第3話
どうなっている? あの記憶は? 封印が解ける? 解けたらどうなる? 呟きながら歩き続ける。分からない事だらけだ。
保健室の引き戸をノックする。返事がないので勝手に中へとお邪魔した。着替えは持ってきていない。しょうがないからシャツと学生服を脱いで誰もいなかったベッドへ横になる。一人で考えたいから、カーテンはしっかり閉めておいた。やっと一息つけた気がする。ふうっと息を吐き出す。
ふと、ネズミの鳴き声がした。背筋が凍る。あの声を思い出し怖さが増す。上半身を起こしベッドから足を下ろした。
どこからだろう、もう一匹、ネズミの鳴き声が周囲に木霊した。その声で幾分和らいだ。同じ鳴き声なのに逆の感情が湧く。
恐る恐るカーテンを開けて様子を見ると傷だらけの白いネズミがもう一匹に襲い掛かったのだ。それを受け流し、首筋を狙って噛みつこうとするネズミ。嫌悪感? いや、恐怖から僕は急いで歩み出て、足でおもいっきり無傷な方を踏みつぶす。ぶちっ! 気持ちの悪い音を響かせてネズミが潰れる。上履きの底から灰色の靄がにじみ出す。そして、再び形をとろうともがいた。僕はあまりの事に一歩あとずさる。無傷のネズミの姿はもうどこにも無く、靄がわだかまっていた。このままにしておくと危険なんじゃないか。だが、どうしたらいいか分からない。
もう一匹の白いねずみが濃い煙を吐きだした。靄をなんとかしてくれる。そんな予感と既視感を感じる。ああ、白い蛇だ。この感じは。
黒煙に飲み込まれた靄は蠢きながら小さくなっていき。何の残骸も残さないまま消え去っていた。傷だらけの白いネズミが安堵した様に煙を吸い込む。そして後ろを向いて去って行こうとしていた。
「まって奈々」
思わず呼び止める。なぜそう思ったのか? なんであの白ネズミが奈々なのか? 自分でも分からない。あえて言うなら泉の蛇と似た雰囲気がしたから。そして、その白いネズミは足を止め、振り返って、僕を見上げたのだった。
嬉しそうな白いネズミを屈みながら両手でそっと持ち上げようとする。
「重い」
手と同時に顔を近くまで寄せていたからか、飛び上がってきた白ネズミに殴られた。
「痛っ!」
小さい姿の癖に頬が腫れるかと思った。
「失礼ね」
白いネズミが少女の姿に変わる。服がずたずただった。ブラジャーとパンツは破れてなかったが。自然と下着に目がいってしまった。うん、白はいい。なんて言っている場合じゃなかった。
「血が出てる」
露出した肌から血が滲み出ている。傷だらけの彼女に手を伸ばす。慌てて奈々が赤くなりながら僕をベッドの方へ押しやり、カーテンを閉める。手当を、と言おうとして言葉を止めた。
あの時の鳶ももしかしたら……。そう思ったが尋ねるのは止めた。きっと教えてはくれないのだろう。
「ありがとう」
「どういたしまして」
カーテンに映っていたシルエットが遠ざかる。
昨日からずっと守っていてくれていたんだ。そう思えた。ふと長い事忘れていた温かい感情に包まれた様な気がする。震える程の恐怖はもう既になくなっていた。
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