そんな時こそ

 やってしまった。


「終わった……」


 実家の店先で椅子に座りながら天を仰ぎ、顔を手で覆いながら呟くと、隣で遊んでいたエミリーが元気に聞いて来る。


「何が終わったのー?」

「人生だよ」

「ふ~ん」


 兄の人生にもうちょっと興味を持ってくれ。

 放心状態で天井の染みの数を数えていると、またも妹が純粋無垢な瞳を向けて来た。


「兄ちゃん、昨日家に帰って来てからずっと変」

「わかるか?」

「うん。何かあったの?」

「兄ちゃんぐらいの歳になるとな、色々あるんだよ」

「ふ~ん」


 やっぱり興味はないらしい。


 昨日の一件、王女様が衛兵に追いかけられていた理由は色々考えられるが、確実に言えることがある。

 まず、あの衛兵たちは悪い人たちじゃなかったということ。

 フィリア様の護衛をしようとしていただけだったはずだからだ。敬語を使っていなかったのも、あそこでそういった態度を取れば正体がばれるからだろう。

 そして、俺は王女様に対して不敬を働いた上に、衛兵の職務執行を妨害した罪人であるということ。


 前者はまあ会話をしている最中に薄々感づいていたことではあったが、問題は後者だ。

 王女様に対して慣れ慣れしくした挙句、「顔を見せてくれないかな?」とか何とか言ってしまった。しかも、光栄にも街案内を依頼してくださったのに、承諾しておきながら逃げ出してしまったし。

 何だか好意的だったから、あの場で「知らぬこととはいえ失礼な態度を……」とか謝罪しておけばまだ取り返しがついたかもしれないのに。

 あまりそういうことに詳しくないから知らんけど、生きて牢屋から出られればいい方だろうな。


 早ければ今日明日には衛兵がうちまで来て連行されると思うから、それまでにルナとクリスくらいには別れの挨拶をしておきたい。


「こんにちは~」


 その時、ちょうどいいタイミングでルナが店に入ってきた。

 ルナはまるで自分の家みたいにするすると奥に入ってくると、カウンターに座る俺を見付けて微笑む。


「今日も店番してて偉いじゃない」

「子供かよ。他にすることないんだから当たり前だろ」


 腕にはいつも薬草を摘みに行く時に使うかごが二つ下げられていた。片方は空でもう片方には「報酬」が入っているのだろう。


「薬草を摘みに行くのか?」

「うん。だから護衛をお願いしようと思ったんだけど……」


 その時、俺の隣から妹が勢いよく顔を出す。


「ルナおねーちゃん! こんにちは!」

「エミリーちゃんこんにちは。今日も元気一杯だね」

「うん!」

「お兄ちゃんの方は元気ないみたいだけど」


 こちらにちらっと目線を向けてくる。どうやら店に入って来てから今までという短い時間で見破られてしまったらしい。

 別に俺も今の気分を隠すつもりはなかったけど。


「兄ちゃんね、昨日家に帰って来てからずっと変なの」

「昨日って言うと、私の薬草摘みについて来てくれた後だよね。その後に何かあったの?」

「まあ、座ってくれよ」


 顎でカウンターの近くにある客用の椅子を示すと、ルナはこれから何が起こるのかと微妙に不安げな様子で座った。


「ルナ」

「何?」

「今までありがとな」

「え?」

「お前には色々世話になった。恩返しとかは出来なかったけど、それだけは伝えておこうと思ってな」

「ちょっと。何言ってるの?」

「何かねー、人生が終わったんだって!」

「エミリーは少しだけ静かにしてなさい」

「やだー」

「ほら、エミリーちゃんこっちにおいで」


 ルナが両腕を広げると、エミリーは走ってそちらに向かう。そして、その腕の中にすっぽりと収まった。

 こいつ、ルナに抱きかかえられてる時はすごく大人しくなるんだよな。


「それで、何があったの?」

「実は昨日な……」


 あれ、ちょっと待て。

 今から話そうとしている内容を簡単にまとめれば「女の子を下心丸出しで助けようとして衛兵を倒したら、王女様でした」そして「今から捕まります」だよな。


 めっちゃ話しづらくね?


「……」

「昨日?」


 どうしたものかと言葉に詰まっていると、ルナが続きを促しつつ、じれったそうな視線をこちらに向けてきた。

 こうなったらうまく誤魔化すしかない。


「学院の近くで男三人組に追われてる子がいたんだよ」

「うん」

「で、それを助けようと思って三人組を全員倒した」

「うん」

「そしたら倒したやつらが実は衛兵でさ」

「え?」

「助けた子が王女様だったんだ」

「え!?」


 多少脚色はしたがそこまで嘘はついていない。ここいらが限界だろう。

 しかし、ルナがこんなに驚くのも珍しいな。


「しかも王女様って知らなかったから結構慣れ慣れしい態度で接しちゃってさ。不敬罪やらで今日か明日には王城に連行されると思う」

「そんな……」


 事態がある程度飲み込めたらしく、ルナの表情が絶望に染まる。


「アルフに悪気はなかったのに。どうにかならないの、かな」

「それを決めるのは王様や王女様だからな」


 ルナが予想以上に反応と心配をしてくれたおかげで大分冷静になってきた。

 正直に言って俺もルナと同じような希望的観測を抱いてはいるが、罪は罪。子供相手だろうときちんと罰しないと国民に対して示しもつかないだろう。

 逃げても金がないからどうしようもならないし、下手をすると家族が代わりに罰せられる可能性がある。自分が蒔いた種だし受け入れるしかないな。


 俺は椅子から立ち上がり、ルナの目の前へと移動した。

 こちらを見上げたルナと目線が合う。その顔はもはや泣きそうになっていた。

 こいつがそういう顔をしていると気分が良くない。俺は少しでも安心させようと考えた言葉を口にする。


「まあどんな事情があっても罪なことに変わりはないんだ。罪を受け入れて、自分自身と向き合って、俺はまた一つ人として成長して帰って来るよ」

「アルフ……」


 きまった。ルナ相手に格好を付けても特に意味はない気もするが、今の俺はかなりかっこいいと思う。

 こういうかっこいい行動の積み重ねが「モテ」に繋がるに違いない。


 よくわからない達成感に満足していると、店の入り口から足音が響いた。


「いらっしゃいませ」


 しかし、それは地獄の使者のものだった。


「アルフレッド=バーン君だね?」


 店の奥までやってきたのは、昨日の衛兵三人組。

 ルナが思わず立ち上がる。エミリーはいつの間にかすやすやと眠っている。

 遂に来るべき時が来てしまったらしい。俺は一つ深呼吸をして気合を入れ、一歩前へと踏み出す。


「いえ、アンダーソンです」

「罪を受け入れるんじゃなかったの?」


 ルナが力のない声で冷静に指摘してきた。

 咄嗟の返答は自分でも驚いたが、やはり怖いものは怖いということだ。だって下手すると死刑だし。

 すると、おっさんが口の端を吊り上げながら言った。


「何を言う、アンダーソンは既に亡くなっている」

「あんたが昨日そう言ったんだろうが」

「あの時は驚きのあまり混乱していてな。いや、本当に君は強かった」


 中年の衛兵は肩をすくめておどけてみせる。


「学院生だと言っていたから調べればすぐにわかったよ。ここ数ヶ月は通っていないということも聞いて、王女様のことも合点がいった」

「どういうことだ?」

「あの方も先月から学院に通っておいでだ」

「え?」


 まじか。ちゃんと学院に行っていればあの可愛い子とお近づきに……。

 いやいや、さすがに王女様は無理だし馴れ馴れしくすればそれこそ処刑だ。


「まあ、それで何というか、色々知ってるだろうと思ったんだが」


 何を「知ってるだろう」なのかはわからんが、学院で接していれば声でわかったかもしれないな。


「とにかく、陛下がお呼びだ。俺たちについて来てくれるかな?」


 会話をして緩んでいた気持ちが一気に引き締まる。そうだ、俺は不敬罪やらで連行されるところだったのだと思いだした。

 しかし王からの直接の呼び出しか。相当怒ってるんだろうな。

 抵抗したところでどうにもならなそうなので、仕方なく一歩を踏み出しておっさんたちと並ぼうとした。


「あの!」


 だが、そこでルナが意を決した様子で声を出す。


「どうしたお嬢ちゃん」

「アルフは、帰ってくるのでしょうか」

「え?」

「悪気はなかったんです。その、どうにかお慈悲をかけていただくことは出来ないのでしょうか」


 ルナの目尻には光るものがある。精神的に強いやつだから何とか平静に近い状態を保ってはいるが、何かのきっかけでそれが一気に溢れ出してしまいそうだ。

 おっさんを含む衛兵たちの顔色をちらりと窺ってみる。

 だが意外にも、彼らはぽかんとしていた。いかにも「何を言っているんだこの子は」といった様子だ。


「ごめん、ちょっと話が読めないんだが」

「え? えっと、その。アルフは不敬罪で連行されるんですよね?」


 衛兵三人が顔を見合わせる。こともあろうに笑い出した。


「いや~、そうかそうか! 君たちからすればそう思うのかもな! 最初に説明しておけばよかったな! すまんすまん」

「どういうことなんですか?」


 困惑するルナの問いにおっさんは笑顔のまま答える。


「実は、実際に呼び出しをお命じになったのはフィリア様でな。昨日の一件でアルフレッド君のことを大層お気に入りになって、お話をされたいとのことだ」

「えっと、それじゃあ」

「ああ。お嬢ちゃんが心配しているようなことは何もない。話が済んだらここにまた戻って来るさ」


 ぐっとおっさんが親指を立てると、ルナは一気に力が抜けたらしく、その場にへなへなと座り込んでしまった。


「よかった……」

「いやあ、最初から、特にお嬢ちゃんの方はかなり緊張してるなとは思ってたが、そういうことか。てっきり知らない大人たちが乗り込んで来て怖がってるのかと勘違いしてたよ」


 おっさんは俺たちを見比べてから、笑顔で俺の方に手を置いた。


「こんなに心配してくれるなんて、いい彼女じゃないか。大切にしろよ!」

「ただの幼馴染だっての」

「そうかそうか」

「お姉ちゃん顔真っ赤ー」


 いつの間にか起きていたらしいエミリーの声に顔を向けてみると、ルナの耳が確かに赤く染まっている。

 俺を心配して衛兵に抗議してくれたんだ。勘違いだとわかって恥ずかしくなってきたんだろう。悪いことしたな。


「おや、これは配慮が足りなかったな」


 おっさんは頭に手をやりながらそう言うと、店の外へと身体を向ける。


「ま、そんなわけで王女様がお待ちだ。早く行こう」

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