第2話

 はあ、眠い。昨日あの後あまり眠れなかった。だけど高校を休む訳にもいかないし。


 玄関を出ていつもの道を歩き始める。街中なのもあって自然を感じられる風景は見当たらない。いつもの光景。でも、なんとなく森や山を懐かしく感じた。


 ふと、誰かに見られている気がした。


「視線?」


 冷や汗が背筋を流れ落ちる。ひどく肌寒い。辺りを見回すもいるのは飛んでいる鳶だけで……。するともう一羽どこからか鳶が飛んできて二羽が喧嘩を始めた。嘴で相手の胴を狙って突っ込んでいく。一瞬墜落する様に落ちて、慌てて羽ばたく。見ているだけで気分が悪くなった。だから僕はそこから急いで駆け始めた。


「消えた」


 角を曲がる前辺りで目線を感じなくなった。振り切ったのかもしれない。曲がってから、ほっとして歩きだす。


 人影が多くなってくる。それほど遠くない学校までの道のりが長く感じられた。


「おはよう」


 びくっと体が反応した。なんだただの後輩か。スカーフの色で一学年下だと分かった。挨拶をされた後ろにいる相手が、おはようと返している。


「驚かすなよ」


 小声で言った言葉は登校してきている学生の喧騒に掻き消された。




 教室について机に突っ伏す。仲の良い人間などいない。廻りのクラスメイトと先生が揃うと長い授業の始まりだ。自然と瞼が落ちてくる。眠気が限界に達していた。






――暗闇が増大する。夕日が黒く染まっていく。何か。強く恐ろしい何かが目の前にいた。汗が背中を流れ落ちる。怖くて体に力が入らない。だけど、引く訳にはいかなかった。精いっぱいの虚勢を張る。


「奈々。奈々。大丈夫、ここは僕が」


 隣で怯える小さい奈々を後ろ手に僕は庇った――


 なんだこれ。奈々って昨日の。僕は……何が居たんだ? そこに。


――「記憶を封じます、爽様」


 男の声に頷く。


「驚いたな。いや流石と言うべきか。だが、爽様の記憶が戻った時、封印が解けるかもしれん。奈々、それまでは爽様に近づいてはならん。どんな事があろうともだ」


 幼いの頃の奈々が泣いていた。僕の着物の袖を離さない。男がその手を優しくほどいた。そして――


 頭が痛い。もう少しで思い出せるのに、何かが邪魔をしている。


――憎いぃ。おまえが憎いぃ――




 思わず飛び起きた。机と椅子がはずみで倒れ大きな音が響き渡る。クラスメイトが驚いた顔をして僕を振り返った。暗く恐ろしい声がまだ耳に残っている。汗で濡れたシャツが冷たい。


「どうした、向井」


 古文の授業中だった、のか。先生も黒板に走らせていたチョークを止めてこちらを見つめていた。


「なんでもありません」


 酷く寒い。震える体をなんとか抑え込む。


「具合が悪そうだな、保健室へ行け。保健委員」


「はい」


「一人で行けます!」


 先生が返事をした生徒に何か告げる前に、慌てて遮って教室を飛び出した。





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