いちごタルト殺人事件

古川


 いちごタルトで死にました。


 まさかいちごタルトで死ぬ日が来るとは思っていなかったので驚きではありますが、死因がいちごタルトってなかなか可愛い気がするので大人しく死んどきます。


「いや死んどくなよ」


 市川がスマホの角を私の頭にぶつけたので私は痛ぁあ!と叫んだ。


「こっちは死んでんだから優しく扱ってよ」

「お前先週も死んだだろ。何個目の命だよ」

「イケメンが作ったいちごタルトだよ? その上めっちゃくちゃにおいしかった! 普通死ぬ!」

「うるさい死体だな」


 市川は呆れ顔で見てくる。このむっつり男子、冷めた感じを装うのがかっこいいと思っている節がある。特にこういうドキが極まりすぎて死亡してしまった私への対応が非常に冷酷。

 ドキが極まった状態とは、ものすごくドキドキな出来事のために心拍数が跳ね上がって昇天することを意味していて、簡単に言うと「死ぬ」としか表現できないのでそう言っている。


 先週はガチャで推しキャラSSRが来て歓喜のあまり死んだ。その前はラッコの目隠し昼寝動画の可愛さが異常で死んだ。そして今回はいちごタルトで死んだ。

 近所のケーキ屋さんのイケメンケーキ職人が作ったやつだ。そのお店はそれまでイケメンさんのお父さんがやってたのだけど、修行を終えたイケメンさんが戻ってきてそのお店を継いだのだとか。その人の写真を地元情報誌の記事で見た瞬間、すでに私の半分が死んだ。木々の間を吹き抜けるそよ風みたいな素敵な笑顔だったのだ。しかもちょっと照れてる感じがさらによい。


「こいつケーキ職人だろ? こんな顔写真撮らせないでケーキの写真撮らせろよ。もうこの時点でダメだ。職人なら正々堂々ケーキの味で勝負しろよ」


 と言う市川に、じゃあこの人の作ったケーキがおいしかったら認めろよ、と言って二人してケーキ屋さんに走った。記事にあった、イケメンさん渾身の作であるといういちごタルトを二つ買って食べ、私は死んで、市川は憤慨した。


「悔しいけど確かにあれはうまかった。俺の人生で一番うまいいちごタルトと言える。だけどお前のその外見に左右される価値基準はどうかと思う。あまりにも浅はかだ」

「あのね、外見が素敵っていうのはその人の魅力の一つであってだね、それを勝手に素敵!って思うのくらい純真な女子には全然許されてるんだよ」

「へー。純真な女子はそんなことですぐ死んで忙しい人生だな」

「ドキが過ぎると人は死ぬの。わかんない?」

「わかんないすねー」


 クールな感じで罵ってくる奴である。わりと普通に性格悪いかもしれない。同じ保健委員にならなかったら喋ることもなかったタイプの男子だ。でも真面目な奴なのでアンケート集計はしっかりやってくれる。生活習慣調査。ふざけた回答の人には再提出させたりもしていた。保健委員の鑑である。ただ無記名なのに、スマホの一日使用時間12時間とか平均睡眠時間4時間とか回答したのお前だろ、とプライバシーにまで踏み込んで忠告してくるところはいただけない。


「私の生活にはドキがいっぱいなんだよ。ゲームやら音楽やらアニメやら配信やら、ほんと寝てる暇も惜しいくらい」

「まったく不健康だな。そういうのは細胞レベルであっという間に劣化してくぞ。細胞は寝てる間に自己修復するんだ、寝不足だと自然免疫の働きが低下する。そんなだとここぞという時にいいパフォーマンスができなくなる」


 体のこととなると変な知識をたくさん持っているらしい市川である。陸上部で長距離やってるとかで体作りに関してなにかしらの信念があるようだ。

 そのへんは私と意見の相違があるので、りょうかーい、とだけ言ってアンケート用紙をまとめる。市川のおかげでクラス全員分のものを集めることができたので無事委員長に提出できる。


「俺持ってくし、帰っていいけど」

「いや私も行く」


 にやにやして答えるとすごく怪訝な顔をされる。一緒に行きたいからこうして授業後の居残り作業に参加しているんじゃないかい。そうした私の目論見に気付きもしないところ、クール市川もまだまだ甘い奴なのだ。


 私と市川で保健室を開けると、委員長が、あっ、と顔を上げた。


「ありがとう! 期日通りに集めてくれるクラスが少なくて困ってたところだったの。助かる!」


 可愛い先輩だ。優しいしよく笑うし目が垂れるし。ボブヘアが似合っていて、片方だけ耳にかけてるのがいいなぁと思う。


「そんな集まってないんですか?」

「今で半分くらいかな」

「俺、二年の他のクラスに声かけときます」

「うん、お願い」


 淀みなく柔らかに喋る市川。まるで沢に流れ込む湧き水のような発声。私と喋る時の凍てつく氷水のような声とはまるで違う。

 なんか手伝えることあったら言ってください、と湧き水の声で言う市川。先輩はそれに、ありがとー、と笑う。そこで私はすかさず市川の顔を覗き見る。市川がしっかりドキが極まった顔をしていたので満足して、うんうんと頷く。これが見たくて来たんだよ。


 市川はこの委員長先輩のことが好きだ。接点はこの委員会の時にしかないため、これは市川にとってすごく貴重な時間ということになる。それは同時に、私がドキが極まる市川の顔を見ることができる貴重な時間ということにもなる。

 装っているクールさが一瞬でドキによって溶け落ちるところ、なんかもうやっぱり人はドキに屈服するしかないんだなぁという瞬間を見れてとても楽しいのだ。


 市川はその後、全校アンケートはWEB形式のがいいのでは、などと提案していた。先輩はそれに同意しつつ、先生が紙って言うから、と溜息をついた。お疲れ気味に笑うその顔も、市川からしたらキラキラして見えるのだろう。


「先輩っていちごタルト好きですか?」


 委員会の話ばかりしていても進展がないので、私は世間話を投げかける。市川が一瞬、は?という顔で私を見るけど続ける。


「好きだよ。いちご大好き」

「じゃあ学校前のバス停のとこのケーキ屋さん、いちごタルトがめちゃくちゃおいしいので食べてみてください。ね、市川。おいしかったよね」

「え? ま、まぁ……」


 続けていちごタルトのプレゼンをしつつ、市川にも喋ってもらいつつ、ドキを増幅させようとしていたのに、なぜか市川はそそくさと帰ろうとする。目線で、お前も出ろ、と言われるので、先輩にさよならを言って保健室を出た。


「せっかく布教してたのに」

「なんで俺がお前と一緒に仲良くタルト食べたみたいな感じで喋るんだよ」

「え? そんなつもりは」


 なかったけど、そんなふうに聞こえただろうか。違う、市川は先輩に、私と市川が一緒に仲良くいちごタルトを食べる間柄だと思われたくなかったんだ。そうか。


「うふはははは、ごめん市川。きみ、可愛いとこあるよ。うくくくくく」

「はぁ? なんの爆笑? 気持ち悪」


 その後、市川は部活へ向かった。クールぶってはいたが、明らかにはっきりと足取りが軽く、表情に輝きがあった。先輩というドキを充填したせいだということ、きっと市川は気付いていない。

 それでわかるけど、私のドキと市川のドキは体に出る反応が違う。私はドキで死に、市川はドキで生き生きする。

 生き生きしている市川はとてもいい。ドキは我らの青春を輝かせるのだ。

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