第3話
振り向いた先を見て愕然とする。透き通るような色白の肌、艶やかな黒髪、ぱっちりとした大きな瞳、まるで人形のように整った顔立ちの幼女。白鳥美和子その人であった。
美和子を瞳に映した瞬間から、たとえ幼女の姿であっても、それが美和子だと秀には分かった。何故かは説明できない。ただ、この幼女は美和子に違いないという確固たる自信が秀にはあった。
(ロ、ロリ白鳥……)
今なら誘拐犯の気持ちが分かるような気がした。
(な、それじゃおれが変態みたいじゃねえか!)
しかし、これで確信した。
ここは過去の世界で、自分はかの有名なタイムスリップをしてしまったのだ、と。
(……って、んなことある訳ねえだろうが。勝手に話進めてんじゃねえぞ)
まだ信じられない気持ちは強かったが、しかしそれ以外にこの状況を説明できるようなものはなかった。
(い、いや、あるね。……えーっと、あ、そうだ! これは全部おれの妄想っていう説が!)
それは痛過ぎるやろ。
(え、今関西弁だったよね? ノリツッコミしたよね?)
そんなことは断じてしていないのであった。
(え、今会話したよね? てゆーか、お前は絶対に薫だ)
人には運命というものがあり、それからは決して逃れることは出来ない。自分がこの時代に
飛ばされたのも何らかの意味があるはずなのだ。秀はタイムスリップ先で美和子に出会ったの
は偶然ではなく、そういう運命だったのだろう、つまりは自分は美和子のために何かをしな
くてはならない。まるで神によって仕組まれたかのように、秀は悟った。
(何か急に厨二臭くなったぞ。それと、仕組んでるのは神じゃなくて薫……)
「だろーが……って、痛ってー!」
突然尻に衝撃を感じ、ふらつく。その瞬間を逃さないといったようにもう一撃が今度は腰に当たり、地面に膝を突く。
「おい、誰だ、ってうわ……」
振り返った途端、容赦ない一撃が秀の頬を襲った。グーパンである。そのやけに小さな拳を間一髪で避けた秀は、勢い余って倒れそうになる襲撃者の小さな体を腕で受け止めた。
「は、はなせー」
襲撃者は秀の腕の中でじたばたと抵抗する。
「おい、暴れんな。それといきなり何だ、お前は……」
腕の中で暴れる幼児と目が合った瞬間、絶句する。
「…………薫?」
自分の名前を見知らぬ不審者が知っていたことに幼児は一瞬ギョッとする。しかし、すぐに抵抗を再開する。
「へんたいだー! たすけてー!」
「はあっ⁉ お前何言ってんだ! あ、違います、おれは変態じゃありませんっ!」
傍から見れば、目を潤ませたいたいけな幼児を変質者が連れ去ろうとしている事案が発生していた。
「じ、事案発生じゃねえって! だから、お前は暴れんな、薫! お兄ちゃんがアイス買ってやるから」
「え、アイス⁉」
秀の指差す先には美味しそうなアイスクリームの店があった。薫の目が輝く。
「おう、どれでも好きなの買ってやるぜ」
「ホンマ?」
「ああ、ホンマホンマ」
抵抗を止めた薫を放した秀は子どもの単純さを嬉しく思った。
「すいませんね、ただの兄弟ゲンカでして」
騒ぎによって集まっていた野次馬に軽く頭を下げつつ、秀は人込みを抜け出す。
「何だ、ただの兄弟ゲンカか」
そう言いながら散っていく人々から少し離れた所に幼女は立っていた。
「かおる、そのひとだあれ?」
可愛らしく小首を傾げ幼女は訊ねる。
「み、みわこ……。えっと、こいつは……」
「おれは通りすがりの優しいお兄さんだよ」
何の躊躇いもなく、パッと思い付いた出任せを口にする。余計に怪しい自己紹介であった。
(さすがに、『あなたの未来の下僕です』なんて言えないもんな)
「や、やっぱりこいつあやしい! みわこ、にげるで!」
薫が美和子の手を取って駆け出そうとする。
「ちょっと待て。おれの話を聞いてくれ」
この時代にタイムスリップした理由。それを知るためにも、ここで彼らを見失う訳にはいかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます