第11話 伊の国への出陣

「羅の国の王子を殺すことに失敗した。羅の国が攻めてくる。獅子将、我が国を助けて欲しい」


 麗夜達は準備を整え、伊の国の出方を待っていた。こうなることはわかっていたが、伊の国王の必死さは滑稽だった。


「羅の国の動きが思ったより早い。だが、城を囲まれると厄介だ。雄毅、この辺で押さえる。出来るか」

 麗夜は地図を指さし雄毅に言う。雄毅は頷く。


「そこ…ですか」


 紅がやけに険しい表情で麗夜の指先を見つめる。

「何かあるのか?」

 何かを探るように紅はその地図を見つめていたが、やがて首を振る。

「いえ、何も…」

 紅の様子に違和感を感じ、麗夜は人差し指の爪を唇にあてる。しかし、その場所の地形が最も守りやすい。麗夜の困惑を感じたのか紅はもう一度首を振り。

「何となく嫌な感じがしただけで、根拠がないんです」

 紅の言う「嫌な感じ」が気になる。だが、急がなければならなかった。

 紅もやや困った顔をしていたが仕方ない。

「行くぞ、雄毅」

 雄毅は立ち上がる。

「紅、心配するな。俺がいるからな」

 笑いながら雄毅は言う。紅も薄く笑んで頷く。

「雄毅にお任せしますよ。ただ、気を付けてください」

 雄毅は「大丈夫だ」とでも言いたげに手を振り部屋を出ていく。

 麗夜も静かに立ち上がる。珍しく心配そうな紅に雄毅と同じように手を振り部屋を出た。



 婚儀の翌朝、出陣の前に緑羅は水都の様子を見に行く。

 水都が傷ついたことで、元剣闘士達の士気は上がっていた。これなら負けることはない。そう。負ける訳にはいかない。


「まだ、苦しそうだな」


 昨日より少し落ち着いたように見えるが、それでも意識は戻っていない。

 緑羅は水都の髪を撫でる。

「ああ」

 勝は短く答える。

 その様子に緑羅は軽い違和感を覚えた。しかし、その違和感の正体はわからない。緑羅のそんな様子を気にかけず、勝は言う。

「緑羅気を付けろ。義の国に手を貸していた奴が、伊の国に手を貸さないとも限らない。伊の国の戦力は然程でもないが、あまり油断しない方がいい」

 勝は厳しい表情を見せながら。

「わかった。行ってくる。水都を頼む」


「婚儀の場での騙し討ち」にというよりは「水都がやられた」ことに羅の国の兵士達の士気はひどく上がっていた。緑羅でさえも危うさを感じるほどにだ。


「少し休むぞ」

 緑羅の言葉が届かない。仕方なく緑羅は馬を止めた。隣で剛流が大きく溜め息を吐き、馬を止める。

「お前らは良い。だが後ろの歩兵の事も考えろ」

 緑羅と剛流が止まったことで仕方なく止まった兵士達に、緑羅は冷静に言う。


「自分より熱くなりやすい人間がいると、意外と冷静になれるもんだ」

 勝がよく言っていたこの言葉を実感する。勝の言う「自分より熱くなりやすい人間」というのが自分であることも、緑羅はよくわかっていたのだが。


 木陰に馬を繋げ、そのまま腰を下ろす。

 ついこの間、敗走する伊の国の兵達を追ってここを通った。このまま少し行けば大軍が展開するにはちょっと不便な土地がある。

 多分。そこを楽には通れないはずだ。

 伊の国だって、ただやられるのを待っているはずはない。陣を張るとしたらあそこだろう。

 だらだら戦うつもりは毛頭無い。

 そこを突破するために、兵士達を一度休ませたかった。


 剛流が緑羅の横に腰を下ろす。

「すみません」

 剛流は呟くように言う。

 水都ほどではないが、剛流も表情に感情を感じさせない。それでも。熱くなったことを反省しているのがわかる。

「いや」

 緑羅も短く応えると、お互い何も話すこともなく沈黙が続く。


 水都も剛流も他の剣闘士達も普段は冷静だ。

「あれは見世物だから」

 以前、勝が言っていた。

「死力を尽くして戦っているように見えて、相手を殺してしまわない程度の冷静さを持っているものだ。人を殺せる武器を持ちその冷静さを保つのは案外難しい。それをやる人間だからこそ、普段は冷静なんだろう」

 その冷静さを持つ剣闘士達が熱くなるほど、水都は慕われているということか。


「剛流」

「はい」

 剛流は緑羅を見る。

「水都は……」

 水都は自分のことを話さない。

 だから、長く水都を知る剛流に聞こうとした。だが、何を知りたいのか?

 言葉を続けられずにいると、それを察したのか剛流は大きく息を吐いてから。

「初めて会ったのは五年程前になります」

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