第32話 復讐対象 2人目
「お、お前! お前が俺の魔法を止めたのか!? あ、あの水の壁は、おお、お前の、お前の魔法だっていうのか!!?」
うん、ちゃんと聞き取れる!
俺に向かって叫んでいる男の言葉を理解することができて、少し嬉しくなっていた。ここに来る途中で倒れてた冒険者風の男が首から下げていた小さな水晶を拝借したんだ。ララノアはこれが翻訳水晶という魔具だと言っていた。
エルフの言葉を理解できるようになるだけじゃなく、こちらの世界の人族の言葉も理解できるようになのか。なんて便利な魔具なんだ。これを入手できただけでも、
「貴様、俺を無視してるのか!?」
「あ、いえ。ちゃんと聞いてますよ」
ララノアの姉、ラエルノアを攻撃しようとしていたんだから、俺に向かって悪態を吐くこいつは敵とみなして良いだろう。
ただ俺はこの世界で人族という種族だから、こいつらと同族って扱いなんだよな。もしここでエルフ族を助けたとして、その後でエルフに命を狙われたりしないだろうか? そうなる可能性が大いにあるんだよなぁ……。
種族として人族を敵視されたら、いくら俺個人が良いことをしても意味が無い。
そんな風に躊躇ってしまうほど、この
「どうなってるか知らんが、俺の魔法を防げる水魔法なんてあるわけない!」
目つきの悪い冒険者が怒ってた。
あるわけないって……。
自分の目を信じられないのか?
「まぁいい。お前は今すぐ灰にしてやる」
火魔法を発動させようとしてるみたいだ。
「あっ、ちょっと
俺の“命令”で魔法使いの動きが止まる。
そう、これは命令だ。
水の防壁で彼の魔法を防ぐと同時に、俺の索敵魔法の範囲内にいた人族全員に水魔法で小さな怪我をさせていた。そこから流れ出た血液を目視できる今、火魔法使いの身体の約6割は俺のコントロール下にある。口を開かないようにしているので詠唱もできないだろう。
少し離れた場所にいた銀髪の男が腰の剣に手をかけていたので、彼の動きも止めておいた。体中の血管を流れる血液が、俺の意図に反した行動を許さない。例えどんな力自慢であっても、外部から押さえつけるのではなく自分自身んの身体が動くことを拒むので抵抗などできない。
これでゆっくり考えられる。
さて、どうしたものか。
このままこいつらを殺して良いのか。
悩んでいたその時。
「グリード! ゴバ! 何をやっている!? こちらに矢が飛んできて私の部下が死んだぞ! 私たちを守るのも、お前らの仕事だろうが!!」
「……あっ」
見たことある男だった。
センスのない服を着た小太りの男。コイツは俺を地獄へと突き落とした張本人。奴隷として俺を買い、売れ残った俺をコロッセオに送り込んだ奴隷商人。
俺が殺したいと憎んでいる復讐対象3人の内のひとりだ。
まさかこんな場所で会えるなんて。
最高じゃないか。
「お久しぶりです」
思わず話しかけてしまった。
「ん? なんだ、お前……。あ、あぁ!! お前は、あの時の!」
どうやら奴隷商も俺のことを覚えてくれていたようだ。
「まさか能無しのお前がコロッセオで生き残るなんてな。まったく信じられんが、そのおかげで俺はこうして事業拡大に乗り出すことができた。感謝してるよ」
ん? どういう意味?
「意味が分からなさそうだな。せっかくの機会だから教えてやろう。私たち奴隷商は商品の奴隷をコロッセオに送る時、選別の意味で奴隷が勝つ方に賭けるんだ。だいたい興行師から受け取った金の半分を賭ける」
ほとんどの場合は戻ってこないが、と奴隷商が言葉を続ける。
「しかしお前は勝った! 能無しの異世界人が5級剣闘士を倒すなんて、いったい誰が予想できる! だからお前に賭けた金は、数百倍になって私の元に帰ってきた」
笑顔の奴隷商人が気持ち悪い。
さっさと殺してしまいたい。
「お前が稼がしてくれたから、私は強力な冒険者たちを雇ってエルフ狩りに来ることができたんだ」
……ま、まさか。
いや、そんな。
「ほら。そこにいる女エルフは、私が送り込んだ部下たちを幾度となく殺しやがった宿敵だ。コイツがいるせいで王都まで侵攻することもできなかった。でも今はどうだ! 私が連れてきた冒険者たちに手も足も出ず、そうして倒れている」
お、俺の。
俺のせい、なのか?
「全て貴様のおかげだ。いやー、本当に感謝してる。しかし今日ここで出会ってしまったのはダメだな。私たちの悪事を見られてしまった」
奴隷商人が腰の剣に手をかけたまま固まっている冒険者の方に近寄る。恐らく彼は、自分の指示があるまで冒険者が待機しているだけだと思っているのだろう。
「さよなら、能無しの異世界人よ。さぁ、グリード。アイツを殺せ」
「
グリードと呼ばれた男はまるで風船を握り潰したように膨らみ、パンッという軽い音を立てて弾けた。
「え……。な、なんだ? ひっ、ひぃぃぃ!!」
ヒトの肉体が内側から弾け、臓物の破片が奴隷商の顔や体に飛び散っている。目の前で起きたことが理解できない様子で、彼はただただ狼狽している。
「俺はさ、お前がそっちにいるって。お前が敵側だってことを知って喜んだんだ。これでエルフたちに加勢する絶対的な理由ができたって。復讐する絶好の機会だから、最高だって思ってしまった」
全て俺のせいだった。エルフを助けて報酬を貰おうなんて、俺が思っていいわけがなかったんだ。俺は、最低だ。エルフを頼ることなんかできない。
だけどせめて。
せめてこいつらだけは。
「俺が殺しておかなきゃ」
火魔法を使う冒険者を見た。
口は動かせなくしてあるが、その眼には恐怖が浮かんでいた。
それを見ても、慈悲の心なんて生じようがない。あの奴隷商人の手先になるような奴ってことは、お前も命乞いする人々を笑いながら殺してきたんだろ?
だから俺も、最大限の恐怖を与えて殺さないとダメだよな。
「
冒険者に手をかざす。
まだ魔法は発動させない。
最期に己がやってきたことを精一杯後悔できるよう、少し待ってあげる。
その眼から大粒の涙が溢れ出て、ズボンの股間部分が汚く変色してきた。
そろそろ頃合いか。
「
魔法使いといっても、特に俺の水魔法を耐えられるわけではないようだ。
剣士と同じように膨らみ、そして周囲に血肉をまき散らしながら弾けた。
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