秘密騎士団
全く話が読めない。まず「秘密騎士団」って何だ?
隣をちらりと見ると、ハンクのおっちゃんも「何を言っているんだこのお方は」という顔をしている。どうやらおっちゃんも聞かされていなかったらしい。
あまりの事態に言葉を紡げずにいると、グレイシアが一歩前に出る。
「姫様は、姫様だけの命で動く専用の騎士団、名付けて『秘密騎士団』を作りたいとお考えだ。正式な騎士団ではないのでその存在は秘匿される。故に今すぐ騎士にはしてやれないが報酬は出るし、お前が望むのなら将来的にはなれることを約束しよう」
「どう? 中々いい待遇でしょ」
「ちなみにフィリア様の御命令なのでお前に拒否権はない」
ないんかい。
「後、お前はここ一か月学院に通っていないと聞いたが、ちゃんと通え。本来お前とは接点がないはずの姫様や私と自然かつ定期的に連絡を取るには便利な場だ」
フィリア様が通っているとは聞いたが、グレイシアもか。そりゃそうか。
「それと、登院日数が足りずに除籍になる寸前だったので私が揉み消しておいた。まるで今まで一日も休んだことがないかのような表情をしておけ」
職権乱用じゃねえか。ていうか滅茶苦茶な要求してくるなおい。
「何か質問はあるか?」
むしろ質問しかない。
グレイシアのおかげで少しずつ概要は掴めてきたが、まだいくつかの肝心な部分が抜けている。
「具体的にはどういうことをするんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!」
勢いよくフィリア様が立ち上がり、瞳を輝かせながら天井を、正確にはその遥か先にある何かを指差しながら言った。
「悪者をやっつけるのよ!」
「悪者を、ですか?」
「うん。それも人知れず、こそっとやっつけるの!」
「なるほど」
さっぱりわからん。隣のハンクも「さっぱりわからん」という顔をしている。そもそも「悪者をやっつける」のは普通の騎士たちが既にやっていることだ。
さすがにもう少し補足が必要だと判断したのか、王様が口を開いた。
「フィリアは最近小説にはまっておってな」
「小説、ですか?」
「うむ」
そもそも本自体が貴重なものだからな。俺の実家に置いてあるはずもないし、どういったものかはよくわからない。だが、小説は物語を文章にしたものだというのは耳にしたことがある。
まあ、物語が好きという解釈にしておこう。それがどう関係するのだろうか。
「それで最近特にお気に入りなのが、四人組の少年少女たちが非公式の騎士団を結成し、協力して悪い大人をやっつけるといった内容のものなのだ」
ああ、な~るほど。話が読めてきたぞ。
「感銘を受けた我が娘はこの国に住まう民の為、彼らに倣おうと影で悪を成敗する為の騎士団を結成したいと考えている」
「素晴らしいお考えです」
この場はそう言うしかない。陛下も「わかるだろ。察してくれ」という目で必死に俺を見つめている。
つまりあれだ。「お父さん! 私もこれやりたい!」ってやつだ。愛娘には逆らえない、優しい父親なんだろうなあ。
「普通の犯罪者は騎士団が捉えるので、君たちには表に出ないでこそこそ上手くやっている悪者を暴き出し、捕まえて欲しいのだ」
人知れず悪を成敗し、影から街を、ひいては民を守る正義の騎士団。姫が理想とするのはそういうものだろう。
まあ、本当にそんな表に出て来ないような犯罪者がいればの話だが。
「謹んで拝命致します」
「うむ。よろしく頼んだぞ」
「よ~し、そうと決まれば今日から早速街を巡回しよ!」
王女様が再び勢いよく立ち上がるが、王様がそれを視線で制した。
「そう焦らなくとも良いではないか。何かをするには遅い時間だし、アルフレッド君も身の回りの準備があるだろう」
「は~い」
渋々といった表情で返事をし、座るフィリア様。
「騎士団に関してはまたこちらから連絡をする。今日のところはこれで終わりだ。二人共ご苦労だったな。気を付けて帰りなさい」
「ありがとうございます」
返事をして立ち上がり、入り口に向かって歩いていると「彼らを城の外まで送って参ります」と言って、グレイシアが追ってくるのが聞こえた。
扉を出たところでおっちゃんと三人で顔を合わせる。若い衛兵二人は既に帰ったようだ。
「ハンクのおじちゃん、今日はありがとう」
「おう。騎士姿も様になってきたなあ」
「そういうのは恥ずかしいからやめてくれ」
「わっはっは」
先程の凛々しい騎士の顔を保ちつつ、歳相応の雰囲気も出すグレイシア。
「グレイシアはな、小さい頃からの知り合いなんだ」
「みたいだな。今の感じでわかった」
「昔はよく王城の中を元気に走り回っててな、姫様に負けず劣らず元気な子だったんだぞ?」
「へえ」
「昔の話だ」
謁見の間での彼女からは全く想像が出来ないな。
グレイシアは一つ咳ばらいをすると、頬をまだわずかに朱に染めたままで話を切り出した。
「時に、アルフレッドはまだ時間はあるのか?」
「ん? え、あっと、はい」
自己紹介等がまだだったこともあり、公の場以外ではどうのように接していいのかわからず返答が曖昧になる。
俺のやや困惑した姿にグレイシアが、ふふっ、と笑った。
「ああいう場でない限り敬語は使わなくていい」
「わかった」
「うん。それで、実は秘密騎士団にはもう一人団員となる者が決まっていてな。今からそいつに会ってもらおうと思っている」
団員が俺だけなのかってのは確かに気になってた。けど。
「もう一人、ってことは俺とそいつの二人だけってことか?」
「今のところはな。フィリア様はあと数名団員が欲しいと仰っているので、そう遠くない内に増員はされる予定だ」
「なるほどな。まあ、今決まってるそのもう一人が気の合わないやつじゃないことを祈るよ」
「それに関しては問題ない」
「え、何で?」
「まだ秘密だ。すぐにわかる」
そう言って、グレイシアは人差し指を唇に当てて微笑んだ。案外お茶目なところもあるじゃないの。
雑談を交わしながら城の外門前までやってきた。どうやらここが団員との待ち合わせ場所になっているらしい。
おっちゃんの用事は全て終わっているので、ここで別れの挨拶を交わしてから去って行った。
「でも何でここなんだ? 普通に謁見の間で一緒に顔を合わせれば良かったんじゃないのか」
「いくつか理由はあるが、一番は陛下や姫様に見苦しいところをお見せしないためだな」
どういうことだと首を傾げると補足が入った。
「もう一人の団員とは犬猿の仲でな、会うと大体口論が起きるのだ」
「ふ~ん」
よくもまあそんなやつを団員にしようと思ったもんだ。
会ったばかりとはいえ、グレイシアの真面目で冷静な一面は見た。そんな彼女と口喧嘩になるなんてよっぽど偏屈なやつなんだろう。
更に待つこと数分。
「ん?」
大階段を登って現れたのはクリスだった。片手を上げて挨拶をする。
「よう、こんなとこで会うなんて珍しいな。王城に用か?」
「ああ。グレイシアに呼ばれて来た」
「遅いぞ、シェフィールド」
ん?
「別に遅くはないだろう」
「遅い。私より五分は早く到着しておくべきだ。これからはお前の上司となるのだからな」
「何の話だ」
「おい、もう一人の団員ってまさか」
「そのまさかだ」
「まじかよ……」
どんなやつが来るのか、期待半分不安半分で待ってたのに。クリスだったというのは嬉しくもあるが少し拍子抜けだ。
頭に「?」の浮かぶクリスを引き連れて外門沿いに移動し、城の東側にある広場へと到着した。
そこでフィリア様が騎士団を結成したこと。昨日のことを踏まえて、俺がその団員に選ばれたこと。それらを今しがた玉座の間にて説明したことを、グレイシアがクリスへと伝えた。
説明を聞き終えたクリスが一つ頷く。
「なるほど、話は大体わかった」
「当然だがお前に拒否権はない」
「元から断るつもりはない」
「ほう。それはいい心がけだな」
落ち着いた? ようなので気になっていたことを尋ねてみる。
「それで、何でクリスなんだ?」
「姫様、私、お前三人との面識と、ほんのわずかだが姫様からの信頼があり、かつ学院生だからだ」
クリスの家は割と有力な貴族だ。フィリア様やグレイシアと知り合いだったのはわかるが。
「お前王女様から信頼されてんの?」
「どうだろうな、確かに小さい頃からの知り合いではあるが」
「勘違いするな。あくまでほんのわずかだ」
「ほんのわずかとは具体的にどのくらいだ?」
「このくらいだ」
グレイシアは右手の人差し指と親指で「このくらい」を表現する。指と指の腹の間隔が小さく、信頼の度合いはかなり低そうだ。
「それではわかりづらいな。では、お前がフィリア様に向ける信頼を百とすると、フィリア様が俺に向ける信頼はどれくらいになる」
「多くて二だ」
「それは先程の表現と矛盾する。さっきお前が指で示した信頼は、俺の感覚では十から二十くらいはあったように思えたが」
めちゃくちゃどうでもいいことで揉めてるな。さっき犬猿の仲って言ってたけど傍から見てる分にはかなり仲良さそうだぞ。
グレイシアが呆れたようにため息をついた。
「全く相変わらず口の減らないやつだ」
「それはこっちの台詞だ。というか、そういうことなら玉座の間まで俺も一緒に行けばよかっただろう。何故俺にだけここで説明する」
「このように無様に罵り合う様を、陛下や姫様にお見せするわけにはいかないだろうが」
「それは俺のせいではない」
「では誰のせいだと言うのだ」
あー、これいつ終わるんだろ。
完全に蚊帳の外な俺は、広場の中央に座す噴水を眺めている。
綺麗な空気。遠く眼下に広がる街並。噴水からあがる水しぶきが陽光にきらめき空間を彩っている。清掃の行き届いた石畳の床には、ちり一つの存在すら許されていない。
「グレイシア。お前に対して常々思っていたことがある」
「言ってみろ」
「好きだ」
「は?」
「好きだ」
「突然お前は何を言って……」
そこで一瞬の沈黙。
恐らくは頭の中でクリスの言葉を反芻したのだろう。グレイシアの顔が一気に赤くなり、目に見えて動揺し始めた。
「な、なな何だと!? どういうことだ!?」
「お前が好きだということだ」
「何故突然そのようなことを……」
おお、グレイシアが歳相応の女子っぽくなっている。
ちなみに俺はあまりの展開に告白の瞬間すっ転んでしまい、石畳に頭をぶつけて悶絶しながらこのやり取りを見守っていた。
グレイシアが身体ごとこちらに振り向いてクリスから自分の表情を隠し、そわそわしながら次の言葉を思案している。
頭を抱え込んで転がっている俺が視界に入っているはずだが、どうやらそれどころではないようだ。
「それは本当なのだろうな?」
「何がだ」
「その、わ、私のことが好きだと」
「嘘だ」
え?
またも訪れる静寂。
まるで石像のように固まったグレイシアが、やがてぎぎぎ、と擬音がしそうな動作でクリスの方を振り向いた。
顔は見えないが異常なまでの殺気が溢れ出していて、この場にいるだけで命を奪われてしまいそうだ。
「最近『愛』の研究をしていてな。告白を受けた人間がどういう反応をするのか興味があぐふっ」
その言葉は最後まで述べられることはなく、発信者のクリスが膝から崩れ落ちることを以て中断された。
俺は見た。騎士様の拳がすごい勢いであいつの腹にめり込むところを。
「人の心を弄ぶとは悪人の所業だなシェフィールド」
「ま、待て」
クリスは息をするのすら辛そうだ。
「この国の秩序を守る騎士の中でも上位にある私が直々に塵にしてやろう。なに安心しろ、宝剣は使わん。苦しみを味わいながらゆっくりあの世へ行け」
綺麗な空気。遠く眼下に広がる街並。噴水からあがる水しぶきが陽光にきらめき空間を彩っている。清掃の行き届いた石畳の床には、俺とクリスから出た紅が流れていた。
小鳥のさえずりにはクリスのうめき声が混じり始め、さながらこの世の平和と混沌を表現しているかのようだ。
残念だが俺には助けてやることは出来ない。
まあ、正直に言って自業自得だ。大人しく罪を償ってくれ。
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