第四話 挑まれた

 異世界で魔王として君臨している、Gさんという男性が体験した話だ。

 Gさんは普段、魔王城のぎょくにいる。

 この城は巨大なダンジョンになっていて、玉座の広間はその最奥部にある。だから、部外者がおいそれと入り込むことはできない。

 それでも時折、Gさんの討伐を目論む冒険者が、あまのモンスターと罠を突破して、訪ねてくることがある。

 Gさんの役目は、そんな凄腕の冒険者を「勇者」と称え、迎え撃つことだ。

 もちろん勝負をすれば、Gさんの方が勝つ。

 今のところ、Gさんを追い詰めるほどの強者が訪ねてきたことはない。たまに多少善戦する者もいるが、Gさんがより強力な形態に変身すると、呆気なく倒れてしまう。

 おかげでこの世界の女神達は、新たな勇者候補の発掘に追われているという。

 もっとも勇者側もしたたかなもので、たとえGさんから致命傷を受けても、ダメージを「HPの減少」という形に変換して、城の外に脱出してしまう。逆に致命傷に至らなかった場合は、怪我も痛みもないままHPが減るだけで済むため、しつこく立ち向かってくる。

 言わば彼らなりの保険なのだが、何だか安全圏から石を投げつけられているみたいで、大層不愉快だ。

 だから最近は、Gさんも勇者に倣って、HPのシステムを取り入れている。あれはもともと神々の加護によるものだから、真似るぐらい容易い。

 Gさんのブレスレットに輝く宝石には、数十万という膨大な数値のHPが、ゲージの形で表示されている。勇者のHPがだいたい数百程度だから、これはかなりの差だ。

 もっとも――このシステムでは、戦闘に張り合いがない。

 お互いに痛みがなく、勇者側に至っては、絶対に死ぬことがない。これでは興を削がれる。

 せめて命のやり取りぐらい、真剣にしたいものだ――。怖いもの知らずのGさんは、常日頃からそう思っていたという。

 そんなある日のことだ。

 Gさんがいつものように玉座に着いて、いつ訪れるかも分からない新たな勇者をぼんやりと待っていると、不意に広間の扉が開いて、ぬっ、と何者かが入ってきた。

 ……知らない男だ。

 歳は若い。おそらく二十代から三十代といったところだ。

 しかし、そのうつむき気味の顔には生気がない。表情もなく、まるで死人のようである。

 おそらく勇者ではないだろう。なぜなら男は、武器や防具といった装備を、何一つ身に着けていないからだ。

 いや、そもそも服装がおかしい。服の形、生地の素材から、模様に至るまで、今まで見たこともないようなものを着ている。

「何者だ、貴様」

 Gさんが威圧的に尋ねたが、男は答えない。

 答えずにただ、ずっ、ずっ、ずっ、と……。

 足も動いていないのに、滑るように、こちらに近づいてきた。

 そして、Gさんが座る玉座の周囲を、ずっ、ずっ、ずっ……と回り始めた。

 右から左へ、反時計回りに。

 その奇妙な動きを、Gさんが視線で追う。

「勇者ではなさそうだな。ならば私の配下か? ……いや、この城に貴様のような者がいたか?」

 Gさんがもう一度尋ねる。男はただ反時計回りに、ずっ、ずっ、ずっ……と滑り続けるばかりで、一言も答えない。

 さすがに腹が立った。

 この広間を訪れる者に許されるのは、Gさんに挑むか、かしずくかだけだ。このようなわけの分からない者が紛れ込むなど、あっていいはずがない。

「無礼者!」

 Gさんは一喝するや、男に向かって手をかざし、暗黒の雷を放った。

 勇者でさえ致命傷を負うほどの威力だ。たかだか不審者の一人ぐらい、簡単に消し飛ぶに違いなかった。

 ……ところが、だ。

 焼け焦げた床が煙を立ち昇らせる中、男は相変わらず、平然と滑り続けている。

 やはり生気のない表情で、ずっ、ずっ、ずっ……と。

 Gさんは苛立ち、玉座から立ち上がって、もう一度雷を放った。

 男がダメージを受ける様子は、やはりない。

 ならばと、業火を浴びせてみた。しかし何事もない。瘴気を吹きかけても、メテオを降り注がせても、男は平然としている。

 ――いったいなんだ、これは。

 Gさんは愕然としながら、男を睨みつけた。

 自分のあらゆる攻撃が効かない。こんな馬鹿げたことなど、たとえ勇者が相手であっても、あり得ないというのに。

 ……と、その時だ。

 再び広間の扉が開き、また一人、別の者が入ってきた。

 今度は若い女だ。武装はしていない。

 俯き気味で、表情がなく、生気もない。

 それが男に続くように、ずっ、ずっ、ずっ……と、Gさんの玉座の周囲を回り出した。

 右から左へ、同じく反時計回りに。

「何だ貴様は。その男の仲間か」

 Gさんが尋ねても、やはり答えは返ってこない。

 そうこうしているうちに、またも扉が開いて、見知らぬ数人の子供がぞろぞろと入ってきた。

 皆一様に生気がなく、ずっ、ずっ、ずっ……と反時計回りで、玉座の周囲を回り始めた。

 Gさんは――諦めて、玉座に腰を戻した。

 気がつけば、すっかり妙な連中に囲まれている。

 試しにもう何発か、雷を放ってみた。

 もちろん、効き目などない。

 そこへまた扉が開いた。

 Gさんがうんざりした顔で目をやると、今度はよく見知った側近のデーモンが立っていた。

「魔王様、先程から攻撃魔法の音が聞こえているのですが、何かございましたか?」

 怪訝そうな顔で、側近が尋ねてくる。Gさんはすぐさま玉座の周りを指し、叫んだ。

「愚か者、こやつらの姿が見えぬか! 即刻摘み出せ!」

 しかしGさんの言葉に、側近はやはり怪訝そうな顔で、こう返しただけだった。

「魔王様の他には、誰もいないようですが……?」

 そんな馬鹿な、とGさんは思ったが、側近は至って真面目な顔である。

 ということは――この得体の知れない連中は、自分の目にしか映っていないのだ。

 Gさんがそう悟った直後、側近が心配そうに尋ねた。

「それより、大丈夫ですか? お顔の色がお悪いご様子ですが……」

「ふん、馬鹿馬鹿しい。私がこやつらを恐れているとでも言うのか? 見よ、我が体力は万全――」

 そう言いながらGさんは、自分の腕に嵌めたブレスレットの宝石に、目をやった。

 ……数十万あったはずのHPが、いつの間にか、わずか三桁にまで減っていた。

 しかも残されたゲージすら、今なお少しずつ減り続けている。

 Gさんはハッとして、玉座の周りを見た。

 ……自分を囲んで、ぐるぐると反時計回りを続けている、奇妙な連中。

 ……原因は、この者達以外に考えられない。

 思わず肌があわった。

 魔王であるGさんにとって、初めての感覚だった。

 それからGさんは、急いで玉座から離れると、側近を連れて広間から逃げ出した。

 扉を抜ける時にふと振り返ると、つい今まで玉座を囲んでいた全員が立ち止まり、じっ……とこちらを見つめていた。


 Gさんが城を引き払い、別の地に新たな魔王城を建てて移り住んだのは、それから程なくしてのことだ。

 前の城はただのダンジョンとして、配下に譲り渡した。

 もっとも、その城にいると次々と怪しい出来事に遭うとかで、なかなか配下も居つこうとしてくれない。

 かつての魔王城は、今やすっかり事故物件扱いだ、ということだ。

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