王と王女と女騎士
チュンチュン、チチチ、と青く澄み渡る空の下で小鳥たちが歌う、午後の昼下がり。
王城へと続く大階段を登りながらふと後ろを振り返れば、俺が生まれ育った街、ハルバートを一望できる。街を円形に囲う外壁までびっしりと建ち並ぶ建物群。学院に通っていた頃はあれを眺めて、普段あの中で生活しているのか、という妙な感慨に浸っていたものだ。
「どうした?」
突然立ち止まった俺を不思議に思ったのか、おっさんが聞いて来た。
「この景色、結構好きなんで」
「そうか」
全員で再び足を動かしながら語る。
「俺もこれを眺める度に、街や家族を守らないとな、って気が引き締まるよ」
「おじさんは衛兵になって何年くらい経つんですか?」
衛兵になった日がいつか、思い出しているのだろう。おじさんは空を見上げてから答えた。
「二十年くらいじゃないかな」
「二十年……」
俺が生まれる前からずっと、この街を守ってくれているらしい。
「ああ。生まれも育ちもここでな。この街が好きなんだ」
ここで生まれ育ち、衛兵になって民を守り、そして結婚して。今度は家族も守っていく。
何だろうな。そう考えるとこのおっさんも、勇者と形や大きさは違えど「背負って」「守っている」ことに変わりはない。
手の届く範囲だけを守るっていう、「普通に幸せ」な人生か。今まで考えたこともなかったけど、それもかっこいいと思う。
ルナの「お互いがおじいちゃんおばあちゃんになってもこうして過ごせてたら、それはそれで素敵なことだと思わない?」という言葉の意味が、少しだけわかったような気がした。
考えごとをしながら歩いていると、ふとおじさんがこっちを見て微笑んでいることに気が付く。
「どうかしましたか?」
「いや、昨日に比べて随分大人しいと思ってな」
「昨日のあれは……忘れてください」
「敬語じゃなくていい。昨日の感じで接してくれ」
「えっ」
「ハンクだ。よろしくな、アルフレッド君」
「皆からはアルフって呼ばれてま……呼ばれてる」
「そうか。よろしくな、アルフ」
まじでいいやつだな、ハンクのおっさん。俺はそんないいやつを木剣で倒してしまったのか。
大階段を登りきり、王城との対面を果たす。
まず外門で身元や通行証のチェックに持ち物検査などがあり、それからちょっとした中庭的な場所を通って内門へ。それをくぐるとようやく王城の中に入ることが出来た。
大きな扉から入った瞬間に、この世の栄華を全て詰め込んだような光景が目に飛び込んできた。
エントランスホールを彩る、赤を基調とした絨毯。床は不思議な光沢を放つ石で出来ている。照明に使われているのは金色の輝きを放つシャンデリア。
総じて豪奢で、身も蓋もない言い方をすれば、辺り一帯にある物だけでも俺の実家が生涯をかけて稼ぐ収入よりも金がかかっていそうだ。
思わず立ち止まってホールを見渡していると、ハンクが声をかけてきた。
「王城に来るのは初めてか?」
「うん」
「そりゃそうか。普通に暮らしてたら来る必要もないからな」
王城勤めにでもならない限り来る機会はほとんどない。今日お城に入れたのはいい記念になるな。
歩みを再開しながら尋ねた。
「なあ、ハンクのおっちゃん」
「どうした?」
「何かお城の中にある物で持って帰っていいやつとかないか?」
ハンクがしたり顔でこちらを振り向いた。
「ほほう、あの女の子へのお土産か?」
「そうだよ」
「随分心配をさせたみたいだったからな」
「うん。だから何か持って帰ってやりたいと思って」
「あの子のこと、大切にしてるんだな」
「家族みたいなもんだからな」
気付けばおっちゃんは、いかにも若者を見守るといったような、歳相応の温かい眼差しをこちらに向けている。
「そうかそうか。うん、それはいいことだ。後で城の者に聞いてみよう」
「ありがとう」
おっちゃんは前を向いたまま、こちらに親指を立てて来た。
衛兵三人に誘導されて歩くことしばらく。随分と奥まで来たところで、ハンクが声をかけて来る。
「よし、そろそろ謁見の間だ。すでに陛下と姫様がお待ちになっている。準備はいいか?」
「ああ」
二本の剣はそもそも持ち歩いておらず、家に置いてきた。身だしなみはまあ、そのまま出てきたのでもうどうにもならない。
「おっちゃん、俺、どこか変なとこあるか?」
「顔ぐらいじゃないか?」
「うるせえよ。おっちゃんも人のこと言えないだろ」
「何を言う。嫁からは世界一かっこいいと言われたことがあるんだぞ」
「うわーこんなところでのろけとかまじかよ」
「わっはっは。緊張しないとはやっぱりお前は大したやつだなあ」
「今いち実感が湧いてないだけだ」
いきなり王様と王女様に会うとか言われてもな。
城に入ったのだって初めてだし、足が地についていない。
「それでいい。すごく気さくな方々だから敬意を持つ必要はあるが、緊張はしなくていい。入るぞ」
頷くと、ハンクが扉をノックした。
「ハンクです、アルフレッド=バーンをお連れしました」
「入れ」
部屋の中からは凛々しい女性の声が返って来る。
「失礼します」
若い衛兵二人が扉を押し開き、俺とハンクが中に入っていく。
部屋の奥までは思ったよりも距離があって、入り口から伸びた赤い絨毯が道を作っていた。
玉座には王様、王女様が座っていて、王女様の隣には人が一人立っている。「凛々しい女性の声」は彼女のものだろう。
俺たちが出来るだけ足音を立てないように玉座を目指していると、何とフィリア様がいきなり立ち上がってこちらに駆け寄って来た。
隣に立っていた女性もその後ろに付いている。
俺もおっさんも慌てて跪き、やがて顔がはっきりとわかる距離になると、王女様が笑顔で俺を指差して言った。
「そうそう、この子この子!」
「この者でお間違いないのですね」
「うん。この子ね、すっごく強いんだよ! ハンクたちも強いのに普通に一人で倒しちゃうんだから」
「なるほど。一見した限りでは普通の少年に見えます。やはり外見で人を判断してはなりませんね」
燃えるような真紅の髪を後ろで結っていて、男性騎士用の軽装をしている。ぱっと見では美少年に見えなくもないが、体型と声からして間違いなく女性だ。
グレイシア=リディアス。この国有数の騎士の家系で、現騎士団長の長女にしてフィリア様専属の護衛を幼少期から任されている騎士だ。俺の一つ年下にして既に「人類最強」とまで謳われている。
この場に護衛が彼女しかいないことからもわかるように、王家からの信頼は絶大で、その若さで王族にも近い権力を持たされていると聞いている。まあ、権力に関しては「王女様を守る為、いつでも制限なく動けるようにする」という意味合いが強いらしいが。
玉座で静かに様子を見ていた陛下が声をかける。
「こらこら、一度こちらまで来てもらいなさい。何事も形式というのは大事だ」
「はーい」
大人しく戻っていくフィリア様。グレイシアも静かに続く。
御三方が最初の配置に戻ったのを見てハンクと顔を合わせ、立ち上がる。それから奥まで静かに歩いて行った。
玉座の前に到着したのでもう一度跪いて頭を垂れる。
「よし、面をあげなさい」
見上げれば、そこにはがっしりとした身体付きの男性が玉座に座っている。
しっかりと形を整えた髭を顎と鼻の下に蓄えていて、短い黒髪と相まって逞しい印象を与えている。
同じく王の指示に応じて顔をあげたおっさんが口を開いた。
「騎士ハンク、只今参上致しました」
おっさんはこう名乗っているが、実は衛兵の所属は騎士団なのだ。衛兵として街に派遣されている騎士、というイメージ。
ちなみに騎士は必ずしも学院の卒業生というわけではなく、ある一定の条件を満たしたものが受けられる試験を通過すれば誰でもなれる。卒業生との違いは、どこまで出世出来るかという点だ。
「うむ。ご苦労だったな」
「とんでもございません」
「アルフレッド君も、突然の呼び出しですまなかった」
「滅相もございません。お初にお目にかかれまして光栄です」
騎士学院である程度の礼儀作法とか言葉遣いを覚えておいてよかった。どちらも多少怪しい面はあるが、粗相というほどのものではないと思いたい。
「ハンクから既に聞いているとは思うが、娘が君と話してみたいと言っていてな」
「身に余る光栄です」
「しかし何だ。話に聞いていたのとは随分と違って礼儀正しいじゃないか」
さっきまでのおっさんと言い、一体俺は何だと思われてるんだ。
いや、でもこれは昨日のことを謝罪するチャンスだな。
「陛下」
「ん?」
「発言の許可を頂きたく存じます」
「うむ。別に発言の為の許可など取らなくともよいぞ」
あれー、学院ではこういう風に教わったんだがな。
横をちらりと窺えばフィリア様が不思議そうな表情でこちらを見つめている。可愛い子に直視されてかなり恥ずかしいので、すぐに視線を床へと落とす。
そこで、王女の横で直立不動のグレイシアが口を開いた。
「学院では礼儀作法に関して、王族との謁見の際には今のアルフレッドのように振る舞うよう教えているのです」
「ほうそうなのか」
「陛下や姫様は寛大な方々なので気になさらないかとは存じますが、他国の王族と接する際には必要になります」
「なるほどなあ。アルフレッド君は真面目なんだな」
俺に視線を向け、顎髭をさすりながら何やら思案していた王様だったが、少しの間が経った後に話を戻した。
「それで、発言したいこととは何だったかな」
「はい。王女様に対して先日は無礼な態度を取ってしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「おお、それも聞いておるよ。アイヤー! と叫びながら逃げ出したとな」
その話はやめてください。
「あれ笑っちゃったよ~。強い人だーと思ったら、突然アイヤー! って、すごく情けない感じで逃げちゃうんだもん」
王女様まで……。
「お前に一つ聞きたいのだが、アイヤー! とは何なのだ?」
グレイシアも。
「ぐぐ……くっくっく、アイヤー……」
ハンクのおっちゃんは後で殴る。
ここは俺の名誉の為にも、本当だとこじつけられる程度の言い訳はしておいた方がいいかもしれないな。
「アイヤーというのは、幼い頃から私が使っているおまじないのような言葉でございます」
「お前、真面目な顔で言ってるけど流石にそれは無理だろ」
「おっちゃんは黙っててくれ」
「あはは、アルフレッド君って面白いね」
王女様に気に入っていただけたのなら大変光栄なのだが、おまじない説が全く信用されていないということなので、もう無駄な抵抗はやめよう。
もし次に学院に行くようなことがあれば、あだ名がアイヤーになっているかもしれないな……。
遠い目で陽光が差し込む窓から外の景色に視線をやっていると、陛下が一つ咳払いをしてから口を開いた。
「一応言っておくが、娘への態度や、衛兵への職務妨害行為などは一切不問にすると既に決めておる」
「ありがとうございます」
「うむ。元はと言えばフィリアが王城を抜け出したのが問題なのだからな。結果的に巻き込まれただけの君を罪に問うようなことはせんよ」
「ありがとうございます」
やはり王城を抜け出していたのか。グレイシアが補足する。
「先日学院の授業が終わった後、私が警備兵の隙を作っている間に脱出していただき、私の部下であるハンクたちと合流なされる予定だったのだが、フィリア様はそのハンクたちからもお逃げになってしまってな」
「だって、騎士が三人も一緒じゃお散歩って感じがしないんだもーん」
「しかし、私が合流するまでの間にお一人では危険過ぎます。これでは今後陛下にも見逃していただくことが難しくなります」
「だってー……」
唇を尖らせるフィリア様は、援軍を求めてかこちらに顔を向けた。
「ねえ、アルフレッド君はどう思う?」
どう思うと申されましても。
普通ならここは王女様に共感、もしくは擁護するべきだろう。そうですよね、とか私も散歩は一人でしたいです、とか。
でも何となく、この場でそれを言うのは正解ではない気がした。
寛大な方々とのことなので、勇気を持って発言してみる。
「恐れ多くも、私もお一人では危険かと存じます」
「ほう」
グレイシアが感心したような声をあげる。
「グレイシア様も、フィリア様のお望みを叶えて差し上げたいはず。ですが、万が一が起きてからでは遅いのです。フィリア様の御身を心から案ずるからこそ、グレイシア様も苦言を呈していらっしゃるのかと」
「……」
謁見の間には静寂が訪れてしまい、誰も何も喋らない。こんな丁寧な言葉を使ったのは久しぶりだから何か間違いがあったのか。何でもいいから誰か言葉を発して欲しい。
静かな空間を終わらせたのは、フィリア様だった。
「ねえ、グレイシア。どうかな?」
「どうかな、とはあの件についてですか?」
「うん」
「問題ありません。むしろ想定していたよりも適任かと」
「だよね! うんうん」
何の話をしてるのかさっぱりわからん。
「アルフレッド君」
「はい」
「今日来てもらったのはね、君にお願いがあるからなんだ」
「私に出来ることならば」
「うん。えっとね、今度、私だけの騎士団を作りたいと思ってるの」
私だけの騎士団?
フィリアはそこで大きく息を吐いて表情を改めると、勢いよくこちらを指差しながら宣言した。
「君を、秘密騎士団の団員に任命します!」
「え?」
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