第4話★ましろのしょうじょ

 村長が案内した先は家の北側にある部屋で、ベッドとちょっとした作業ができる小さな机と椅子しかない手狭な部屋だった。

 北側なだけあり、明かり取りの小窓はあれど部屋全体が薄暗く、ヒンヤリとしている。

 もしかしたらここは保存庫のような部屋だったのかもしれない。


「この子が私の娘のシェラと申します。半年前に倒れてから徐々に起きていられなくなり、今ではほぼ寝たきりでして……」


 村長から紹介されたのは、人が話していても起きる気配のない白い髪の少女だった。

 ベットの上でピクリとも動かず、細い呼吸音だけが、漣とココネの耳に届く。


『ココネ、この子って……』

『ええ、多分そうかと』


 2人はこっそりと念話で会話すると、村長に向き直った。


「この症状には心当たりがあります。が、村長さん。ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」

「何でしょう?娘が助かるのなら、私で出来ることは何でもするつもりです」

「ああ、いえ。それはいいのですが……。?」

「……!!」


 漣の言葉に、村長は顔を強ばらせた。

 それを確信とみて、漣はココネに目配せをする。


「【防音決壊サイレントフィールド!】」

「魔法?!な、なにを?!」


 ココネが魔法をかけたことにより、村長は狼狽えた。

 きちんと魔法名を聞いていれば解るかもしれないが、魔法を使わない、このような寒村での教育レベルでは理解できないだろう。


「落ち着いてくださいね。周りに防音魔法を掛けただけですよ。人に聞かれたくは無い話でしょうから」

「人に聞かれたくない……そうか……あなた達は……」


 ココネの言葉に村長は大きく息を吐いた。



 その言葉に、2人は頷いた。



 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼



 今から5年前の事。

 村長であるクシャートは村の防護柵のために、1人森の中で木を伐採するのが日課だった。

 先日遠くの町からの行商隊が村のそばを通った時に気を利かせてくれて、森で得た薬草や魔物や魔獣の素材と交換で手に入れた新しい斧を振り上げた時、頭上から何かが落ちてくる音を聞いた。


「?!」


 クシャートは咄嗟にその木から離れ、近くの大木に身を隠した時、は今しがたまでクシャートがいた場所に落ちてきた。

 ドスン!という重い響きをさせて落ちてきたのはましろの鎧に間を包んだましろの髪の少女だった。


「え?空から……?でも……」


 慌てたクシャートは少女のそばに走りより、抱き上げた。

 鎧姿なので重いかと思ったが羽のように軽く、ともすれば手に持った斧の方が重いかもしれない。

 しかし気が動転していたクシャートは、思ったよりも軽い、としか認識せず少女を村に抱えて帰ることにした。

 村人には森のそばで倒れていた冒険者だろうと話し、村でちょっとした薬師の真似事をしているニルダ婆の家で預かってもらうことになった。


 その2日後、少女は目を覚ましたと聞いたクシャートが少女にどこから来たのかと質問をしても、首を傾げるだけだった。

 幸い、言葉は通じるし徐々に回復もしているので記憶が戻るか、自分がどうしたいか決めるまで村に住まわせることになった。

 クシャートも一応は冒険者ギルドに足を運び、探し人の貼り紙を見るだけに留めてはいたが、少女を探している者は誰もいなかった。

 冒険者ギルドに直接相談をしないのは、一重に少女の特異性によるものが大きかった。

 少女……、クシャートは名前が無いと不便だからと、空から落ちできたことから空を意味するシエルをもじり、シェラと名付けた。

 シェラは村の大人達が数人がかりで倒せるが怪我人は出るだろうワイルドボアとジャイアントボア数匹をたった一人で狩ってくるのだ。

 冒険者ランクで言えば軽くC以上、Bに近いかもしれないのに、尋ね人の張り紙がない。

 なにか事情があると踏んだのだった。


 それから半年、シェラを預けていたニルダ婆が亡くなり、連れてきた責任を持ってシェラはクシャートの娘となった。

 しかし、シェラ自身の事情がわからないので、行商隊や物売りが来る時は決してシェラは表に出ないようにと言い聞かせていた。



 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


「そんな訳で、私にもこの子がどんな理由であの日空から落ちてきたのか分からないのです。でも、この村のために一生懸命に狩りをしたり、女達と共に料理を作ったりと、楽しそうにしていたので、今では本当の娘のように思っているんです」

「そうでしたか……。ええと、クシャートさんは5年前、勇者が魔王を倒したことはご存知ですよね?」

「はい。幸い戦火はここまで来ませんでしたが、兵士の皆さんの隊列を見送ったことはあります」


 前回の魔王との戦いはここから遠い地の事なので、魔王の影響もこの辺ではせいぜい魔物や魔獣が活発になった程度だろう。


「この子……シェラはその時に勇者を手助けするべく、神龍様の使いである天司の眷属です」

「天司……?」


 漣の説明にクシャートは首を傾げた。

 教会のある村や街であれば説法わ寝物語ののひとつとして知ることが出来たのだが……。

 ココネはクシャートに簡単だが説明をした。


「神龍様の下に天司が沢山いて、その下に眷属がいるんですが、シェラさんはそのうちの一人なんですよ。5年前魔王の眷属との戦いからの帰還中に何らかの要因で帰る為の力が無く、落ちたんだと思います」

「そんなことが……。シェラは人知れず戦っていたんだね……」


 クシャートは眠っているシェラの頭をそっと撫でた。

 慈愛に満ちた表情は本物の父親だった。

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