第二十五話「決意の朝」
◇
「リズ?」
その声を聞いて、目が覚めた。
「……ん」
辺りを見渡す。薄暗い路地裏の朝。ボロい家の入口の階段に腰かけている。
ちょっと休む気でいたのにどうも一瞬、寝てたらしい。
「疲れてるみたいね。宿を借りてちゃんと一度寝たらどう?」
「……ううん。まだやらなきゃいけないことあるし。別にいい」
答えつつ、大きく欠伸をした。
ここは首都パルティア。今日は、例の大規模な公開処刑の日。国中から集めた魔女達を正午の時間に纏めて焼くっていう、連中の大掛かりな計画の当日だ。
言うまでもなく、《異端の魔女》のあたしを釣る為の罠だろう。だけど当然、こっちも対策を練ってある。罪人を助けだす為の準備はもう大体終わっていた。後は時間が来たら予定通り進めるだけ。時間が無さ過ぎて徹夜する羽目になったから体調は万全とはいえないけど、まあ何とかなるはずだ。
伸びをしながら立ち上がる。
とりあえず何か食べようかな。あったかいものがいい。
「それで、リズ」
「ん?」
「彼とはあれからどうなったの?」
……やっぱ聞いてきたか。
「どうも、こうも。生き返ったわあいつ。そんだけ」
適当に答えを誤魔化して歩き始めた。その態度で聞くなと示したつもり。
「ふうん」
とてとてとアイラが後ろからついてきて横に並ぶ。やけにこっちを見てるのは気のせいか。気のせいじゃない。何か勘ぐってるな、こいつ。
「その様子だと、彼とは交尾できなかったのね」
思いっきり足を踏み外して派手に転んだ。
……。いきなり何言い出すんだこのくそ猫。
「ごめんなさい。図星だったのかしら」
「……アイラ。何想像してんのか知らんけど、あいつとはそんなんじゃないから」
「そうなの」
「そーよ」
「ふうん」
アイラは小さく喉を鳴らすと、足を止めながら言った。
「なら、なぜ泣いているの」
「……」
言われて気づいた。頬を、いつものあれが伝っていた。
またかよ。なんでこう、あたしは泣き虫なんだ。
いつになったら治るんだよ、これ。
「好きだったんでしょ、彼の事」
そしてアイラは、そんな馬鹿馬鹿しいことを言う。
ほんとに、馬鹿馬鹿しいことを。
「好きだったら、何? 何だってのよ」
「言ってみればよかったじゃない。そんなふうに後悔するなら」
「好きって? は。自分が騙して殺した相手に? 馬鹿じゃないの。言うわけない」
「ふうん。……でも。好きってことは認めるのね」
っ……くそ。ものの見事に、引っかけられた。
「……大体、卑怯なのよ。あいつは」
袖で、顔を覆いながら言う。
「人の気も、知らないで。こちとら、生まれてこの方、優しくされたこととか、無いんだっての。それなのに、何回も助けやがって。そんなの、……惚れんなって方が無理な話でしょ。あたしを、一体なんだと思ってんだよ……」
馬鹿でちょろい女。ちょっと優しくされただけで泣いちゃうようなそんな奴。
「頑張ったのね、リズは。だから、泣いているのね」
「……。そうだよ。頑張ったんだよ。あたしは、あたしなりに」
苦手だった治癒呪文も必死で練習した。あいつが怪我しても治せるように。自分の手足を傷つけて練習台にした。知らない呪文も、必死で覚えて。
「でも、だから何? あたしは、あいつを殺した。そんな奴が、どの面下げて好きだとかほざくのよ。無理に決まってんでしょ。いくら謝ったって、許してもらえるわけない」
でも、と。アイラは口を挟む。
「責めなかったんでしょう、彼は」
下唇を噛む。あいつの優しい声が頭に残って、今も離れなかった。
そして、またぽろぽろと。涙が溢れてしまう。
「アイラ。何であたし、あいつに最初に会った時、あんなことしちゃったんだろう。……何で、人生ってやり直しが利かないんだろう。何で。……なんで」
もっと、別の出会い方をしていたなら。もしあたしが、魔女に生まれていなかったなら。あたしはあいつに、――好きなんて言葉を、無邪気に言えたんだろうか。
「リズ」
膝を抱えてうずくまるあたしを、アイラが見上げる。
「人生なんて取り返しのつかないことばかりよ。傷は残るし、犯した罪は決して消えないわ。貴方がこの先、何をしようとうともね」
だけど、と。アイラは続ける。
「きっと、誰かに許して貰うことはできる。だから、絶望することなんてない。自分にできる償いを積み重ねなさい。……そうすればきっと、彼も分かってくれるわ」
「アイラ。……違う。違うの」
胸を押さえつけて、吐き出すように言葉を紡ぐ。
「あいつは、あたしのこと許してくれてた。あたしのこと、分かってくれた。優しいって言ってくれた。……頑張ったねって、褒めてくれた」
あの瞬間に、あたしの恋は報われた。
今まであった辛い事が全部、吹き飛んでしまうくらい。
生きてきてよかったって、思えた。
「だからもう、十分なの。あいつに出会えて。あいつのことを想えただけで、――あたしは。すごく幸せだから」
「……リズ」
あいつには、あいつを幸せにできる誰かがいる。
それが、あたしじゃないのは知ってる。
胸が痛くて、息が苦しいけれど。そればっかりは、どうすることもできない。
だから、ああするしかなかった。
「……ありがとね、アイラ。話したら何か、すっきりした」
涙を拭って立ち上がる。大きく息を吸って、路地裏の狭い夜空を仰ぎ見た。
あたしが、魔女狩りを終わらせる。
大好きなあの人がもう、苦しまなくていいように。
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