そういうお年頃なんです

 一応誤解の無いように言っておくと、勇者を目指してある程度日が経ってからは「魔王を倒して人類を救いたい」、「皆を守りたい」などといった高い志を俺も持つようになっていた。あくまできっかけの話だ。


 初等学校にも慣れてきて、周りのやつらが将来をどうするか、考え始める時期に差し掛かった頃。

 俺は突然にとある願望を抱いた。


 「彼女が欲しい」と。


 何故かはわからない。そういうお年頃だったとしか言いようがない。

 そして俺はどうすれば彼女が出来るのか、ひいてはモテるのかを死力を尽くして考え始める。しかしいい案は何も思い浮かばなかった。

 今考えれば気になる女の子にアプローチして、仲良くなって、そして告白をして恋人になって……とかやればいいだけの話だったのだが、そんなことは数年前の俺にはわかるはずもない。


 そんな折、当時の勇者が魔王軍幹部に敗北したということで、次代の勇者が選出される。

 新たな希望の光の旅立ちの日には盛大に壮行式が執り行われ、俺たちが住むハルバートの街はさながらお祭りのように賑わった。

 王城での式典が終わり、そこから勇者が街を出るまで、大通りではパレードが行われたので俺は何となくそれを見に行った。

 そして目にしたのだ。あの衝撃的な光景を。


 新しい勇者は特別顔がかっこいいわけでもなく、背が高いわけでもない。少なくとも外見において「モテる」要素は多くなかった。強いて言えば終始笑顔で優しそうだったくらいの印象だ。

 しかし、勇者の乗った馬が行く大通りの左右からは、割れんばかりの歓声が飛び交っていた。そこには一部、地の底から響くような男のものもあったが、ほとんどは黄色いものだった。


 馬に跨っているだけでキャーキャー言われる勇者を見て、まだ小さい俺はこう思ったのだ。


 「これだ」と。


 その勇者が勇者として選ばれるまでの血の滲むような努力や苦難の道のりなどには全く思い至ることもなく、俺は勇者になりさえすればああいう風にモテるんだと思ってしまった。

 今思えば恥ずかしい限りだし、何が「これだ」なのかもよくわからない。だが、どういうわけかものすごく彼女が欲しかった俺は、その場で勇者になることを固く神か何かに誓ったのだ。


 そしてモテるため、勇者を目指すために勉学に剣術にと猛烈な努力を重ねた俺は平民の出にして見事に王立騎士学院への入学を果たした。

 でも、勇者への道は魔王討伐という人類にとって最も望ましい形で閉ざされることになる。


 正直に言えば複雑な心境だった。

 もちろん魔王が討伐されるのはいいことだ。俺や家族はもちろん、他にも仲のいい人たちが魔物に苦しめられる姿を目の前で見て来たんだから、尚のこと強くそう思う。その気持ちに嘘はない。

 でも、志半ばにして夢を強制的に諦め、別の道を探さなければならなくなったこともまた事実なのだ。しかも、腐敗が進みつつある学院の中で。




 ルナと別れた後、気が付けば王城や学院がある街の北部まで散歩に来ていた。

 クリスやルナにあれこれ言われたからか、学院を遠目に眺めながら色々と考えてみたくなったからだ。


 実際ルナの言う通りで、学院に戻らないとなると、俺には冒険者になるくらいしか道は残されていない。だが、あの仕事は元から危険で不安定な上に、魔物がいなくなった今となっては落ち目だ。

 需要がなくなることはないが、生活はどんどん厳しくなっていくだろう。

 親父から鍛冶を教えてもらって実家の鍛冶屋を引き継ぐというのも無しではないが、今からやって商売に出来るほどの腕前になるかは疑問だ。


 冷静に考えれば、どうやっても学院に戻るのが最善なんだよなぁ……。でも、今更何をしに戻るというのか。


 やがて、街の北部、学院や王城の建っている丘の麓までやってきた。

 ここから頂上にある王城まで長い階段が伸びていて、その途中に学院や、騎士団の本部が建っている。貴族や豪商の屋敷(らしい)もある。つまるところ、この辺り一帯には金持ちしか住んでいない。


 さて……と。

 高級住宅街ということもあり、流石に突っ立ったまま考え事をしていると怪しまれるので、どこか落ち着ける場所を探す。すると、道端に丁度いい感じの長椅子が置いてあった。

 しかし、座って一息ついてさあこれからという時に、通りの西側が何やら騒がしくなり始めた。


「待てー!」

「こら! 待ちなさい!」


 まだお日さまも燦々と照っている午後の時間帯、閑静な住宅街に響く男たちの足音と怒号。どうやら衛兵が何者かを追いかけているようだ。

 まあ場所も場所だし、貴族の屋敷に盗みにでも入ったんだろう。


 すぐに彼らが近くに迫って来て、一団の姿が明らかになった。

 衛兵三人と、それに追いかけられる盗人らしき人物が一人。衛兵は若いのが二人とおっさんが一人。盗人はローブを着ている上にフードを深く被っていて顔は確認出来ないが、小柄で線が細い。ぱっと見では子供か女性に見える。


 貧しい家庭の子供か何かだろうか、気の毒な話だ。

 でもこの国の王族は優しいから、犯罪の程度にもよるが、捕まっても事情があるならそこまで重い処分は課さないはず。施設にも入れるかもしれないし、あの子の為にもここは捕まった方がむしろいいのかもしれない。

 そう思いながら一団を眺めていると、先頭の盗人が俺の目の前を通り過ぎようとした瞬間、何故か急に方向転換をして俺の方にやってきた。


「助けて!」

「は?」


 思わず長椅子から立ち上がると、その子供は俺の背中に隠れた。


「追われてるの!」


 そりゃ悪いことをしたら追われるでしょうよ。と、普段なら冷静に答えていたところだが、今の俺にそんな余裕はなかった。

 何故なら、フードを被った人物から発せられたその声は、紛れもなく女の子のものだったからだ。しかも背後からは何やらいい匂いがするし、俺の両肩に置いている手は小さい。

 顔を見てないからわからんけど、絶対に可愛い子だ。そうに違いない。


 さっきまで頭の中にあったものは全て吹き飛び、俺の思考は女の子を助ける為だけに全力で回転し始めた。

 追いついた衛兵三人のうち、中年のリーダー格らしき男がこちらに寄りながら言った。


「少年、その者をこちらに渡してくれないか」

「……」

「ん、どうした?」


 落ち着いて、あくまで冷静に衛兵たちを観察する。

 よくよく考えてみれば、昼間から衛兵がか弱い女の子を追いかけ回しているなんておかしな話だ。もしかしたら、こいつらの方が悪いことをしている変態なのかもしれない。そう簡単にこの子を渡すわけにはいかないな。

 一つ質問をしてみよう。

 俺は、背後にいる人物を親指で指し示しながら尋ねる。


「この人が何をしたんですか?」

「……機密事項だ。それに君には関係のないことだろう」

「助けを求められたんでね。一応、どちらが悪者なのか公平に見極めようと思いまして」

「随分な言い草だが、一理あるな。これではだめなのか?」


 そう言って、おっさんは首から下げられた紋章を見せ付けてきた。

 紋章は本物で、この人たちは確かに衛兵だ。自分たちが偽者で、女の子を攫おうとしているのではないかと疑われていると思ったのだろう。


「確かにあなたたちは本物のようですね。でも、それなら尚更この子が何をしたか教えてくださってもいいんじゃないですか?」

「ぬぬう」


 ちゃんと話は聞いてくれるし力ずくで来ない辺り、普通にいい人たちな気もして来たが今はどうでもいい。俺はあくまで背後にいる女の子の味方だ。


 と、顎に手を当てどうしたものかと唸っていたおっさんが、俺が腰に帯びた二本の剣を見付けて言った。


「君は冒険者か、騎士見習いなのか?」

「一応、学院に通う騎士見習いです」


 最近通ってないが籍はあるので嘘ではない。

 すると、衛兵は安堵したように胸を撫でおろした。


「そうか、ならわかるだろう。その者は、その、あれだよ」

「?」

「わからないのか……ううむ」


 学院生なのか? いや、学院生ならそうだと言ってくれてもいいはず。だが、そもそも学院生だからどうだというのか。

 それとも、俺が通っていない数ヶ月の間にあそこで何か大きな事件があってその首謀者とかだろうか。


 やがて、おっさんは若い二人に声をかけて何やらぼそぼそと話し合った後に再びこちらへ寄って来た。


「申し訳ないが、あまり時間をかけたくないんだ。君は何も悪くないが、力ずくで君を取り押さえて後ろにいる者を連れて行くしかない」


 そう言って、三人共に武器を構える。警棒と呼ばれる、鉄で出来たやや長めの棒状の武器だ。

 剣よりは殺傷能力が低いので、主に衛兵が市民を相手にする場合に使われる。


 まあ、こうなるよな。


 俺は腰に帯びた二本の剣のうち、木で出来た剣を鞘から抜き、構えた。


「出来るものならやってみろよ」

「我々を相手に、その木剣一本でやり合う気か?」

「あんたらこそ、三人で俺を倒せるとでも?」


 きまった。今の台詞はめっちゃかっこよかった。


「腕に自信ありか。よし、お前たち少し揉んでやれ!」


 その言葉と同時に若い二人が警棒を構えてこちらに走って来る。


「頑張って!」


 女の子に応援されて俺の闘志が炎のごとく燃え盛る。もしかしたら俺は今、世界で一番強いのかもしれない。そんな気がしてきた。

 俺は地を蹴り、一気に左側の男との距離を詰める。

 足の速さに驚いたのか、男はほとんど反射といった様子で警棒を振り上げた。


 遅い。


 剣で受け流す予定だったが、攻撃を交わして横を取る。そのまま剣で腹を強めに打ちぬいた。


「うっ!」


 膝から崩れ落ちる衛兵の後ろには、呆気にとられるもう一人の姿が。

 こちらともすかさず距離を詰めると、我に返った男が警棒を振る。今度は横なぎの軌道だったので、身体を低くして躱し、そのまま懐へ潜り込んだ。そして剣を腹に打ち込むと、さっきの人と同じように腹を押さえてうずくまった。


 おっさん衛兵も、ぽかんと口を開けてこちらを見ている。


「残るはあんただけだぜ」


 そう言いながら俺が歩み寄ってもまだ固まっていたおっさんだが、突然何かに気付いたように目を見開いてから言った。


「その木剣、まさか」


 そして顔を伏せると不敵に笑いだす。


「はっはっは、学院生にしては強過ぎると思ったが、やはり嘘か。まさかまだ生きていたとはな……アンダーソン!」

「ふっ」


 え、誰?


「あんたと手合わせが出来るなんて、もしこんな状況じゃなかったら喜べたんだがな」

「そうか」


 いや、まじで誰だよアンダーソン。

 何とか俺がアンダーソン的な雰囲気を出してはいるが、これ以上この話題を掘り下げられると困るので、さっと剣を構える。


「俺の正体がわかったのなら、これ以上の言葉は要らないだろ。さあ、やろうぜおっさん」

「ああ、そうだな。いくぞ!」


 そう言って、やる気満々になった中年衛兵が警棒を構えたまま駆け出した。




「うぐぐ……」


 住宅街の路上に響くうめき声。

 おっさんを倒した俺は周囲を確認する。三人共まだ起き上がっておらず、俺がさっき座っていた長椅子の側には女の子の姿があった。


「すごーい! 君、強いんだね!」

「いやいや、それほどでもないよ」


 ここは敢えて謙虚にいく。調子に乗るとダサいからな。


「もし良かったら、このまま私に街を案内してくれないかな?」

「ああ、いいよ」

「やったー!」


 ふっふっふ、いきなりデートのお誘いなんて好感触じゃないか。これは明日ぐらいには付き合えるかもしれないな。


 ……いや待て。街を案内? この子、今街を案内しろって言ったのか?

 まあ、この辺りに来たことがないってことは全然あり得るな。学院生か富裕層かもしくは王城勤めの人じゃないと普段は用がない地区なわけだし。

 うん、細かいことはいいか。とりあえず顔を見てみたいな。


「申し訳ないんだけど、顔を見せてもらってもいいかな?」

「え? う~ん……グレイシアに怒られちゃうから、ちょっとだけね!」


 え、グレイシアって、あの……。

 俺の思考が何か重大な事実をはじき出す前に目の前の人物がフードを取り払い、その容貌が露わになった。

 肩までかかる、絹糸のように滑らかな金色の髪が、陽光を浴びて輝きを放っていた。その宝石のような碧眼には魔法でもかかっているのか、目が合うと吸い込まれてしまいそうになる。


「えっ」


 自分でもさぞ間抜けな顔をしているのだろうと思う。


 何と、そこにいたのはこの国の王女、フィリア様だったのだ。




「アイヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 俺は、かつてあげたこともないような奇声を発しながら全力で逃げた。

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