第11話 宣戦布告

11.


 部屋を出た後、僕はエディについて階段を降り、そのまま一階から外へ出る。どこに行くのかと訝しんでいると、エディは宿の横にある路地に入って、通りがある方向の反対へと進んでいく。きな臭いものを感じつつ、仕方がないので後を追った。


 すでに時間は夜である。通りと違って灯りもない路地裏は、月明かり以外はほの暗い闇に沈んでいる。


 僕はこの後の展開をなんとなく予想しながら、エディについて何度か角を曲がりつつ進んでいく。現地の人向けであろう八百屋や金物屋といったいくつもの家屋を横目に、人のいない路地裏に僕たちの足音だけが響いた。


 そして、行先も分からないまま歩みを進めることしばらく。やがて僕たちは開けた場所に出る。もとは大きな建物があった跡地のようで、ほぼ更地になった地面にぽつぽつと建物の基礎が浮かんでいた。


 そろそろこんなところへ連れ出した訳を聞こうとした僕に、エディはこちらを振り向いて口を開く。


「この辺りは、古くはテシアの中心的な場所だったそうです。ただ、交易都市として大きくなるたびに区画整理が行われ、やがてテシアの中枢からは外れてしまった。この敷地も、元あった建物を建て替えようとしたタイミングで街の開発の中心が変わって、そのまま放置されているのだとか」


「へえ、ずいぶん詳しいね。もしかしてもともとテシアには何度も来た事あったの?」


「いえ。なにかがあった時のために、昨夜宿の周辺については調査をしたので」


「宿泊地周辺の偵察もお手の物ってことか。……ただの使用人の仕事じゃないね」


 僕の問いかけに、エディは特に反応も見せず黙り込む。代わりに、どこか物騒な気配がその体から発散され始めるのが分かる。


 僕はこの場に満ちるぴりぴりとした雰囲気に、冷や汗が浮かぶのを感じた。


 ――いやいや、なんかもう読めたよ展開が……! エディ絶対普通の使用人じゃなくて、主人の護衛とか担ってるやつでしょ。それで、危険な任務によく分からないやつが同行することを警戒して云々っていう……。


 僕はこのじりじりとした雰囲気に耐えきれず、エディに向かって呼びかけた。


「……エディ、なんか僕のこと誤解してない? 聞いてるかもしれないけど、僕はカナンと十年は前から知り合いでさ。それこそ互いのことをよく知ってて、カナンに怪しいことしたりとかは絶対ないから。貴族とはいっても社交とか政治にも無関係だし」


 身の潔白を証明すべく、僕は怪しいものではないと説明する。しかし、それに対するエディの返答は、極めて冷たいものであった。


「そんなことは分かっています。それにあなたがお嬢様を害そうとしたところで、返り討ちにされるに決まっているんですから、そんな心配はしていません」


「じゃあ、なんで僕をこんなところに?」


「決まっています。あなたは巷で『十年戦争の英雄』と呼ばれ、おこがましくもカナンお嬢様に肩を並べる存在と言われていますが、その実態は誰も知ることがない。陰ではみなが『はりぼての英雄』なんて言っていることをご存じですか?」


「え、そうなの? 始めて聞いたんだけど」


「そんなことにも気づかず驕っているなんて……。とにかく、ここまで言えば分かるでしょう。私はあなたがこの任務でお嬢様の足を引っ張り、その身を危険に陥れることを危惧しています。自分の実力を偽って任務の報酬を受け取り、お嬢様に負担を押し付けるようなことを、この私が許すことはありません」


 話が読めてきた。僕は知らなかったが、かつての戦争で英雄と呼ばれた僕は、その実大した実力もない偽物だという噂があるのだと。それで僕がカナンに寄生するような行為をやめさせたくて、この場所に連れてきたというわけか。


 ――仮に噂が嘘で本当に強かったとして、その時はカナンの力になれるから問題ないっていう理屈かな。とりあえず真偽を暴くべくボコってやろうとは、なんとも物騒なやつだ……。


 僕は戦意をみなぎらせるエディに対し、淑女然とした様子にそぐわぬ血の気の多さに恐れおののいた。


 エディは徒手で構えを取りつつ僕に言う。


「では、問答はここまでです。……最後に、私はお嬢様から、あなたのスキルが【硬化】という物を固くするだけの能力と聞いているので、公平性を期して私のスキルをお伝えします」


 エディは「後で難癖をつけられても困るので」と言って、そのスキルの名を告げた。


「――私のスキルは【氷結】です。その力を知る前にリタイアすることがないよう、せいぜい頑張ってください」


 それだけ言うと、エディは腰を低く落とす。もはや戦闘は避けられないと理解した僕も、剣は抜かずに拳を構えた。


 そして、人知れぬ場所で僕たちの戦いの幕は上がる。


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