第四話「再会」

                  ◇


「……しっかし探索者ギルドねぇ。ずいぶん懐かしい響きだ。どうだいカグラギ。この活気といい、ヴァン・ディ・エールの日々を思い出さねえか」


 歩きながら、カグラギはかつて昼夜を過ごした街の事を思い出す。

 迷宮都市ヴァン・ディ・エール。それはもう、三年前に無くなった場所。

 眼の前に広がる光景は確かに、在りし日のあの街の姿を思わせた。


「……お、掲示板がある。久しぶりに手配書でも見てみようぜ」 


 グエンが飛び立ち、道の脇に置かれた掲示板の上に舞い降りる。そこには仕事の求人や住民同士の些末な連絡らしき張り紙で煩雑としていた。その中から、目的のものをようやくカグラギは見つけ出す。


 ――ヴァン・ディ・エールの探索者ギルドの名簿の写し。


 そこに記された名は本名であったり通称であったり様々だが、唯一共通するのはその全てが賞金首であるということだ。彼らはヴァン・ディ・エールが一夜にして滅び、西方全土を揺るがした《大崩壊》を招いた元凶とされ、大罪人として世間には知られている。

 名簿を見るとその殆どの名前は黒く塗りつぶされていた。既に捕縛されたという証である。以前見た時よりもその比率は増えているように思えた。カグラギは見知った仲間の名前がまだ塗り潰されていないことを確認すると、俄かに肩の力を緩める。


「ちょいとそこの人、ごめんよ」


 ふと背後から声を掛けられ、カグラギは振り向く。


「新しい掲示を頼まれたんだ。どいてくれるかい」


 眼鏡を掛けた中年の男であった。風貌から察するに都市魔術師の印刷業者だろう。カグラギが場所を譲ると、男は慣れた手つきで鋲を打ち手にした大紙を張りつけていく。――新しい手配書だった。ほとんど字の読めないカグラギの代わりに、グエンがその内容を音読する。


「えーと、なになに。偉大なる神に仇なす大罪人、《妖刀使い》再来す。マムズ、クリシー、イエールの街で聖職者殺し。情報求む、と」


 カグラギは眉を顰めた。――《妖刀使い》とは確かに、自分のかつての通り名であるが、事件については身に覚えのない事だ。街の名前すら知らない。


「――お。なんだ? 新しい布告書か?」


 グエンが皮肉を言いかけた、その時だった。 

 掲示板の前にやってきたのは、軽装備に身を包んだ、探索者風の男。

 無造作に伸ばした灰色の髪は両目を完全に覆う異様な長さで、前が見えているのか居ないのか分からない。


「えー、なになに。妖刀使い、って。は。アホくせえ。再来とかんなわけあるかっての。そう思わねえか? なあ、そこのアンタも……」


 横に居るカグラギと目を合わせると、灰髪の男は絶句した。


「………………。おっさん! 衛兵のおっさん! あそこ! あそこに居ます! あそこに超絶変態犯罪者のカタナ野郎が居グッヘオァアァァァァッ!!?」


 急に走り出した灰髪の男の足を、カグラギの投げた鎖分銅が絡め取って転ばせる。灰髪の男はすぐさま上体を起こすと、振り向きざまに鎖付きの曲刀を投げつけてきた。特に驚いた様子もなく、カグラギは懐から同じ形状の曲刀を取り出し、刃を弾いて鎖を絡め取る。


「……いきなり、ご挨拶だな」

「こっちの台詞だ! ぶっ殺すぞてめぇ!」


 平然としたカグラギに対し、灰髪の男は怒り狂いながら鎖を引っ張り返す。


「なんだ! 一体何の騒ぎだ!」

「あそこよ! あの二人、急に殺し合いを!」

「やっべ!? ……っておいコラ! 俺と同じ方向に逃げてくんじゃねぇえ!」


                 ◇


 真上にあった太陽が、にわかに西に傾きかけた頃。

 男二人と鴉一匹は、路地に仮設された酒場の屋台に腰を落ち着けていた。

 物欲しそうに辺りを走る浮浪児達に気づくと、男の片方が手招きして、まだ手をつけてもいない肉の串焼きが山盛りになった皿を躊躇いなく手渡す。皿を受け取った少年はしばし呆然とした後、嬉しそうに仲間を呼んで路地裏の方に駆けてゆく。

 そんな光景を眺めながら、もう片方の男はわざとらしく溜息をついた。


「……相変わらずの偽善者っぷりで涙が出るね。人殺しのろくでなしが」


 肉串を一気に食いちぎりながら、灰髪の男はそう吐き捨てる。


「……久しぶりだな、シオン」


 カグラギがそう言うと、シオンは灰色の頭を掻きながら嫌そうに息を吐いた。


「……ああ。こっちは二度と会いたくもなかったけどな。特にそこの糞カラスとは」

「つれねえ事言うなよ、灰被りちゃん。あ、その肉、ちょっと食べていい?」

「勝手にしろ。その代わり二度と俺に話しかけんな」


 グエンに肉皿を押し付けると、シオンはすっかり温くなったビールに口を付ける。


「つーかお前、生きてたんかよ。死んだって聞いてたぜ」

「お前の方こそ、生きてたんだな。この街で何をやってるんだ?」

「お前に教える義理はねえ」

「……探索者か?」


 カグラギが言うと、シオンは傾けていた木製のコップをぴくりと震わせる。


「……まあな。笑えんだろ? あの街で探索者になれねえで、盗賊ギルドの使い走りに落ちこぼれてたこの俺が、こんな小さな街の雑魚迷宮で探索者やってんだからよ。本物の《探索者》様だったお前からすりゃあ――」

「立派な仕事だ。誰も笑わない」


 一厘の迷いもない、真剣な物言いに。歪んでいた口元が言葉を失う。

 シオンは大きく息を吐くと、またぼりぼりと頭を掻いた。


「……嫌味で言ってんじゃねーんだろうな、お前の場合。だからこそ余計むかつくんだが――まあいいや。そんで? お前は今なにしてんだよ。またぞろ悪党だの魔女だのバケモン共でも殺しまわってんのか」

「今は、アガタを探してる。この街で見かけてないか」

「アガタ? ……いや見かけてねえよ。何かあったのか?」

「三か月前、身を隠していた村が焼き払われていた。……教会の《魔女狩り》だ」


 返ってきた重々しい台詞に、シオンは細い眼を見開く。


「……マジか。何か手掛かりは? そもそも、生きてんのか?」

「他の住民を逃がすのに、アガタを含めた何人かが陽動に出て、教会に捕らえられたらしい。公開処刑は基本的に都市で行われる。その場で処刑されたとは考えにくい」

「なるほどね。……ま、確かに。牢獄でしばらくは嬲り者にして、飽きたら一匹ずつ焼いてくってのが連中のやり方だ。生きてる可能性だけはあるわな。もっとも無事かどうかは――、」


 言いかけて、はたとシオンは視線を落とす。


「……とりあえず。俺がこの街に来てから、アガタは見てねえよ。一応、牢獄と囚人の管理も探索者の任務だからな。そこだけは保証しとく」

「……そうか」

「まあでも、……なんつーか」


 もごもごと口ごもるシオンに、カグラギはついと視線を投げる。


「……案外、あっさり無事だったりするんじゃねえの? 例えばよ、ほら、途中で魔物が襲ってきてどさくさに紛れて逃げたとか、あー、何かこう、……なあ?」

「フォローがゴミのように下手だな、灰被りちゃん」

「だから話しかけんなっつってんだろ、クソ鴉!」


 そんな風に声を荒げるシオンの姿を、カグラギはひっそりと目を細め懐かしむ。

 こういう性分なのだ、この男は。

 手癖も口も悪いひねくれ者だが――心根こころねは決して腐っていない。


「シオン」

「あ?」 


 席を立ちながら、カグラギは黄鉄笠を被り直す。


「もう行く。情報は助かった。ありがとう」

「……ならさっさと出てけ。こちとらこの街を根城にしてんだ。二度と来るんじゃねえぞ、指名手配の凶悪犯罪者共」


 ケッ、と。吐き捨てる様を見届けると、カグラギはその場を後にする。

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