第六話 呪われた
町で鑑定ショップを経営している、Ⅰさんという男性から聞いた話だ。
鑑定ショップというのは、文字どおり、冒険者が持ち込んだアイテムを有料で鑑定する店である。
冒険者がダンジョンを探索していると、様々なアイテムが手に入る。HPの回復に必要な薬や、強力な装備品、あるいは宝石や金貨、希少なモンスターの鱗、鍵のかかった宝箱――と、物は千差万別だ。
冒険者の中には「トレハン」と称して、そういったアイテム収集をメインに活動する者もいる。
冒険者ギルドでは、そんな冒険者のアイテム収集を助けるために、特殊な機能を備えたバッグを配給している。これは抜群の耐久性に加えて、「どんなサイズのものでも入る代わりに、入れられる総数が限られている」というユニークなもので、小型のバッグなら二十個、大型なら五十個まで、自由にアイテムを収納できる。
なお、配給されるバッグは一人一つまでで、高ランクの冒険者ほど容量の大きなものを使用できる、というルールだ。
ただし、アイテム収集をする上で、気をつけなければならないことがある。
――ダンジョンで拾ったアイテムは、何の警戒もなく使ってはならない。
この注意を怠ると、思いもよらない事故を招く可能性がある。
例えば、薬だと思って飲んだら爆発したとか、普通の鎧だと思って装備したら脱げなくなったとか、そんな具合だ。前者はアイテム効果の誤認、後者はアイテムが呪われていたことによる事故で、こういうことは割とよくある。
また、鍵のかかった宝箱を強引に開けようとして、仕掛けられていた罠を作動させてしまう、というケースもある。
いずれにしても、冒険者の鑑定眼には限度がある。もちろん盗賊や学者など、アイテムの扱いに長けた
Ⅰさんの店では、通常の鑑定に加えて、持ち込まれた宝箱の開封もおこなう。また、呪われたアイテムの解呪も請け負っている。
そんなⅠさんのもとに、一風変わった「呪いの品」が持ち込まれたのは、今から二箇月ほど前のことだったという。
持ち込んだのは、ドワーフのDさんという男性だった。
ドワーフらしい筋骨隆々の体を金属の鎧で覆い、巨大なバトルアックスを背負った、典型的な剣士である。Dさん曰く、もともと斧でモンスターを叩き伏せる以外に興味がなかったが、より強力な装備品を求めるうちに、自然とトレハンにはまっていたという。
それはともかく――そんなDさんが持ち込んできたアイテムは、武器でもなければ防具でもない、極めて珍しい代物だった。
……人形だ。
直立した、幼い女の子を模したと思われる、精巧な作りの人形である。ただしその顔立ちは、一般的に見られる人形のそれとは、かなり違っている。
一番の理由は、目の形だろう。人形の目といえば、大抵は丸くクリッとしているが、こちらはまるでアーモンドを横に寝かせたような、細い目になっている。瞳も黒々と染まっているから、そもそもモデルとなった民族が違うのかもしれない。
髪は黒一色のロングヘアで、前髪は眉の上できれいに切り揃えられている。
鼻は小さく、肌は白い。ふっくらとした、柔らかそうな頬が愛らしい。
身に着けている服は、やはりどこかの民族衣装のようだ。もっとも、Ⅰさんの鑑定眼をもってしても、それがどのような土地の、どのような種族由来のものなのかは、皆目分からなかった。
こんな珍しい人形を、いったいどこで手に入れたのか――。Ⅰさんが興味津々で尋ねると、Dさんは肩をひそめて答えた。
「ダンジョンだよ。決まってんだろ? 冒険者が何か拾ってくるって言ったら、ダンジョン以外にねぇよ」
それはまあ、そのとおりだ。
聞けば――数日前にこの町のそばにあるダンジョンを探索していた時、通路の片隅に佇んでいたのを見つけて、回収したのだという。
……転がっていたのではなく、きれいに立っていたらしい。それも妙な話だ。
とは言え、特に危険は感じなかったそうだ。モンスターが擬態しているわけでもなければ、罠が仕掛けられているわけでもない。ならば、とりあえず頂戴しておくのが冒険者というものだ。
それにもしかしたら、特殊な効果が隠されたマジックアイテムかもしれない――。そんな期待も抱きつつ、Dさんは人形を拾い上げ、自分の大型バッグにしまい込んだという。
ところが町に戻った後、酒場で鑑定スキルを持った仲間に見てもらったところ、特にこれといって効果のない、本当に何の変哲もない人形であることが分かった。
であれば、冒険者にとっては無用の長物だ。Dさんはそれを、さっさと雑貨屋に売り払ってしまった。
……と、ここまではよかったのだ。
その翌日のことである。
Dさんが再びダンジョンに出かけて、アイテム収集に勤しんでいると、ふと覗いたバッグの中に、奇妙なものを見つけた。
……人形だ。
昨日売り払ったはずのあの人形が、なぜかまた、自分のバッグに収まっている。
変だな、と呟きながら、バッグから人形を引っ張り出す。持ち上げて、裏返したりして、あちこち見る。
やはり昨日の人形で間違いない。
……もしかしたら、売り払ったというのは、記憶違いだったのだろうか。
Dさんはそう思った。昨日は町に戻ってからすぐに酒を引っかけたため、酔って勘違いをしていたのかもしれない。
Dさんはそう結論づけ、人形をその場に捨てた。こんな役に立たないアイテムで、バッグ内の貴重な枠を埋められるのは、ごめんだった。
真っ暗な
Dさんは気にせずに、その場を去った。
ところが――だ。
その後、バッグを宝物でいっぱいにして、町に戻ってきたところで、またもDさんは、首を傾げることになった。
……人形が、入っていた。
……もちろん、バッグの中に。
だが、確かに捨てたはずだ。そう思ってバッグの中身をよく検めてみると、探索の最後に手に入れた宝箱が、どこにもない。どうやらこの人形は、あの宝箱と置き換わる形で紛れ込んだらしい。
Dさんは大層憤慨しながらも、とりあえず雑貨屋を訪ねた。
いつものように不要なものを買い取ってもらうためだが、雑貨屋の店主はDさんが持ってきた人形を見て、こんなことを言ってきた。
「その人形、いつの間にかうちの倉庫から消えてたんだけどさ。あんた、まさかうちに買い取らせといて、後で盗み出したんじゃないだろうな」
もちろん誤解である。とは言え、店主が疑うのも、もっともだろう。
Dさんは事情を説明し、「金はいらないから」と、ただで人形を渡した。今度こそ厄介払いをしたつもりだった。
ところが、その翌朝のことだ。
Dさんが宿で目を覚ますと、枕元に置いてあるバッグが、妙に膨らんでいる。
おや、と思い、中を覗くと――。
……また、人形が収まっていた。
真っ黒な目が、まるで、じっとDさんを見つめているようだった。
Dさんは思わず、ゾクリとした。
それから雑貨屋に行って確かめると、やはり人形が倉庫から消えていたという。
「あんた、その人形、呪われてるんじゃないか?」
店主が憮然とした顔で言った。もし本当に呪われたアイテムなら、売却前に解呪をしておくのがマナーだ。
Dさんは店主に人形代を払い、正式に人形を引き取ると、その足でIさんの鑑定ショップを訪ねた――と、こういうわけだ。
……話を聞き終えたIさんは、怪訝な顔で、人形をしげしげと見つめた。
捨てても捨ててもバッグに戻ってくる人形……。確かにそう聞くと、呪われたアイテムのように思える。よく「装備すると脱げなくなる鎧」というのがあるが、それに似たパターンだ。
ただ、一つ問題がある。
Iさんは鑑定の専門家だから、呪われたアイテムを一目見れば、「ああこれは呪われているな」というのがすぐに分かる。この鑑定眼は、勘や経験といったあやふやなものではなく、Ⅰさんが習得している鑑定スキルによるものだ。
しかし、このスキルを使って人形を調べると――。
……この人形は、呪われていない。
呪いなど検知できない。これはただの、一風変わった姿の人形であって、それ以上でも以下でもない――。これが鑑定結果だ。
しかしDさんは、Iさんのこの結論に納得しなかった。
何しろ、どんなに手放しても戻ってくるのだ。呪われている以外にあり得ない、という。
「とりあえず解呪魔法をかけてくれ。ちゃんと解呪料は払うから」
あくまで真剣に、Dさんはそう頼んできた。
Ⅰさんは――少し考えてから、「分かりました」と頷いた。
たとえ形だけの解呪でも、それで相手の不安が紛れるなら、請け負っていいのかもしれない。そう思ったからだ。
さっそくDさんから人形を受け取り、抱きかかえる形で店の奥に運んだ。
人形は、赤ん坊ほどのサイズがあって、ずっしりと重たかった。まるで、本物の人間の子供のようだ。
奥にある女神像の前に人形を置き、Iさんは解呪魔法をかけた。
もし本当にこの人形が呪われていたとしても、これで大丈夫なはずだ。
Iさんは、Dさんから解呪料を受け取ると、人形を返そうとした。
だがDさんは、首を横に振った。
「いらねぇよ。こんな気味悪い人形、もう二度と見たくない……。あんた、よかったらこいつを貰ってくれないか?」
その言葉にⅠさんは苦笑し、それならばと、自分が人形を引き取ることにした。
こうして、奇妙な人形騒動は幕を下ろした――かに思えた。
……その夜、Ⅰさんの鑑定ショップから、人形が忽然と姿を消すまでは。
その後Ⅰさんの調べによって、人形の一応の正体が分かった。
人伝に聞いたのだが、あれは「イチマツ」と呼ばれる種類の人形らしい。
ただし、この世界には存在しないものだ、とも言われた。
しかしなぜ、この世界に存在しないはずのものが在って、名前まで知られているのか――。その辺の事情は、よく分からないままだった。
イチマツの名を教えてくれた人も、あくまでイチマツを知っている別の人から、何かの折に聞いただけらしい。
ついでに言えば――イチマツには、特に「持ち主のもとに帰る」という機能はないそうだ。
……まあ、当然だろう。あれはどう見ても、ただの人形だったのだから。
それでも、消えてしまったは事実だ。
――もしかしたら、またDさんの手元に戻ってしまったのかもしれない。
Iさんはそう考えたものの、納得はできなかった。
ただの人形。しかも、解呪魔法さえかけた。いったいなぜ、それが勝手に持ち主のところへ戻っていくのか。
もしかしたら、自分が知るものとはまったく別次元の「呪い」が、あの人形には宿っていたのだろうか。
……イチマツは、こことは別の世界から来た人形だという。だとすれば、この仮説も、あながち間違っていないのかもしれない。
そう考えて、Iさんは思わず、背筋に冷たいものを感じたという。
いずれにしても、Dさんが再び店を訪ねてくることは、なかった。
そうして、一箇月以上が経った。
ⅠさんがDさんとばったり再会したのは、隣町の市場でのことだ。
Dさんは、すっかり様子が変わっていた。
斧も鎧も装備せず、荷物を肩に担いで、市場の中を行ったり来たりしていた。
驚いて声をかけてみると、Dさんは決まり悪そうに、こう答えたという。
「おう、あんた確か、鑑定ショップの人だったな。……俺はもう、冒険者は引退したんだ」
今は自慢の体力を生かして、この市場で働いているらしい。
しかし、いったいなぜなのか。Iさんが理由を尋ねると、Dさんはそっと、わけを教えてくれた。
今なお背に負った、アイテムバッグを指して。
「コレがなぁ、もう使えなくなっちまったんだよ」
「壊れたということですか? でもそれならギルドに申請して、新しいのを貰えばいいのでは……?」
「いや、壊れたなら新しいのを貰えるんだがな。べつに壊れちゃいねぇんだ。だから、追加でもう一つよこせって言ったら、それはルール違反だとかで……」
ぶつぶつ言いながら、Dさんはバッグを下ろし、口を開けてみせた。
中に、何かが大量に詰まっていた。
白い欠片。髪の毛の束。衣装の切れ端。黒い目玉。小さな手首。足首……。
「あまりにしつこく戻ってくるからさ。カッとなって、斧で叩き壊したんだ。そうしたら――」
……バラバラのまま、何度でも戻ってきやがる。
Dさんはそう言って、力なく笑った。
このバッグに入るアイテムは、五十個まで。
つまり、もうこれ以上、新たにアイテムを入れることはできない。
だから――Dさんは、冒険者を辞めたのだそうだ。
ちなみに、いまだにバッグを背負っているのは、他にバラバラの人形をしまっておける物がないかららしい。
おそらくDさんは、この冒険者のバッグを一生背負い続けるのだろう。それこそ、呪われたように……。
Iさんは震えながら、心の中でそう思った――ということだ。
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