第6話
「爽がしてくれた事は嬉しく思ってる。でも、もう二度としないでね」
「解決法があっても?」
思わず口からそんな言葉が漏れる。もう何も出来ないのは嫌だ。だけど無力な僕は続けて言える言葉を思いあたらなかった。ぐっと拳を握りしめる。
そんな僕の手を彼女が両手で包み込んだ。柔らかい手で。
「今は、守らせて。その内、遠くない未来にあなたの力が必要になるから」
うん。頷いて二人で椅子に座った。色んな事が起こり過ぎて疲れていた。
一息いれてぽけっとをまさぐる。あった。
「ちょっと待ってて」
駅の構内を少し歩く。入口に設置された自販機を探し出すと見つけた五百円玉を入れる。温かいコーンポタージュを二つ買った。確かこれ好きだったよな。
「あれ?」
昔会った事があるのはもう知っている。だけど、こんな記憶思い出せていたっけ? と、少し混乱した。いや、今は……。
「はい」
椅子まで戻り奈々に缶ポタージュを渡す。一瞬彼女は目を丸くして、次いで笑顔になっていた。嬉しそうにタブを上げ、口を付けて傾けた。
「ありがとう。美味しい」
嬉しくなって一口僕もすする。口に伝わる甘さと温かさ。ぶるっと体が震えた。
奈々もそれを飲みながら話しだした。
「昔ね。小さい頃。泣き虫で、よくちょっとした事で泣いていたんだけど、ある男の子がそのたびにこの駅までコーンポタージュを買いに来てくれたんだ。幼い子供には大変な距離なのに」
「へえ」
男の子が誰なのか、僕には分からない。だけど、もしかしたら。
「嬉しかった。だってこの辺では、ここでしか買えない飲み物だったから」
それきり奈々は黙って缶を手でくるくる回していた。昔の事を思い出しているのかもしれない。
飲み終えるまでゆっくり休めた。襲撃がないのは里が近いからだろうか。秋、もうすぐ冬だ。やっぱり冷える。
「もう行こう」
「うん」
奈々が先に立つ。さっきの自販機でコーンポタージュをもう二本買った。一本は渡して、もう一本はぽけっとにしまった。あったかい。奈々も胸にしまっていた。しばらくはこれで暖が取れる。
草と木の香りが風に漂う。良い匂いがする。鬱蒼と茂った木々の中にその獣道はあった。普段人が利用しない様な森の中、山々に囲まれた平地に隠れ里があるらしい。結界で守られたその場所は普通の人には辿り着けないだろう。
土を踏みしめる感じが懐かしい。落ち葉が目立つ。
薄暗い闇の中、拾った木の棒の先に明かりを灯して二人で進む。奈々がいなかったら明かりさえ点けられなかった。燃えている訳ではなく。ただ光っている。木の棒が。
「その術ってなんなんだ」
彼女の使っているものを今迄聞いてこなかった。聞く暇がなかったと言うのもあるけど。聞くのがはばかられる様な気もしていたから。
道が少し上りになっていた。汗が頬を流れていく。
「七宝行者の術。一般的には外法と呼ばれる術。祖は果心居士様が修めたと言われる幻術。色即是空、空即是色と言ったお坊さんがいたけれど、それは正解。幻術は現実に影響を及ぼし、現実もまた幻術に影響を及ぼす」
幻術……。奈々が僕の呟きを聞いて続けた。
「織田信長、豊臣秀吉。彼らは果心居士様を恐れるあまり、居士様を殺した。二度殺されてなお徳川家康の代になってその御前に姿を現したと言われてる」
歩き続けながら、ふと空気がねっとりしてきたのを察する。先を行く彼女も感じたのか、足を止めて辺りを見回した。
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