第四章「憧憬に火は灯った」

幕間・ある魔女の独白

                 ◇


 小さい頃。どうしようもなく綺麗なモノに憧れた。花とか蝶とかドレスとか。雲のない青空とか真っ赤な夕焼け雲とか。目に見えるものじゃなくても、誰かを思いやる優しさだとか、信念を貫き通す真っ直ぐな心だとか。

 そういうものを、とても美しいと思った。

 一番素敵だと思ったのは恋とか愛の物語。白馬に乗った騎士サマが囚われたお姫様を助け出すとか。どっかの王子が庶民の娘を見初めて妃にするとかそういうやつ。

 馬鹿馬鹿しい話。ほんとに小さい頃は自分の身にもそんな事が起きるんじゃないかとか思ってた。いつか誰かがあたしの事を助けにきてくれるんだって。そう信じてた。だけどお姫様どころか、心優しい哀れな娘でもないあたしに救いの手なんてやってくるわけがなかった。


 だって、あたしは魔女の娘だから。


 物語に出て来る魔女はいつも悪役。嫌な奴で、悪い奴。

 最期にはいつも悪者に相応しい無様な結末が待っているに違いないのだ。

 せめて、否定できたら良かった。だけど肯定するしかない。あたしは実際にそういう奴だったから、そうなっても仕方ないと思う。何せ、人を騙して陥れることが生き甲斐みたいなもので、嫌いな奴が苦しむ瞬間を見るのが大好きだったりする。 

 奪う者への憎悪。持てる者への嫉妬。美しい者への羨望。満たされない孤独を埋める為の果ての無い欲求。あたしの根っこは真っ黒でドロドロの感情で満ちている。そういう汚いモノがあたしの原動力で、あたし自身なんだと思う。

 どこまでいってもあたしは魔女だ。自分でも引くくらいに魔女だ。

 あたしより魔女な奴いないだろってくらいには魔女してると思う。

 自分の出自。生まれ持った性格。

 それは、魔法でいくら姿を変えようと変えられないモノ。

 この眼で母親を殺したあの日に、もう真っ当な人生は諦めた。

 ただ。悪に生まれたのなら、そうなるしかないのなら。

 せめて、悪に仇なす悪になりたい。

 あたしのした悪い事が、誰かの為の良い事になる。そういうのに、あたしは喜びを感じるから。それは、とてもきれいなことだから。

 別に天国に行きたいわけじゃない。だけど死ぬまでにできるだけあたしにしかできない事をしたいなって。そう思う。


 でも、本当は。


 知らない他人の幸せなんてどうでもよかった。

 知らない他人の不幸なんてどうでもよかった。


 だって、そもそも人が嫌いだ。


 大事なのはいつも自分だ。他人の不幸を悲しめる自分が好き。他人の為に頑張れる自分が好き。結局はそう。自分を好きになりたかったからきっとこんな事を始めた。


 そして、いつか。


 誰かにあたしを見つけてほしかった。

 認めてほしかった。褒めてほしかった。

 

 死んでしまう前に、一度でいいから。

 

 誰かに、愛されてみたかった。

 幸せになって、みたかった。

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