第31話 オリハルコン級冒険者
「おいおい。まさか今のでほとんどやられちまったのか? あいつら、ミスリル級冒険者だぞ」
「まぁ、ミスリルつってもパーティーを組んで得た評価だろ。俺らのように個人でランクを上げてきたわけじゃない」
殲滅剣士グリード、そして灰燼魔法のゴバ。二つ名を持つオリハルコン級冒険者ふたりがゆっくり歩いてやって来た。
そのふたりから強い血の匂いがすることにラエルノアが気付く。
「お前たち。ここに来る途中でエルフを殺したな?」
「あー。どうだったかな」
「くくくっ。おい、殲滅剣士。嘘つくんじゃねーよ。その名の通り、たったひとりででエルフの集落を殲滅したのはお前じゃねーか」
「おぉ、そうだった! アイツら、あまりにも弱すぎて忘れてたぜ」
エルフの集落から逃げる女子供たちを守るために立ちふさがった男エルフたち。彼らは全員がグリードに殺された。殺したことを一切悪びれない彼を見て、ラエルノアの怒りが爆発する。
「おまえがぁぁぁあああああ!」
全力で魔力を放出し、あらん限りの力で弓を引く。
「死ねぇぇぇ!!」
風魔法が付与された矢が超高速でグリード目掛けて飛んでいく。彼女のこれまでの攻撃で一番の速さだった。
それを──
「っと、あぶねーな」
グリードは瞬時に腰の剣を抜き、剣先を矢に当てて軌道を逸らした。その逸らされた矢は、彼の後方にいた冒険者の上半身を消し飛ばしている。それほど強力な魔法が込められた攻撃だったのだ。
「な…、あれを、剣で?」
「正面から喰らうわけねーだろ、バーカ」
ラエルノアは困惑していた。これまでに軌道を読んで矢を避けられたことはある。しかしそれは今回ほど全力で放ったモノではなかった。更に、矢を放った瞬間グリードはまだ剣に手を触れてすらいなかった。矢が放たれた後に剣を抜き、その軌道を逸らしたことになる。
トールの魔法で速度を緩めてミーナが避けた時とはわけが違う。いくら真正面から放ったとはいえ、全力の攻撃が容易く防がれたなど納得できるはずがなかった。
「何かスキルを持っているのか? ……では、これならどうだ!」
先ほどと同程度の威力の矢を次は3連射で放つ。ラエルノアは一射の速度が最速であると仲間から思われているが、実は連射速度でもエルフ最速だった。
頭部を狙った一射目が
三射三中であった。
しかし──
「今のを連射できるのか。ちょっと危なかったぜ」
グリードは無傷だった。それどころか、その場から一歩も動いていない。全ての矢を剣一本で防ぎ切ったのだ。
「なん…だと……」
ラエルノアの動揺が大きくなる。自身が放てる最高最強の三射であったからこそ、それで敵を倒せないことに驚きを隠せない。ミスティナス王都の守り手として、何十年も人族を退けてきた。たったひとりにこれほど矢を放ち、そして仕留められない経験などなかった。
「矢はもう撃ってこないのか? 終わりなら、次はこちらの番だ」
グリードが剣を上段で構え、目にも留まらぬ速度で振り下ろす。その切っ先は音速を超え、衝撃波が斬撃となって飛んだ。斬撃が地面を割りながらラエルノアへ向かっていく。最強の攻撃が防がれて呆然としていた彼女は、回避のための判断が遅れてしまった。
「隊長!」
唯一この場に残っていた防壁守備部隊の男エルフがラエルノアに体当たりして強引に回避させた。ラエルノアの代わりに彼女がいた場所に入ってしまった男エルフは胴を真っ二つに切断されてしまう。
「そ、そんな……」
「隊長、あいつは、強すぎ、ます。にげ…て」
「女の身代わりになって死ぬとか、泣かせるじゃねーか。いい男だが、無駄死にだぞ。お前もすぐに後を追うんだからな」
再びグリードが剣を振り上げる。
「待て待て! お前ばかりズルいぞ。少しは俺にもやらせろよ」
ゴバが前に出てきた。彼の頭上には巨大な火の玉が渦を巻いていた。そのあまりの規模に、仲間であるはずのグリードもひいていた。
「おい……。それはちょっと、気合入りすぎじゃねーか? さっきエルフたちを黒焦げにした時でも、その十分の一以下だったよな」
「俺の二つ名を知ってるだろ。“
ゴバの火魔法の勢いが更に強くなる。
「この隊長って呼ばれているエルフは魔法の適性があるみたいだな。そんな奴を完全に焼き尽くすことで、俺は今後も俺の魔法を誇ることができるんだ」
「わかったわかった。そいつはお前に任せてやるよ。でも絶対こっちまで巻き込むんじゃねーぞ。俺はもう少し下がるからな」
そう言ってグリードは後方に逃げた。
ラエルノアは自身最強の攻撃を容易く防がれたこと。己の不注意で仲間を死なせてしまったこと。そして今まで見たことない規模の火魔法に晒され、絶望していた。脚に力が入らず、逃げようとすることもできなかった。
「……命乞いでもしてくれれば、もう少し楽しめたんだがな」
つまらないというように、ゴバは無表情で手を振り降ろす。
「
火魔法が放たれた。
ラエルノアに業火が迫る。
その時、彼女の視界の端に森の奥から戻ってきた防壁守備部隊の隊員たちの姿をとらえた。彼らに近寄るなと制止しようとしたが、ラエルノアは声が出せなかった。
死がすぐそこまで迫って来ている。時間がギュッと圧縮され、自身をこれから焼き尽くすであろう魔法をラエルノアはしっかり見据える。
最期に思い出すのは、可愛い妹の顔。
(ララノア。どうか無事でいて)
妹を襲っていると勘違いして攻撃してしまった男が、今はラエルノアにとって唯一の希望だった。可能なら、彼らと一緒に遠くへ逃げてほしい。そう思いながらラエルノアは目を閉じた。
「
巨大な水の壁がラエルノアを守った。
とてつもない量の水がどこからともなく出現し、防壁となってゴバの火魔法を消滅させたのだ。ゴバの魔法は消えたが、水の防壁は健在である。
この世界にこれほど大規模な水魔法が使える者など存在しない。強い魔力を持つ魔族であっても、他属性の魔法と張り合えるレベルの水魔法は使用できない。異世界から召喚された勇者たちですら水魔法は忌避する。
役に立たないはずの水魔法で、オリハルコン級の冒険者が放った火魔法を打ち消してしまう常識外の存在がこの場に駆けつけた。
「遅くなってすみません。あとは、俺に任せてください」
そう声をかけながらトールがラエルノアの横を通過し、人族の冒険者たちに向かって歩いていく。
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