一つの大罪

 翌日。俺の二度目の学院生活が始まった。

 平民でありながら学院に入れるほどの努力をしたのに、突然の不登校。最初は奇異の目で見られるだろう、ということを覚悟しての登院だったのだが。


「やあ、アルフレッド君じゃないか」

「久しぶり」

「聞いたよ、復学するんだってね。身体はもう大丈夫なのかい?」

「お、おう」

「良かった。皆心配してたよ。また今日からよろしく」

「よろしく」


 再会した学友たちの反応は概ねこれと似たようなものだった。もっとも、学年が変わっているので全員と話せたわけではないが。


 正直面は喰らったが納得は出来る。恐らくは担任の教師辺りから俺が復学することを告げられていたのだろう。

 元から学院に通っている貴族というのは割とおっとりしているやつが多く、ちゃんとした理由さえあれば変に勘繰ったりはしないようだ。


 ただ、問題はその「ちゃんとした理由」なのだが。

 俺は無断欠席を続けていたので学校側に対しては何も言っていないが、声をかけてきたやつらからは「身体」や「怪我」という言葉が散見された。

 誰かが何かを教師に吹き込んだのは間違いなさそうだが、結局本当のところはわからないのであまり深くは考えないことにする。

 まあ、皆に説明する手間が省けたのは助かったかな。


 教室に入り、ぐるりと全体を見渡してみる。

 久しぶりとは言っても学年も教室も変わっているので、懐かしさを感じることはない。むしろ新鮮な感じだ。

 教室は教壇を中心に扇形になっていて、奥に行くにつれて高くなる。

 多少の緊張も覚えつつ、一学年の教室で定位置にしていた場所に座って待っていると、見知った顔が声をかけてきた。


「来たか」

「よう、クリス」

「中々面白いことになっているな」

「何がだよ」

「皆お前の身体のことを心配していた」

「そうそう。あれって何なんだ? 俺ってどういう扱いになってんの?」

「すぐにわかる」

「は?」

「皆さんおはようございます」


 よく通る声に顔を向けて見れば、担任の教師が教壇に上がったところだった。

 眼鏡をかけていて全体的にやや線は細く、背中が丸まっているので気の弱そうな印象を受ける。担任教師、モント先生は元騎士団だと聞いているがあまりそういう風には見えない。

 学院では最初の授業の前に学級会と言って、担任の教師が軽い連絡事項などを生徒に伝える時間がある。

 クリスは静かに俺の横へと着席した。


 皆が席に着いて静まったタイミングで、教師が口を開く。


「えー、それでは学級会を始めます。が、その前に」


 モント先生が俺の方を見た。


「先日も伝えた通り、全身の至るところを複雑骨折したアルフレッド君が今日から復学します。皆さん、よろしくお願いします」


 何て?


 誰が全身の至るところを複雑骨折したって?


 どういうことだと横を向けば、クリスがしたり顔を浮かべたままこちらを見ていた。よくわからんがこいつの仕業か。


「お前が学院に来なくなった直後、このまま放置しておくのはまずいだろうと思ってな。モント先生にアルフは全身を複雑骨折しましたと伝えておいた」

「何してくれてんだよ」

「アルフレッド君から何か一言ありますか?」


 ねえよ。と悪態をつきたいところだが先生は何も悪くない。

 それにクリスのせいで無駄な心配をかけたということだし、何か言っておくべきかもな。


 「はい」と返事をして立ち上がり、教室を見渡す。

 どいつもこいつも無邪気さで瞳が輝いていやがる。疑うことを知らない彼らは、「良かったね」と言わんばかりの笑顔でこちらを見つめていた。


「えっと、すごい怪我だったんで、生きて戻って来られただけでも奇跡です。皆、心配してくれてありがとう」


 どっと沸き起こる歓声と拍手。とうとう涙を流すやつまで現れる始末だ。

 いや、どう考えてもおかしいだろ。お前らも気付いてくれ。普通そんな怪我したら生きてたとしてもこんなに元気な状態には戻らないって。多分。

 横をちらりと見てみれば、クリスが顔を伏せたまま肩を震わせていた。笑いを必死に堪えているらしい。後で五発くらい殴っておこう。




 授業が終わって放課後になった。

 今日は皆が無駄に優しくて辛かったな。まあしょうがない。腫物扱いされるよりはましだったと思っておこう。

 さて、次は本題とも言える騎士団の会議だ。


 クリスと合流し、特別棟へ移動するために階段を降りていく。下のフロアは一学年用になっている。

 すると階段の踊り場辺りで黄色い声が聞こえてきた。


「フィリア様とグレイシア様よ!」

「フィリア様可愛い!」

「グレイシア様も素敵!」


 階段を下り切ると、丁度群衆の間を縫ってフィリアとグレイシアがこちらに歩いてくるところだった。


「フィリアちゃんばいばい」

「ばいばーい! また明日ー!」

「グレイシア様さようなら」

「また明日もよろしくな」


 すごい人気だな。しかも男子より女子からの方が圧倒的に高いようだ。

 俺たちはその場で立って眺めていたので、階段を降りようとする二人とすれ違う時に目が合った。


 何となく伝わった。今、グレイシアは「すぐに来いよ」と目線で言っていた、ような気がする。フィリアは「また後でね!」って感じだな。


「あの御二方はいつもあんな感じで、学院にいる間は常に人に囲まれています」

「そうなのか?」

「はい。アルフレッド君が休学したのと入れ違いくらいのタイミングで学院に通われ始めたので、知らないのも無理はありません」

「なるほどな」


 それはわかったのだが、一体こいつは誰なのだろうか。

 話しかけてきたからにはクラスメイトか、少なくとも二学年だとは思うが会話をしたことすらないやつだ。

 俺が忘れているだけという可能性もあるので、お前誰? と聞くわけには行かない。ここは平然と会話を続けよう。


「ていうか、何であの二人は学院に通っているんだ? 特に王女様は王城で家庭教師に色々習うって聞いたことあるけど」

「フィリア様がお望みになられたという噂ですが、真実でしょうね。とても明るいお方で民との交流を常々希望されています。最近は王城からの脱走も多くて陛下も困り果てているとか」

「大変だな。陛下もフィリア様も」

「もっとも、ここ数日で脱走はめっきり減ったようですが」


 王族の事情に詳しいこと、かつ体型からして貴族だろうな。

 体型というのはまあ、はっきり言ってしまえば太っているからだ。時代が時代なら学院には確実に入れなかったと思う。

 平民で学院に入れるようなやつは鍛えまくっているから、余計な脂肪は基本的についていない。


 と、俺が会話をしながら考え込んでいる様子で察したのか、クリスがようやく口を開いた。


「王立騎士学院七つの大罪、『暴食』のムルムトだ」

「おやおや、これは自己紹介がまだでしたか。失敬失敬」

「ちなみに七つの大罪は今のところこいつだけだ」

「こいつだけなのかよ」


 絶対に体型だけでつけられたあだ名だろ。ひどいな騎士学院。


「二学年になったことですし、気合を入れて身体を鍛える為、まずは食事の量を増やしたらこうなってしまいました。せっかくなので七つの大罪の『暴食』を自称したところ中々に好評でして。他の六人を探し歩く日々です」

「自分で名乗ってるのかよ」

「面白そうなので俺が『憤怒』を名乗ろうかと思うのだが」

「やめろ。何に怒りを感じてるんだよ」


 アホなことをしている間にも時間はしっかりと経過している。


「おい、そろそろ行こうぜ」

「そうだな」

「おや、これから何か用事ですか?」

「おう」

「残念です。では私はこれにて」

「また明日な」


 「暴食」の、何だっけ。また後でクリスに確認しておこう。


「ちなみにさっきの話だが」


 特別棟へと向かう外の廊下を歩いていると、クリスが口を開いた。


「陛下はフィリア様が脱走をやめることを条件に、今回の騎士団設立を許可されたそうだ」

「それで脱走がめっきり減ったのか」

「元々陛下がフィリア様や、協力したグレイシアに脱走に関する罰則を与えなかったのは、フィリア様に窮屈な思いをさせて申し訳ないという、親心があったかららしい。そこに騎士団を設立したいというお願いだ。陛下からすれば正に渡りに舟だっただろうな」


 言ってしまえば、一つの我がままを許す代わりに、もう一つの我がままは我慢してもらったということだ。そう考えると陛下の優しさがより理解出来る。

 フィリアは、秘密騎士団の活動は隠密に進めることを望んでいるから存在も隠匿しやすいし、それを許可すれば脱走をやめてくれるというのなら、陛下からすれば許可しない理由がない。

 しかしそうなると、特に陛下にとってこの秘密騎士団の存在は大きい。解散されては困るから、報酬は本当に出るだろうし支援が必要とあらば一切の惜しみなくしてくれるだろう。

 こりゃもうちょっと気合い入れないとな。


 特別棟に到着した。

 ここは主に教職員用の棟になっているので、一日を通して人気があまりないが、事務室などがあり生徒の往来が全くないというわけでもないのがポイントだ。

 生徒がこの辺りを歩いていても不自然ではないので、密会などをするにはうってつけの場所なのだ。まあ、それも特別棟の施設をちゃんと許可を取って使えることが前提だが。


 棟に足を踏み入れるなり、モント先生と鉢合わせてしまう。


「おや、これはアルフレッド君にクリス君。話は聞いていますよ」

「話?」


 先生は周りを確認しつつ声を潜めた。


「秘密騎士団のことです」

「先生も知ってたんですね」


 グレイシアから聞いたのか。そうなると俺が復学すると学院側に話をつけたのもあいつだろう。これはほとんどわかっていたことではあるが。


「他にも王城勤めの人間や一部の騎士も知っていると聞いている。一切の協力者なしに影ながらの活動を続けると言うのは無理があるからな。止むを得まい」


 クリスの言っていることはもっともだ。ただ、誰がどこまで知っているのかはちゃんと把握しておく必要があるな。

 後でグレイシアに聞いておこう。


「二人は三階の奥にある空き部屋で君たちを待っています。活動、頑張ってくださいね」

「ありがとうございます」


 先生は「子供の活動を見守る大人の目」をしていた。フィリア発祥の騎士団ごっこをしているとでも思っているのだろう。

 実際にそうかもしれないがただの遊びと思われるのはあまりいい気がしない。とはいえ、何の実績もない今はどうしようもないか。


 三階の空き部屋に行くと、先生の言っていた通り二人が待っていた。

 俺たちが入るなり、フィリアが片手をあげる。


「やっほー」

「悪い、遅くなった」

「問題ない」


 あれ? グレイシアのことだから「姫様を待たせるなこのボケナスが!」くらい言われると思ったのに。


「何を呆けている。姫様を待たせるなこの犬畜生が人生をやり直して来いなどと言われるとでも思ったのか?」

「そこまでは思ってない」

「むしろ遅れて来るくらいが望ましい。似たようなタイミングでここに来ると、いくら人通りが少ないとはいえ怪しまれるからな」

「結構慎重なんだな。いざとなったら職権乱用で強引に押し切る感じかと」

「お前は私を何だと思っている」


 たまに滅茶苦茶なことを言う人だと思っているが、もちろん口には出さない。


「それに、職権乱用では押し切れない場面だってあるだろう。特に、一度人の目や耳に入ったものを無かったことにするのは難しい」

「それもそうだな。これからも気をつけるよ」

「そうしてくれ。では、今日の会議を始める」


 昨日草原で会議をしたこともあって、記念すべき学校での最初の会議は特筆すべきようなこともなかった。

 すぐにお開きとなり、一度帰宅して私服に着替える。面倒だが制服だと目立ちすぎるからな。




 街の中心にある大広場にてクリスと合流。記念すべき一回目の巡回が始まる。

 二人でやっても効率が悪いので、二手に分かれ、しばらくしたらまたここで合流しようという話になった。


 さて、どうするか。腕を組み、広場を眺めながら思案する。

 空に浮かぶ太陽の勢いは鳴りを潜め、そろそろ月と交代する準備を始めようかという時間帯。大広場から各方面へと伸びる大通りには、仕事終わりの人たちや学校の終わった学生たちが増え始めている。

 こそこそ悪事を働いているやつを捕まえるわけだから、こんなに人通りのあるところで何か掴めるとは思えない。


 まずは大通りから一つ入った路地を中心に見てみる。だが、この時間帯だと大広場に近いところはそういった場所でもある程度の人気があった。

 そこで、王城方面とは逆側の小さな路地を、大広場から離れるように探索していくことにした。

 足を進めるにつれて人混みが解消され、歩きやすくなる。


 そしてようやく、人気があまりない、と言えるような場所に辿り着いた時のことだった。


「おー、よちよち。いい子でちゅね~」


 妙な言葉が聞こえてきたので確認すると、人目に付きにくい建物の影の一角で座り込み、犬に餌をやっている少年がいた。

 いわゆる赤ちゃん言葉だが、長身で身体もがっしりとしていて、更には顔も怖いので落差がすごい。何なら言葉が色んな意味で凄みを増幅させているようにも思えてしまう。


「ハッハッ」

「おいちいでちゅか~?」


 やばいものを見てしまったな。

 まあ野良犬に餌をやっているだけだから悪いことはしていないし、何より関わりたくないので見なかったことにしよう。


 そう思って踵を返したが、既に遅かった。


「待て。てめえ誰だ?」


 声を掛けられてしまったので観念して振り返る。

 相手は視線だけで倒そうとするかのようにこちらを睨みつけていた。よく見てみれば、着ているのは学院の制服だ。


「そうだけど、あんたは?」

「俺はシェイキーだ。てめえこんなところに何の用だ。まさかとは思うが」

「何だよ」

「このワンちゃんを狙ってんじゃねえだろうなぁ!?」

「狙ってねえよ!」


 何か最近、変なやつと知り合うこと多くない? 俺。

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