第30話 守備部隊隊長


「こ、こないで!」


「げはははは。俺たちのお目当てはお前らなんだ。来ないでって言われても、はいそうですかとはならないぜ」


 首から小さな水晶を紐で吊るした冒険者が少女のエルフを追い詰める。彼の首にあるのが“翻訳水晶”と呼ばれる魔具だ。これを身に着けておけばエルフとの意思疎通が可能になる。


 翻訳水晶はエルフの王国ミスティナス王都に入る際に1個300ギル出して購入する必要がある。一般人にはおいそれと手が出せない高級品だ。それでも逃げるエルフを追いかける際や戦闘時に役に立つのではないかと、奴隷商が事前に入手して冒険者たち全員に配っていた。


「さぁ、こっち来い」


「いや! だ、誰か、助けて!!」


「ぶっ、ぶひひひっ。誰も来やしねーよ。見てねーのか? お前らを守ろうとして死んだ雑魚どもの無残なすびゃ──」


 ゴールド級の冒険者はそれ以上言葉を発しなかった。彼の上顎より上が消し飛んでいたからだ。それは超高速で飛来した一本の矢による破壊の結果だった。


「遅くなってすまない。大丈夫か?」

「ラエルノアさん!」


 鬼神の如き形相で冒険者を射殺したラエルノアだが、助けたエルフの少女の前では優しい笑顔を見せた。


「この森の中をまっすぐ王都に向かって進むんだ。ここから先には、私が絶対に敵を通さないから」


「は、はい。ラエルノアさん、お気をつけて」



 少女が走り去ったのを見届け、ラエルノアが振り返る。彼女の両サイドには遅れてやって来たエルフの兵士たちが十数名、武器を構えて立っている。


 相対するは人族の冒険者たち。その最前列に、5人のミスリル級冒険者がいた。


「アイツの弓、やべーよ」

「世界樹の加護があるからな」

「なるほど。それにしてもイイ女だ」

「あっ、お前抜け駆けすんなよ?」

「うるせぇ。仕留めた奴の獲物だ」


 彼らはふたりが魔法使いで、残り3人が物理系戦闘職。それぞれが大剣と槍、弓を構え、標的をラエルノアに定める。


「真ん中の女エルフ以外はどうする?」

「男は殺せ」

「んなこと分かってる。残りの女だよ」

「いつも通りだろ」

「「「よし、それで!」」」


 冒険者たちが動き出した。その場で大剣を天高く振り上げた冒険者は、それを勢いよく地面に叩きつけた。衝撃で無数の石がつぶてとなってエルフたちに襲い掛かった。


 ラエルノアとその他多くの兵士はそれを飛んで躱したが、運悪くふたりのエルフが被弾し、動けなくなってしまった。それを狙って弓使いのミスリル級冒険者が矢を放つ。大型の魔物を容易く貫く威力の矢だ。


 無防備な状態で自身が狙われていると気付いた兵士は死を覚悟した。


 しかし彼は生きていた。いつまで経っても矢が飛んでこないことに疑問を持ち、前を見ると、地面に2本の矢が突き刺さっていた。


 弓使いの放った矢をラエルノアが撃ち落としたのだ。矢で矢を止めるという超高度なことをやってのけた彼女は、次の矢を弓使いに向ける。


「えっ!? マジかよ、嘘だろぎゃ──」


 射線を読んで避けようとしたようだが、ラエルノアの放った矢は弓使いの頭部を容易く吹き飛ばした。


 弓をメイン武器として使うエルフ族にとって、その矢の速度と正確性は強さの象徴。そしてラエルノアは、“最速弓士” と“精密射手”というふたつの称号を与えられた最強の弓使いだった。


 ミスティナス王都の防壁守備部隊隊長。それがララノアの姉、ラエルノアだ。


「た、隊長。すみません……」

「気にするな。下がれるか?」

「はい、なんとか」


 怪我を負った部下を撤退させる間、ラエルノアは冒険者たちに睨みを効かせて動きを牽制した。

 


「おい、ミスリル級が死んだぞ」

「取り分が増えたって思えよ」

「そう、喜ばしいことだ」


 冒険者たちは仲間が死んでもあまり気にしていないようだ。仲間と言っても、同じ依頼を受けただけの関係。利用し合うことはあれど、助ける義理は無い。


「そろそろ俺の魔法は行ける」

「こっちもだ。足止めできるか?」


「任せろ」

「俺らに当てる気で撃って良い」


 彼らは魔法耐性が高い鎧を装備していた。そのため、自分たちを巻き込んでエルフを攻撃させ、自分たちは魔法の中で敵を確実に仕留めていく算段だったようだ。


 しかしそれも失敗に終わる。


 ふたりのミスリル級冒険者は風の魔法使いだった。彼らが放った暴風魔法はあらゆるものを切り刻む恐ろしい効果を持つものだったが、相手が悪かった。


「エルフである私に風魔法を? 舐めてるのか」


 風の精霊に愛されし種族、エルフ。生まれながらにして風魔法への高い適性を持ち、十人にひとりは攻撃魔法が使えるまでに成長する。風魔法に関して限定すれば、人族より使い手の数が多いのだ。


「……は?」

「お、俺たちの魔法が」


 ふたりの冒険者が放った魔法は、ラエルノアの右手に集約されてしまった。


「これは返しておこう」


 矢をつがえ、放つ。

 それに暴風魔法の効果が乗る。


「やば──」

「おい馬鹿、にげ──」

「いぎゃぁぁぁああ!」


 トロールのこん棒に直撃されても耐える強靭な冒険者たちが、塵芥の如く吹き飛んで行った。


「飛んでった奴らを仕留めてこい」

「「「了解!」」」


 ラエルノアの指示でエルフの兵士たちが森の中へかけていった。


 一方で魔法の直撃を免れ、この場に残った数名の冒険者たちは自分が相手にしているエルフの強さに足がすくんでいる。


 だがそれも仕方ない。ラエルノアが異常に強いのだ。他人が放った魔法を自らの力にしてしまうなど、この世界の常識ではありえないことだった。



 飛んでいる矢を矢で撃ち落とし、他人の魔法も奪ってしまう。そんな圧倒的強者が、戦意を無くした冒険者たちに死刑宣告をする。


「さて、残った貴様らだが……。投降は受け入れない。我らの同胞を殺した罪、その命で償ってもらおうか」


 王都防壁守備部隊隊長ラエルノア。エルフ最強の彼女が王都付近の森を巡回しているからこそ、これまで人族はエルフに手を出すことができなかったのだ。

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