第三話 ダンジョンをさまようもの

 詳しい場所は伏す。某村の近くにある遺跡型のダンジョンには、が出ると言われている。

 例えば、冒険者のAさんという男性は、次のような体験をしている。

 Aさんが他の冒険者達と四人でパーティーを組んで、このダンジョンを探索していた時のことだ。

 メンバーは、前衛に剣士が二人。後衛には魔術師が一人と、Aさん。ちなみにAさんの職業クラスは狩人で、弓を使った戦闘と、サポート役を兼ねている。

 典型的なバランス重視のパーティーである。一見安定感があるが、しかしAさん達がこの遺跡に挑むのは、今回が初めてだった。

 当然地図のようなものもない。入り組んだ通路がどう繋がるのか。どんな敵がいるのか。どんな罠が仕掛けられているのか――。何も情報がないまま、かなり手探りでの探索である。

 そのため一同が慎重に足を進めていると、ふと剣士の一人が、正面奥の曲がり角を指して、小声で囁いた。

「今、誰かがあの角を曲がっていった気がする」

 何でも、暗がりの先に消えていく後ろ姿が見えたのだ、という。

 もしかしたらモンスターかもしれない。だとすれば、曲がり角の先でこちらを待ち伏せている可能性がある。

 さっそくAさんは、「エネミーサーチ」という、狩人専用のスキルを使ってみた。これはモンスターの居場所を察知することができる能力で、今回のように奇襲を警戒する時には、打ってつけだ。

 ……だが、特にモンスターの反応はない。

 ならば、今見えた後ろ姿の正体は、モンスター以外、ということになる。

 ひょっとしたら、他にも冒険者がここに来ていて、それが先を進んでいるのかもしれない。Aさん達はそう考えて、こっそり後を追うことにした。

 もっとも、合流が目的ではない。もともと冒険者のパーティーは、概ね四人から六人がいいとされている。戦力と、報酬の分け前を天秤にかけた上での、これが最適な人数というわけだ。

 だから目的は、合流ではなく、だ。

 他の冒険者に先に歩いてもらい、通路の安全を確かめる。もし敵の奇襲などがあっても、それは向こうがすべて引き受けてくれる。自分達は後から安心してついていけばいい、というわけだ。

 まあ、「冒険者」という勇ましい肩書きにはそぐわないが、これもまたダンジョンで生き残るための知恵である。Aさん達はそう割り切って、そっと曲がり角の先を覗き込んだ。

 確かに――誰かが、先を歩いている。

 まっすぐ伸びた石造りの暗い通路を、カツ、カツ、と足音を立てながら進む人影がある。

 しかも、一人ではない。暗がりではっきりとは見えないが、ざっと四人。やはり別の冒険者のパーティーだろう。

 Aさん達は足音を殺して、後を追った。

 カツ、カツ……と前の人影が進む。

 向こうの足取りは緩い。これならば、見失う心配はないはずだ。

 Aさんがそう思った時だ。

 さっきとは別の剣士が、不安そうに呟いた。

「なあ……あいつら、本当に冒険者なのか?」

 その言葉にAさんは、前方に目を凝らした。

 言われてみれば――確かに少しおかしい。

 もちろんここからでは、先を進む四人の詳しい姿は見えない。

 しかし、おぼろに分かる部分もある。

 例えば、彼らの姿勢だ。

 ……全員が、両腕をだらりと下げているように見える。

 普通、ダンジョンを進む冒険者なら、手に武器を持つ。あるいは盾を構える。

 場合によっては松明たいまつを掲げたり、バッグに入り切らない宝箱を抱えることもあるだろう。

 少なくとも――全員の両手がフリーになるなど、あり得ない。

 他にも、奇妙な点はまだある。

 あの四人は探索中だというのに、敵の襲来に備えている様子がない。

 身を低くすることもなければ、曲がり角の前で立ち止まることもない。まるで、ただ無警戒に、だらだら歩いているだけのようにも思える。

「……あいつら、装備着けてないよな?」

 剣士が駄目押しで、そう囁いた。

 よく見れば確かに、彼らは誰一人として、武器も防具も身に着けていないようだ。

 ……だとしたら、あれは何者なのか。

 Aさん達は、思わず足を止めようとした。

 だが、その最後の一歩を踏んだところで――。

 ……突然、床が抜けた。

 落とし穴だった。

 Aさん達四人は、あっという間にHPをすべて失い、全滅した。

 もっとも、命に別状はなかった。神々の加護により、すぐに近くの某村に転送されたからだ。

 とは言え、強敵に敗れたのではなく、単純に罠にかかって全滅――という、かなり不名誉な結果である。パーティーの誰もが、苦い顔を浮かべるしかなかった。

 しかし一方で、全員の中で、同じ疑問が渦巻いていた。

 ――先を進んでいたあの四人は、なぜのだろう。

 同じ通路を進んでいた以上、罠を踏んで全滅するのは、向こうの役目だったはずだ。なのに、彼らの身には何も起きず、後ろを歩いていた自分達だけが被害に遭った。

 ……考えてみれば、不可解な話だ。

「ゴーストだったんじゃないですか?」

 魔術師が言った。確かに、ダンジョン内をさまようアンデッドの類に騙された……と考えれば、納得も行く。

 もっとも、それを聞いたAさんは、すぐに首を横に振った。

「ゴーストなら、エネミーサーチに引っかかるよ」

 ……そう、そこが問題なのだ。

 もしあれがアンデッドならば、所詮モンスターの一種なのだから、索敵スキルでそれと分かるはずである。しかし実際にスキルを使っても、何の反応もなかった。

 つまり――は、Aさん達が知るようなアンデッドではなかったわけだ。

 かと言って、おそらく冒険者でもない。

 ……だとしたら、

 結論は出なかった。ただAさん達はそれ以来、このダンジョンには挑まなくなった、ということだ。


 このダンジョンでは、似たような話が、いくつもある。

 例えば、ある新米冒険者だけのパーティーが、やはり探索の途中で、前を行く四つの人影を見かけた。

 おそらく別のパーティーだろう、と考えた冒険者達は、後をつけるのではなく、合流しようとした。純粋に、頼れる戦力が欲しかったからだ。

 ところが、後ろから「おーい」と呼びかけても、反応がない。

 妙だなと思いながら、冒険者達は急ぎ足で、人影の方に向かった。

 そして、あと数歩で追いつく、というところで――。

 ……ふっ、と人影がいっせいに消えた。

 薄暗い通路の中、まるで闇に溶けたかのように、姿がまったく見えなくなった。

 冒険者達は驚いて辺りを確かめたが、隠し扉や落とし穴の類は、どこにもない。かと言って、瞬間移動用の魔法やアイテムを使った様子もなかった。

 つまり、人が忽然こつぜんと消える理由が、まったくないのだ。

 一同は何だか恐ろしくなって、すぐに元来た通路を引き返したという。

 また、こんな話もある。

 Sさんという聖騎士パラディンが、あるパーティーに参加した時のことだ。

 聖騎士は、盾の扱いに長けた職業クラスである。そのため探索中は、常に全員の先頭に立って、後ろを守るのが役目だ。

 この時もSさんは、巨大な盾を構え、パーティーの先頭を慎重に歩いていた。

 ところが――どれぐらい深くまで潜った頃だろうか。

 ふと気づくと、後方にいる仲間達の息遣いが消えている。

 まさかはぐれたのか、と思い、Sさんは急いで後ろを振り返った。

 そこには、仲間達の姿はなかった。

 ……代わりに、見知らぬ人影が四つ、Sさんに背を見せるように、後ろ向きで立っていた。

 ……そして、ズリ、ズリ……と後ろ歩きで、Sさんにピッタリとついてきていた。

 Sさんは驚いて逃げるように走り出したが、直後、落石の罠に引っかかってしまい、HPが尽きて、あっさりと村に送り返された。

 ちなみに本物の仲間達は、Sさんよりも先に村に戻っていた。聞けば、途中でモンスターの襲撃に遭ったのに、なぜかSさんだけが戦闘を無視して先に行ってしまい、おかげで残りのメンバーは全滅したのだという。

 しかしSさんには、そのような記憶がない。

 いったいどこでどう間違えたのか。いや、それ以前に、Sさんの背後についていた後ろ歩きの集団は、何だったのか――。

 これも結論は出なかった、ということだ。

 ……こんな事件が頻繁に起こるので、いつしかこの遺跡は、冒険者達の間で「幽霊ダンジョン」と呼ばれるようになった。

 もっとも、ここで遭遇するのは、いわゆるゴーストではない。

 冒険者の中には、試しに「ターン・アンデッド」という、アンデッドを消滅させる呪文を唱えてみた者もいたが、まったく効き目がなかったそうだ。

 果たして、この人影の正体は何なのか――。それを知る者は、誰もいない。

 ……おそらく、女神のLさん一人を除いては。


 ちなみに、この一連の話をLさんに聞かせると、「お経なら効くと思います」と笑顔で教えてくれた。

 何でも、「死者は死者でも概念……というかが違うので、本来の適切な対処法を用いなければならない」のだそうだ。

 ただ少なくとも、異世界の住人は、経など唱えられないだろう。

 だからLさんは、次の勇者候補はお坊さんを選ぶ、と言っている。

 ……冒険者達の安全のためにも、早めにお願いしたいものである。

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