そんな我らにも、急転直下の悲劇とはやってくるもので。

 ある雨の日、市川が死んだ。


 コンビニで好きなアニメの期間限定食玩クリアカードコレクションを購入してうきうきしていた私は、市川が死ぬその瞬間を目の当たりにしてしまった。

 雨降りで陸上部の練習がなしになったらしい市川が、反対の歩道に無表情で突っ立っていた。その目線の先には、年上っぽい男の人と共に一つの傘に入って下校していく委員長先輩の後ろ姿。お兄ちゃんでしたというパターンも、先輩のぎゅっと巻き付いた腕によって否定される。可愛い顔してこんなベタな失恋展開を持ってくる先輩に、わお、と一声出てしまった。

 市川は周りの友達がバス停へ向かう中、傘も差さずに立ち止まったままでいた。


 翌日、弔いの言葉をかけるべきか悩みつつ登校すると、市川は欠席していた。市川周りの男子に聞いたところ、熱を出したのだと言う。どんな様子かメッセージを送ってもらうと、数時間してから「死んでる」と一言返信が来た。


 私はイケメンさんのケーキ屋へと走った。

 市川のこの死は、青春やってる人間にはたぶん付き物の死で、クラスメイトの女子一人がわざわざ息を切らして駆け付けてやるほどの重大な死亡事故なんかじゃない。きっとありがちな死だし、ただ委員会が同じなだけの男子だし、別にほっとけばいいと思う。なのに私は、市川を救ってやりたいと思った。ドキによる死は、ドキによってのみ救われる。市川には、私のこの自分勝手な理屈が通じると思った。


「いちごタルト一つ、ください……!」


 息を切らしたまま注文。レジのお姉さんは私の勢いにびっくりしつつ、いちごタルトを丁寧に箱に入れてくれた。

 レジの向こうを覗くと、隙間から厨房が見えた。そこに立つ、白いエプロン姿のイケメンさん。写真で見た通りの素敵な横顔。

 告白するなら今しかない、と思った。


「あの! 私、このいちごタルト、死ぬほど大好きです!」


 お店中を突き抜けるくらいの大声が出た。たぶんすごく恥ずかしいことをしているけど、ドキが極まった人間というのは無敵なのだ。

 イケメンさんがこっちを向いて、にこっと笑った。


「ありがとうございます」


 ど真ん中だった。心臓のど真ん中にドキの一撃を食らい、私はぶっ倒れた、心の中で。

 完全に致死レベルのドキ。再起不能かもしれないやつだった。でも死んでる場合じゃない。私はこのドキを、生きる熱量そのものみたいなエネルギーを、そのまま市川まで運んでやらなければいけないのだ。頑張って意識を保ち、走り出す。


 市川の友達に聞いた市川の家の場所を頼りにそれっぽい家にたどり着いた。ピンポーンとやると普通にお母さんらしき人が出たのでちゃんと自己紹介した。


「市川くんのクラスメイトの後藤です。市川くんのお見舞いに来ました」


 突然の私を、市川は予想してた驚愕の三倍くらいの驚愕で迎えてくれた。


「なっ、は、えっ、なにし、はぁ!?」

「思ったより元気そうだ。よかったぁ」

「は、なんで来、え、ふっ、普通に熱あるんすけど」

「ごめん、すぐ帰るから。これだけ渡したくて」


 自室で布団をひっかぶった市川にいちごタルトの箱を差し出す。顔の半分、目までが出てきてこっちを見る。

 確かに熱っぽい弱った目つきをしている。あんなに健康とか細胞とかパフォーマンスとか言ってた市川のくせに、雨の中の失恋だけでこんなことになるなんて、我らはみんな脆いものなのだ。


「……これって、ガチのお見舞い?」

「もちろん」

「はぁ、それはどうも……」

「あのね、私さっき、告白してきたんだ」

「は?」

「このケーキ屋のイケメンさんに、死ぬほど大好きですって伝えてきた」

「へ、へぇ」

「ありがとうございます、て言ってくれた。驚いてたけど、嬉しそうだった。それで私、すごく元気が出たんだ。市川んちまでノンストップで走ってこれるくらいのパワーになった」

「は、走ってきたのかよ……」

「うん。ドキは人を生かしも殺しもするし、元気付けたり、勇気を出させたり、救ったりすると思う。だから、ドキで生き返れ、市川」


 いちごタルトの箱を、枕元に押し付ける。走りながらも、タルトが崩れないように細心の注意を払って、大事に大事に持ってきた。

 これは死ぬほどおいしいいちごタルト。私が市川に渡せる、一番のエネルギーだ。


 市川は眉間にシワを寄せた。不可解な生き物を見るような目だ。確かに私は市川にとって不可解な生き物なんだろう。喋ってても意見の食い違いばかりだから、楽しいことに共感もできないし、おもしろいものの共有もできない。でも、ドキは普遍だ。それぞれの我々に、それぞれのドキがある。


 市川は何か言いかけて、なんかもう全部どうでもいいわ、という感じでため息をついた。


「まぁ、熱下がったら食うわ。……ありがとう」


 うん、と私は頷いた。ひとまず、果たしたいことは果たせた。あとは市川の自己治癒力に任せよう。日頃健康に気を遣っている市川だから、きっとすぐに復活するだろう。


「別にいいけどさ、これたぶん思いやりの方向性が間違ってると思う」

「どういうこと?」

「人間熱出てる時は誰にも会いたくないだろ。押しかけるのとかやめた方が今後のお前のためだと思う。まぁ別に俺関係ないけど」


 また意見の相違か。今回は罵るのではなく、諭すスタイルで来た。関係ないと言いつつも、なんだかんだ指摘してくるその姿勢。一種の思いやりと受け取ろう。

 今回は市川の言い分に一理あると素直に思えたので、以後気を付けます、とうやうやしく返す。


「そういうことで帰ってくれ、ありがとうさようなら」

「ちょっとごめんこれだけ見てほしいんだけど、きのう出ちゃったの欲しかったカード! このキャラデザの良さ、死ねるんだけどどうしよう!」

「ああもうお前の死ぬ話はいい」

「このアニメ三期始まったからぜひ一期から見てほしい。このキャラは二期から出るからね。あ、二期履修後劇場版挟んでから三期ね」

「知るか!」


 最終的に追い返された。抑えきれないドキの暴発は発狂みたいなものだから許してほしい。元気になった市川に、また良き加減で咎めてもらおう。

 今回はだめだったけど、いつか市川のドキが実る日が来るといい。きっと来てくれ、と祈る。


 帰り道、自分の分のいちごタルトも買えばよかったかなーと思った。でもこういうのは時々だからいいんだ、と思うことにした。

 あの宝石みたいにキラキラしたいちごたちと、その周りを取り囲むサクサクのタルト生地に思いを馳せながら、そういえば明日は追ってる漫画の最新話配信日だと気付いて、楽しみすぎてジャンプした。


〈了〉

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いちごタルト殺人事件 古川 @Mckinney

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