夢夢夢夢夢

神原

第1話

「う、ん」


 ふと瞼を開いた。どこだろう、ここは? 見覚えのある様な風景が広がる。ごつごつした感触で、地面に横たわっていた事に気づく。それに冷たい。


「は、はだか!」


 いつの間にか綺麗な泉の岩陰で眠っていた。取りあえず起き上がると、隠す物はないだろうかと辺りを見回した。岩の脇から生えた草はどれも細長くて使えない。ああ、着る物がほしい。


 突然、水面が盛り上がった。


「うわっ!」


 驚いて苔むした岩に足を取られ、たたらを踏む。


 現れたのは白い蛇。小さい姿だが水面は大きく揺らいでいる。思わずあっけにとられた。その蛇が悠々と泳いでこちらに向かってきていた。


「やっと会えた」


 喜んでいる様な声音で蛇が、しゃべった。


「嘘だろ」


 そう呟かずにはいられなかった。右頬をつねってみる。いたっ! 夢じゃない? もう一度右手で顔を軽く叩いてみた。やっぱり痛い。


 だんだんと風景がかすんでいく。白蛇と僕だけを残して泉は壁に掛かっていた小さい絵の中に消えていった。


「え?」


 何が何だか分からない。寝巻もきちんと着ていた。裸は? 服はどこから出て来た?


「絵の中に入るのは……初めてだよね、爽。七宝行者だけが扱える術よ」


 なんとなく言葉を詰まらせた白蛇の姿がぼやける。だんだんそれは人の形をかたどると、

「おっ久ぁ」

 女の子の姿になっていた。立て続けに起こる不可思議な出来事に我を忘れてただ眺める。久しぶり? その言葉に、

「誰?」

 と思わず呟く。


 黒いショートの髪をした愛らしい女の子。そう思った瞬間、脳を何かにかき乱される様な鈍い痛みが沸き上がる。ああ、頭が……。段々と痛みが大きくなって映像や音が浮かんでは消えた。何も考えられない。


 痛い。今日のは特に酷い。ぐるぐる回る視界にぐらつきながら、左手で頭を押さえる。幼い時の記憶がないのと何か関係しているのか? こう言う事が最近頻繁に出る様になっていた。


「あ、ええと。初めまして、あたしは……」


 名乗ろうとするのを遮って呟く。


「ごめん。ちょっと、頭が」


 押さえたあたりがぎりぎりと痛む。汗がにじんだ。激痛に耐えられず、片膝をついた。明滅する視界の中で彼女が隣へと移動して来る。


 痛みが……引いていく。ほっと息を吐き出す。背中に当てられた手から穏やかな波動が生み出されていた。僕の横で彼女が何かを呟いている。


「ありがとう。なんだか分からないけど、楽になった」


 安堵したのか、それでも幾分落胆した様子で彼女はうんと首を振る。そして笑顔を向けてくれた。


「あたしは奈々。よろしく」


 僕が知りたいのは名前じゃなく、この状況だった。明かに異様な事を彼女はやってのけた。それに対して直に順応している自分。なんなんだ、これ。


「あー。えと」


 不審な眼差しで奈々を見る。不穏な空気を感じたのか彼女がたじろいでいた。


「じゃ、そういう事で」


 再び蛇になり壁へと向いて。絵の中へ。その寸前で急いで尻尾を掴む。


「いやん」


「いやんじゃない。説明していけ」


「やだ」


 即答かよ。額の血管が少しだけぴくついた。


「いじわるで言っているんじゃないからね。まだ、今のあなたには毒になるかもしれない。それが分かった。だから」


 そう言うと何かを唱えた。そして尻尾をぶち切って絵の中に消えてしまった。布切れが手に残る。尻尾だったそれを僕は握りしめた。


 目が冴え、もんもんとした夜が過ぎていく。季節外れの猫の喧嘩も、眠れない夜に拍車をかけている。そして秋も終わりと言う事もあって寒さが厳しかった。






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