連絡
一瞬呆気に取られてしまったが、我に返り跪く。しかし即座に「あー、そういうのいいから!」と言われて立ち上がった。
ルナにも立てよ、と手でジェスチャーをしながら口を開く。
「フィリア様がどうしてここに?」
「ふふふ、直接『連絡』しに来ました!」
「今日は姫様の外出が許可されている日でな。アルフレッドの家まで行ったのだが不在だったので母親に尋ねたところ、シェフィールドの様子を見に行ったと」
「でもよくここがわかったな」
最初に俺たちが居た場所とこことでは、ある程度距離が離れている。
「わずかに残った足跡等の痕跡を辿った。香草の臭いで鼻が曲がりそうだったぞ」
この人一体何者?
「ほ、本物だ」
ルナも別のことに驚いていた。式典とかで見たことはあっても、こうして二人と直接会って話すのは初めてだったはず。
フィリア様の目がきらりと光った。
「この可愛い子ちゃんは誰? アルフレッド君の彼女?」
「小さい頃からの知り合いです。幼馴染ってやつですね」
「へぇ~ふ~ん」
フィリア様に様々な角度からじろじろ見られて狼狽えるルナ。こんな感じのあいつを見る機会はあまりないので新鮮だ。
やがて、王女様はそれぞれの手でがしっとルナの左右の手を掴んだ。
「私、フィリア! よろしくね」
「ぞ、存知あげております」
「あなたの名前は?」
「ルナです」
「ルナちゃん! 可愛い名前だね!」
「ありがとうございま……きゃっ」
「えへへ~」
何と、フィリア様がルナに抱きついた。
これはどうしたものかと困る俺たちとは対照的に、グレイシアは涼しい顔をしているので聞いてみる。
「おい、あれいいのかよ」
「何がだ」
「一応初対面の人間だろ。王女様がべたべたするのはまずいんじゃ」
「確かにそうだが、だからと言って無闇矢鱈に民との接触を咎めるのはフィリア様の為にならない。元は人の好きな御方なのだが、自由に王城から出られないこともあって民との接触に飢えておられる」
「そういうもんか」
「そういうものだ。当然フィリア様に対して害意を抱いていれば話は別だが、そこは見れば分かる。ルナは全く問題がない」
「本当にフィリア様のことをよく考えてるんだな」
「当たり前だ」
あれこれと話している内に、フィリア様がエスカレートしていた。
「ほらほら、王女命令です。私を甘やかしなさい!」
「えっと、どうすれば……」
「まずは頭をなでなでして~」
「し、失礼します」
背中に左手を回し、右手をそろそろと頭の上に持っていくルナ。
「良き良き~」
ルナをお気に召したようで何よりだ。
しかし一体俺は何を見させられているんだ、と目の前の光景を眺めているとクリスが声をかけてきた。
「おい」
「どうした」
「あれは『愛』なのか?」
また始まったよ。
「ん~どうかな。『愛』とはまた違うんじゃないか?」
「そうか? 俺は『愛』だと思うのだが」
「いや、あれは『愛』だ」
今度はグレイシアが割り込んでくる。
何なのこいつら。もう帰りたい。
「グレイシア、お前に『愛』の何がわかる」
「お前よりは理解しているだろうな。シェフィールド」
「ほう。ならば問おう。あれのどういった点を『愛』だと考える?」
「昨日の一件から察するに、『愛』と言えばお前は男女の間に芽生えるそれを想像するのだろう」
「そうだ。違うのか?」
「違う、というわけではない。確かにそれも『愛』だが、かと言って姫様が民との触れ合いの中に求めているものがそうでないとは考えにくい」
「興味深いな。続けろ」
「私に命令するな。続けてくださいとお願いしろ」
「続けてください」
「中々に素直じゃないか。いいだろう。私が思うに、『愛』には様々な形があって……」
俺、もう家に帰ってもいいかな。
その一言が言えず、その辺に寝転んで青い空を眺める。そうして時が過ぎるのをただただ待っていた。
「おい、起きろ」
どうやら寝ていたらしい。グレイシアの声で目を開け、身体を起こす。
俺以外の四人は落ち着いたらしく、適当にその辺に座っている。姫様やグレイシアは動きやすい服で来ているので多少汚れても問題はないようだ。
「おはよう」と声をかけてくれるフィリア様とルナ。やがて頃合いを見計らってグレイシアが話を切り出した。
「多少話が逸れてしまったが、ここからが本題だ。騎士団の活動について色々と話しておこうと思う」
「第一回秘密騎士団の作戦会議よ!」
めっちゃ張り切っているようだが、フィリア様はルナに膝枕をしてもらっているのでいまいち格好が付いていない。
っていうか秘密騎士団って名前だったのか。
「まずは活動形態についてだが、基本的に学院がある日は放課後に特別棟の空き教室にて会議を行う」
特別棟か。確かにあそこなら放課後は特に人気がないし、隠れてフィリア様たちと会うにはもってこいの場所だろう。
「そして、会議後は街を巡回してもらうが、私とフィリア様はついていけないので自分たちで対処出来ない事態に遭遇した場合は無理をするな」
「命が一番大事だからね。無理はしないように!」
びしっとこちらを指差すフィリア様。
「かしこまりました」
「あ、それとね。私たちしかいない時は私にも敬語は使わなくていいよ。ていうか使用禁止!」
「えぇ……それは流石に恐れ多いのですが」
「姫様がこう仰っているのだ。団長の私からも敬語を禁止する」
「わかった」
王女様に敬語なしとか違和感しかない。慣れるには時間がかかりそうだ。
ルナの膝に頭を乗せたままのフィリアは、その頭を回転させて真上にある顔を指差した。
「特にルナちゃん! わかった!?」
「う、うん」
「私のこともフィリアちゃんって呼ぶように!」
「フィリア、ちゃん?」
「そうそう。えへへ、お友達出来ちゃった」
フィリアはご満悦のようだし、ルナとしても悪い気はしないだろう。エミリーに続いて新しい妹分でも出来た気分に違いない。
「会議をして、その後に街を巡回か。他に活動はないのか?」
「ない。今のところはな」
クリスに問われ、グレイシアが即答した。
「悪を成敗とは言っても情報が何もないからな。まずは街を巡回して何かの手がかりを掴む。話はそれからだ」
「了解した」
「他に何か質問はあるか?」
「はいはい!」
何故か質問をされる側なはずのフィリアが挙手をした。
「姫様、如何されましたか?」
「ルナちゃんはどこのクラスなの!?」
「そういえばルナのことに関してはまだ何も聞いてませんでしたね」
どうもルナまで学院生であることを前提に会話をしているらしい。
「ルナはそもそも学院生じゃないぞ」
「えっ!?」
「そうだったのか」
「じゃあ会議の時に会えないじゃん!」
フィリアはまるで天地がひっくり返ったような表情をしている。ていうかいつの間にかルナまで騎士団に入れられてないか?
「むしろ何で学院生だと思ってたんだよ」
「だって、アルフレッド君やクリス君と一緒にいるから……そうか。幼馴染だって言ってたもんね」
「あ、あともし呼びにくかったらだけど、俺のことはアルフでいいよ」
そう言ってはみたものの、フィリアの耳に入っているかどうかは怪しい。
「じゃあ、ルナちゃんも学院に入ってもらったりとか」
「姫様。流石にそれは無茶です」
「どうして?」
まるで道に迷い、雨に打たれる子犬のような表情をしているフィリアだが、グレイシアは躊躇することなく告げる。
「まず、ルナにも今の生活があります。学院に通っていないということは別の何かしらの学校に通っているか、実家の家業を継いでいる、もしくはその手伝いをしている可能性が高い。そうだな?」
「うん。実家が薬屋だからその手伝いを……」
「それに、アルフレッドのように剣術などの戦闘技術に加えて勉学にも余程秀でていない限り、平民が学院に無理やり入ると、何故このような者がここにいるのかと後ろ指をさされて辛い思いをするのです」
まあ、後者に関しては学院の腐敗が進んだ今だからこその理由だけどな。昔ならそんなことはなく、門戸は誰にでも平等に開かれていた。
だが、それをこの場でフィリアに告げるのはちょっと酷だ。学院の運営には実質的に関わっていないにせよ、名目上は「王立」だからな。無駄に責任を感じてしまうかもしれない。
「う~」
頭では理解出来ても、心が納得しない様子のフィリア。
「私としても何とかして差し上げたいのですが」
「やだ!」
フィリアは駄々をこねながら、膝枕をしてもらっていた体勢から腕の中へと飛びこんでいく。
ここまで食い下がってくることは今までになかったのかもしれない。グレイシアは明らかに困っている様子だ。
しかし、そこでルナは穏やかに微笑み、フィリアの頭を撫でながら言った。
「大丈夫。学院や王城以外でもまたこうして遊べるから。ね?」
「……それだと週に一回だけだもん」
「じゃあたまに学院に遊びに行くよ」
「本当に!?」
「あそこって学院の生徒じゃなくても入れたよね?」
そう言いつつ、ルナが俺の方に視線を向けて来たので答える。
「そうだけど、実際には生徒以外だと王族貴族の関係者ばかりだから、お前が来ると結構目立つと思うぞ」
「関係者にはどんな人たちがいるの?」
「一番多いのは従者だな。始業前や放課後は送り迎えで特に多くなるが、逆にそれ以外の時間帯は警備の関係で原則侵入禁止だからいない」
「じゃあ従者の振りをするのはどう? メイド服着てさ。似合いそうだし」
「う~ん。ちょっと恥ずかしいかも……」
フィリアの提案はルナに拒否されてしまう。
敷地内だけならまだしも、家から学院までが大分きついだろうな。特に俺たちが住んでる区画の周辺だと、ああいうの着てる人なんていないから完全に浮くし。
苦笑するルナはもう一度俺に質問を振った。
「他には?」
「従者に比べるとかなり少ないけど、商人もいるな。貴族が贔屓にしてる店のやつが、必要なものが足りなくなってないか、とわざわざ敷地内まで売り込みに来るんだよな。逆に持病のあるやつなんかは薬屋を定期的に来させて……」
そこまで言って、全員が目を合わせる。
「「「それだ!」」」
その後は改めて「どうやってフィリアとルナが学院の敷地内で自然に触れ合うか会議」が行われ、何とか案がまとまったところでお開きとなった。
結論から言うと、週に一度、ルナの手が比較的に空く水竜の日に、学院へルナが薬を届けに行くことになる。傷薬は騎士に対してそこそこの需要があるので、グレイシアの部隊を中心に少量を買い入れるらしい。
そうして買い物のていで少しの間、フィリアとルナが校庭にて談笑をするという寸法だ。その間グレイシアが人目を遠ざけて、会話の内容を部外者には知られないようにする。
突然校庭で、しかも王族御用達でない薬屋とやり取りをするようになることに不自然な点はあるが、誰にも情報を与えなければ各々にとっての真相は推測の域を出ることはない。
「じゃあ水竜の日だよ! 絶対に来てね!」
「うん。ばいばい」
すっかり元気を取り戻したフィリアとルナの挨拶を最後に、俺たちはそれぞれの帰路へとついた。
クリスはフィリアやグレイシアと同じ王城方面なので、帰り道は俺とルナの二人だけになる。
気が付けば日が傾き始めていた。空には朱が混じり、街を囲む壁を越えた向こう側から覗く稜線は金色に輝いている。
「フィリアちゃん、可愛かったな~」
「新しい妹が出来たみたいだったぞ」
「うん。エミリーちゃんがもう少し大きくなったらこんな感じなのかなって思っちゃった」
今日の出来事を振り返るルナの表情はとても楽しそうだ。
いきなり王女や騎士と出会って、実際は戸惑っていたりしないかと心配していたが大丈夫そうだな。
「騎士団御用達の薬屋になっちゃったな」
「変なもの出せないからちょっと緊張するかも」
「相手はあれだけど大きな取引ってわけでもないんだし、気負わなくていいだろ」
「そうかな、うん、そうする。でもお父さんはびっくりするだろうね」
「言えてる」
そうしてお互いに笑い合っていると、不意にルナが目を細めた。
「でも、嬉しいな。どんな形でも学院に行けるんだもの」
「学院に通いたかったのか?」
それは知らなかった。と思いきや、ルナは首を横に振る。
「ううん、そういう意味じゃないの」
「どういうことだよ」
「学院でアルフがどういう風に過ごしてるのか、知りたかったから」
「えっ」
何だ?
「く、来るのは放課後とか休み時間だろ。授業風景が見れるわけじゃない」
「それでも、だよ。学校の雰囲気とかがわかるだけでもいいの」
「そうか」
そうしてどうにかいつもの調子を取り戻した。
でも、さっきのは何だったんだろう。
夕焼けの中で、穏やかに微笑みながらこちらを見つめるルナに、一瞬どきりとさせられてしまった。
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