第2話
夏特有の照り付けるような日差しと蝉の大合唱、そして人々の行き交う雑踏。
ドン、と右肩に衝撃を感じ軽くよろめく。誰かにぶつかったのだと分かると「あ、すみません」と互いに頭を下げる。周りの人々が道の真ん中で立ち止まっている秀をすいすいと避けていく。こんなところで突っ立っていたら邪魔になると思い、人の波に乗りながら上手く道の外れに出ることに成功する。
「どこだよ、ここは……」
気が付いたら全く別の場所にいたのだ。意識が飛んでいた間、一体自分はどうやってここに来たのだろう。そもそも、ここはどこかも分からない。
秀は何か目印になるものを探した。
(人が沢山……、観光地か?)
どこか古都を思わせるような町並みには見覚えがあった。自分も前にここを訪れたことがあるような気がする。人が行き交う道は坂のようになっており、道に沿って商店が立ち並んでいる。坂を越えた先を見上げると、赤い立派な門が見えた。
「あっ」
クイズの答えが分かった時のように、思わず声が漏れた。答えは清水寺である。一年以上前のことになるが、秀は美和子、薫と共にこの場所を訪れていた。
「……で、何でおれは京都にいるんだよ」
(ついさっきまで白鳥邸の客間で薫と話していたはずなのに……。えっと、確かおれが聞いちゃいけないようなことを聞いちゃった後……)
その時の薫の冷たい声を思い出す。意識が飛ぶ前に彼が言っていたことが脳裏に蘇る。
「今からちょいと不思議な話をするで」
と、言っていたような気がする。
(不思議な話って何だ? それに……)
先ほどからずっと疑問に思っていたことを口に出す。
「おれの頭ん中で聞こえてくるお前は一体誰なんだ? やけに他人行儀で、まるで三人称小説みたいだぜ」
秀は名探偵のように格好よく決めたつもりだが、その答えは返ってくるはずもなかった。
「なっ、そう来んのかよ……。あっ、お前実は薫だろ。こんな特殊なこと出来そうなの薫くらいしかいねえし、そもそも薫の言葉がきっかけでこんなとこに来たようなもんだしな。な、そうだろ、薫」
いきなり訳の分からないことを語り出し一人悦に入る少年の姿がそこにあった。
「ふ、ふざけんなよ! じゃあ、おれはどうやってここにやって来たっつうんだよ!」
秀の叫び声に近くを通り掛かった観光客が不審者を見るような目を向ける。ハッと我に返った秀は赤面し、この声はおれにしか聞こえないんだ、と思い、もうこれ以上追及するのは止めにした。
(くそ、薫め。好き放題やりやがって……)
秀は、方法はどうであれ折角京都に来れたのだから観光でもするかと思い、一人旅を装って散策を始めた。とりあえず清水の舞台からの景色を堪能しようと、元の道に戻り他の観光客に混じって坂を上る。
(……こいつに言われたように体が動くのかよ)
少々長い坂を上りきり息が荒くなったので、日頃の運動不足が祟ったのだろうな、と思った。
(う、うるせー)
寺の本堂に入るためには拝観料が必要なのだが、運の良いことにズボンのポケットには財布が入っていた。この先もまあどうにか出来そうなくらいの額はあったし、本当にヤバくなったら白鳥に助けてもらおう、という邪念が働き、自己嫌悪に陥りそうになるも何とか持ち直し清水の舞台へ向かう。
(ソ、ソンナコトオモッテナイヨ)
清水の舞台から町を見下ろす。
「おー、いい眺めだなあ」
さっきまでウダウダ言っていたのも忘れるくらいの絶景であった。前来た時にここで写真を撮ったことを思い出す。
(白鳥に土産でも買ってってやるか。何やかんやで毎日世話にはなってるし。そういえば、この近くに可愛いちりめん雑貨が売ってる店があったな……)
カメラやケータイを持ってくる暇もないくらいの突然の出来事だったので多少の不便を感じつつも、境内散策を進める。
(今まで白鳥や薫に言われるがままに寺社仏閣巡りをしてきたけど、一人で回るのも案外楽しいもんだな。いつか一人旅とかしてみるのもいいかもしれねえな……)
でも、その費用は白鳥に出してもらったりして、と思うとやっぱり自分は金銭面で白鳥に頼り過ぎているんだな、と深く反省した。
(今までの心持を改めろって言いたいのか)
清水寺を後にし周辺の土産物街に入り、目的の店を探す。
「確かこの辺だったと思うんだけどな……」
探しても探しても見つからないのだ。清水寺周辺だったということは間違いないし、大通りに面していたはずだからすぐに見つかると思っていた。
(まさか潰れたのか? でもけっこう新しそうな店だったし客だってけっこう入ってたように思うんだけどなあ。それに……)
薄々感じていた違和感がどんどん大きくなっていくような気がする。あったはずの店がないこと、スマホを全く見かけないこと。後者に関しては未だガラケー派の秀は多少の嬉しさを感じたのだが、やはりそれは変だろうと思う。
秀の頭の中である一つの仮説が思い浮かぶ。
(……いや、それはさすがに無いだろ。白鳥じゃあるまいし、そんなアニメみたいなことが実際に起こるなんて思わないって……)
その仮説は信じ難いものであったが、もしそれが本当だったとしたら何故いきなり京都にいるのか説明できそうな気がした。
(だから、そんなことはありえねーって……)
その刹那、秀は誰かに呼ばれたような気がして、とっさに振り向いた。直感のようなものかもしれない、もしくは見えない力に動かされたのか。
(いや、実際そうだろうが……)
「……って、おい、マジかよ」
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