんですよ」

「幽霊を信じる根拠? 何だそりゃ」

「霊脈です」


 このハルバートの街の地下には霊脈と呼ばれる、魔力の脈のようなものが走っているというのは有名な話だ。

 簡単に言えば、この街やその近辺にいるだけで魔力の回復が早くなったり、ちょっと魔法が強力になったりする。魔物がいた頃は、やつらを引き寄せてしまうというデメリットもあったが、今となってはメリットしかない。

 ただ、それと今の話がどう繋がるのかは見えてこないな。


「かつての魔物たちの霊が、霊脈に引き寄せられて来ている、というのはあながち無い話ではないと思いませんか?」

「ないだろ。仮にそれが事実だとして、何で学校だけに出てくるんだよ」

「実は気付いていないだけで、街にもいたりするかもしれませんよ」

「そんなことあるのかねえ」


 まあ、幽霊がいないということを証明できない以上、この話は平行線だ。


「実際にこの目で見て真偽を確かめることが出来ればいいのですが」

「学院は警備厳しいからなー」


 おまけに朝早く来すぎることや、用もないのに放課後の遅い時間までいることも原則として禁じられている。

 だから暗い時間の内にここに来て調査をするというのは無理だ。


「まあ、方法があるとすれば、放課後になったら誰にも気づかれないように隠れて夜になるのを待つとかですかねえ」

「さすがにそこまでするアホはいないだろ」

「そうですね。あっはっは」


 ちょうど一つの話題が終わったところで先生がやってきた。

 立ったまま雑談に興じていたムルムトは、静かに俺たちの近くに座る。そこで俺はふと思った。


 ムルムトって同じクラスだったのか……。


 学級会と一時間目が終わっての休憩時間。次は訓練場での実技なのでクリスと移動をしていた時のことだった。


「さっきの話だが」


 周りに人が少なくなったのを見計らって、クリスが声をかけてきた。

 「さっき」が何を指すのか一瞬考えるが、それはすぐに見当がついた。


「学院の七不思議のことか?」

「ああ、そうだ。あれを秘密騎士団の活動の一環として調査してみるのは悪くないことだと思うんだが、どうだ?」

「まじで言ってんの?」

「まじだ」

「さっきも言ったけど、あれは作り話だろ」

「俺も火のないところに煙は立たないだろうと言ったぞ」


 一部真実の可能性はあるってことだったか。まあ、一理あると言えないこともないが。


「それに、噂話を隠れ蓑にして悪さをしているやつがいたらどうする」

「その可能性は考えてなかったな」


 人がいないはずの場所から物音がする。これが実際に人がいた場合、夜に定期的に学院に出入りして、何者かが何かをしている時の音を誰かが聞き取って噂になったことが有り得る、というのをクリスは言っているのだろう。

 もっとも、本当に人がいたとしてどうやって厳重な警備の目をかいくぐったのかとか、つっこみどころもいくつかあるが。


「何も毎日やろうと言っているわけじゃない。一度だけしっかりと調査をしてみようと言っているだけだ」

「今のところ他にあてもないしな」

「そういうことだ」


 闇雲に街を巡回するよりは活動としても意義がある。

 しかし、調査をするとして一つ問題があった。


「でも、どうやって学院に入る気だ? 七不思議って大抵夜に何か起きるって話ばっかだから、調査するとしたら夜に入らなきゃいけないぞ」

「グレイシアの職権を乱用すればいいだろう」

「いいだろう、ってお前、グレイシアがやってくれるのか?」

「まあ、任せておけ」

「あんまり当てにしないでおくよ」


 そして、放課後。


「断る」

「見事に当てが外れてるじゃねえか」


 秘密騎士団の会議で提案してみたが、まさかの即答だった。


「何故だ」

「逆に何故お前の為に私の職権を乱用しなければならん」

「今まで散々してきたことだろう」

「あれらは全て姫様の為だ」


 確かに今までみた限りでは、グレイシアの行動原理は基本的に「フィリアの為」というものに尽きる。

 俺の為にあれこれ手を回してくれたのも騎士団の為、ひいてはフィリアの為になるからに過ぎない。


「なら今後は俺の為だけにその力を使ってくれ」

「断る。お前は私の何だと言うのだ」

「お前の何になればいい? やはりすぐになれて、国からも認められた関係となると夫か? ならば今から婚姻の契りをごぶふっ」


 話の途中でグレイシアは椅子から立ち上がり、クリスのところまで行って机ごと腹を蹴飛ばした。


「貴様はまたそうやって人の心を弄ぶ言葉を並べる。また先日のように痛い目をみないとわからんようだな?」


 吹き飛んだクリスは身体を起こし、苦悶の表情を浮かべて腹を抑えている。


「おい待て。今のは真剣に考えた結果だろうが。何故人の心を弄ぶなどという話になる」

「わからないか? なら正常な思考回路になるよう、頭を作り変えてやろう。もちろん物理的にな」

「だから待てと言っている」


 このままだとまたまずいことになりそうだ。

 俺は事態を静かに見守っているフィリアの近くまで行って声をかける。


「おい、黙って見てないでどうにかしてやれよ」

「いや~あれはクリス君が悪いよ。大丈夫、死んだりはしないから」

「死んだりはしなくても、街の外に捨てられたらまた香草とかを撒きにいかないといけないだろ。あれかなりめんどくさかったんだぞ」

「困るのはそこなんだ……」


 当然だ。自業自得なのはわかっているので、ちょっと過激過ぎる気はするが、ボコボコにされる点に関してはどうにかしようなどと思っていない。


「しょうがないなー」


 そう言ってフィリアはため息を一つ吐くと、おもむろに立ち上がった。そして、グレイシアとクリスがいる辺りを指差した。


「話は聞かせてもらった!」


 クリスを数回殴ったところで止まり、振り返るグレイシア。


「姫様?」

「いいじゃない。やろうよ、調査」

「姫様の御命令とあればもちろん従いますが。よろしいのですか? シェフィールドの遊びに付き合うような形になってしまって」

「実は最近私も七不思議の話を聞いてね、興味あったのよ」

「なるほど。そう言うことでしたら」

「それに~。皆でお化け屋敷に行くみたいで面白そうじゃない?」

「あの、姫様」


 瞳をきらきらさせて語るフィリアに対し、グレイシアはとても気まずそうな雰囲気を放ちながら言った。


「姫様は王城でお留守番です」

「え?」

「門限がありますので」

「……」


 一瞬、時の経過すら失われてしまったと勘違いするほどの沈黙を過ごした後、フィリアだけがどっかりと椅子に座った。


「やだ!」

「どうにか一緒に行かせて差し上げたいのですが、門限は私の力ではどうにも出来ないものの一つでして」

「グレイシアのばか!」

「ば……!? がはっ」


 何か血を吐いて倒れたぞ?


「助かった、のか?」


 ぼろぼろのクリスが立ち上がった。

 この前のボロ雑巾とまでは行かないが、新品で何度か使用した雑巾くらいにはなってしまっている。


「グレイシアにとってフィリアは娘に近い。嫌われたと思えば血を吐いて倒れることもあるだろうさ」

「もういいから休んでろ」


 何で突然説明を始めたんだ。

 クリスはよろよろと椅子と机を起こすと席に着く。俺もそれを手伝ってから元いた場所に戻った。


「で、どうなんだ。フィリアがいけないとなると調査は中止か?」


 クリスが話を再開すると、フィリアは仏頂面のまま首を横に振る。


「しょうがないから私抜きで行って。お土産話待ってる」

「わかった」

「フィリアが行かないとなるとグレイシアも来ないんだよな?」

「多分ね。私が行っていいって言っても行かないいつものやつだと思う」


 そのまま雑談を交わしながら、グレイシアが回復するのを待つ。

 学校を後にする頃には、もうすぐ日が傾こうかという時間になっていた。

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